■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
新刊紹介 「新自治体学入門」
(カテゴリー: 研究ノート・書評
 鳴海正泰教授が小著「新自治体学入門」の紹介文を「地方行政・時事通信社( 2008年4月24日 号)」に書いて下さったので転載する。

 現場経験者の真骨頂   鳴海正泰 (関東学院大学名誉教授)

 近頃、白治体にかつてのような活気がみられなくなった。首長にも職員にも、したがって行政も元気がない。経費と職員の削減に追われ、国が示した「財政健全化法」の数値ばかりを気にしているようだ。
 かつてのような活気というのは、一九七十年代には自治体をめぐる保守対革新の激しい政策対立が熱気を生み出し、九十年代には中央集権休制から地方分権への転換を求めて、全国の自治体がまとまった時代のことである。
 本書の著者はそうした時代に神奈川県の職員として自治体活性化運動を起こし、ついには「自治体学会」の創設の中心となった人である。
 こうした白治体をめぐる状況の変化は、進まない地方分権と中央集権の復活、市場優先主義、財政の逼迫などに原因があるが、著者は次のように指摘する。第一に新しい時代を切り拓く「理論」が力を失って状況追随思考が蔓延していること、第二に革新勢力に「白身の不利益をも覚悟する献身性」と「未来を展望する純粋性」がなくなったことをあげている。
 そこで著者は、第一章に「自治体学の概念」、第二章に「自治体学理論」を設け、「国家学」との対比で「自治体学」の概念を市民自治の自治体現諭と定義し、「市民と政府の理論」「政策形成理論」「白治制度理論」を含む学の体系であるとする。
 その基礎としての「市民白治」の意味を「市民が公共社会の主体であり公共社会を管理するために市民が政府をつくる」と述べている。

 本書の冒頭にこうした自治の基本的理解が示されているが、以下の章で抽象的な議論に終わらないところが、行政現場の実践を経験してきた著者の真骨頂である。
 白治体職員には、たとえ一章、二章をとばし読みをしたとしても、次の第三章の「市民力と職員力」、そして第四章の「市民自治基本条例」以下の章を精読されることをお勧めしたい。
 自治体を改革し「市民の政府」をつくっていく主体はなによりも「市民」であると同時に、自治体で働く職員である。八○年代の頃は、行政と市民が協力しあうことを「共同して」といっていたのが、最近では役所側でも「協働」という言葉を使うようになった。行政と市民が対等な立場で協働しあおうという呼びかけである。
 市民同士が協働するならわかるとしても、はたして最終決定権をもつ行政と市民との問で、対等な関係がありうるであろうか。協働の名の下に、市民の方が行政にとりこまれていることが多いのではないだろうか。
 著者はここで「協働」の本来の意味を問いかけている。本来の「協働」を実現するためには、市民と職員の信頼関係が不可欠であり、それには「統治行政」を「市民自治」に転換するための「双方の自己変革」が必要だと著者は強調してやまない。
 著者が本書の副題を「市民力と職員力」としたゆえん所以である。なかでも、自治体職員の自己革新の重要性が訴えられている。そのために「課題を発見し解決方法を考えること」「政策能力を身につける不断の学習」が必要であり、白治体学会の役割はそこにあるとする。
 著者の問題提起は常に実践的である。例えば、いま多くの白治体で取り組まれている「自治基本条例」の制定について、首長と議会だけてつくった条例は形骸化して機能しない。制度をつくっても「政策策定と実行」の実態は何も変わらず、ただの作文に終わってしまうだけだ。
 首長も議会も職員も自分の問題に引きつけて、もちろん市民も含めて自己革新しなければ「市民の政府」はできない、と著者は情熱をこめて語るのである。 
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