■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
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5 自治体職員
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5 自治体職員 

1. 地方公務員と自治体職員

行政スタイルの変革には「理論の転換」と共に「主体の成熟」が必要である。 主体の成熟とは「地方公務員」から「自治体職員」への自己革新である。

地方公務員とは「行政とは法律の執行である」と考えて「現行制度上止を得ない-の論理」に呪縛されている人である。

前例に従って何事も無難に大過なくの保身的で従属的な行政職員が地方公務員である。地方公務員は統治理論に馴らされ自治体理論の視座を持たないから自治体が政府であることが理解できない。

都市型社会が成熟して前例のない公共課題が噴出していることが見えない。前例なき質的課題の解決には市民と行政職員との協働が不可欠であることも理解できない。

「協働」という言葉を流行語として使うけれども「協働」には主体双方の自己革新が不可欠であることは理解できない。現在の行政スタイルのままで協働が可能であると考える。現在の自分のままで立派なことが出来ると思っている。

自治体職員は自治体理論を学習し実行する全日制公共事務局職員である。

市民と協働して住んで誇りに思える魅力ある美しく楽しく豊かな地域社会を創る行政職員である。

地方公務員と自治体職員の相違は「市民自治の自治体理論」を学習し実践しているか否かの違いである。

 そこで、自治体職員の能力を考察するために「国の公務員」と「地方公務員」をこみにして考えてみる。

(2) A型公務員とB型公務員

公務員を大きく二つに分けて考える。

 一つは、法律や制度や規則というものは本来つくった瞬間から遅れていくものだということが分かっている公務員。だから、状況変化に応じ改めなければならぬと思い、思うだけでなくてそのように行動することが出来る公務員。

このタイプをA型の公務員とする。

 他の一つは、上司の命令指示には極めて忠実で服務規律を尊重し勤勉で実務処理の能力も高い。上司から優秀職員として表彰される能吏型の職員。

このタイプをB型公務員とする。

 A型の公務員は「政策思考型」である。

世の中のことはすべてが試行錯誤であると考えて多少のリスクは覚悟して仕事をする。まちづくりには不確定部分が常に伴うものであるから、何事も実践してみなければ事態は展開しないと考え、課題を設定し解決方策を考え出す。つまり、未来を予測し意味を創り出そうとする「政策型職員」である。

 B型公務員は「制度型職員」である。

 勤勉誠実ではあるのだが、公務員は法律・制度に従って仕事をするものだと思っているから発想も行動原理も組織や制度が前提である。事情が変わっても制度を改めようと発想しない「制度型職員」である。                     

 実際には、C型の公務員も存在する。数は多い。

C型は、国家公務員にも地方公務員にも大勢いる。

ぬるま湯型の無気力な公務員である。だが、自治体職員の能力を考えるにはC型公務員は問題外である。

さて、A型の典型タイプは省庁キャリア組である。

所属する組織の権限を拡大するために法律をつくる。それが最大の仕事であると育てられている。状況が変われば法律解釈を変えるのは当然であるとして「通達」の朝令暮改は平気である。キャリア組の総てではないけれどもA型は比較的多い。

 B型の典型は能吏型の地方公務員である。国家公務員にも杓子定規の制度前提のB型は多い。

さて、ここで重要なことは、「A型の自治体職員」が登場してきたことである。

A型の自治体職員は、タテワリの法律や通達を地域で総合化し、地域を甦らせる政策を考え出し市民と協働して統治型行政スタイルを市民自治型の行政スタイルに転換する行動様式を体得している。

省庁公務員は自身が所管する法律・通達が他の省庁の法律・通達と現地でどのように錯綜し矛盾しているのかが分からない。自治体職員は分かっている。分かって解決している。だから、省庁に指示を仰ぐ愚かなことはしない。かくて現在では、解説教示を求めるのは省庁公務員の側である。

都市型社会の公共課題は殆どすべてが総合行政的解決手法と地域住民との協働を必要とする。今や実践においても理論においても自治体職員の水準が高くなりつつある。

それでは、「省庁キャリア」と「自治体職員」とはどこがちがうのか。

(3) 官庁理論と自治体理論

 省庁公務員の考え方は国家統治の官庁理論である。国家法人理論が彼等の権限行使の理論根拠である。行政が政策を決定し執行すると考え、住民は政策の対象・客体であって行政サービスの受益者であるとする統治理論である。

 自治体職員は市民自治の自治体理論である。自治体もまた政府であると考える分節重層の政府信託理論である。現代社会の公共課題は市民と行政が協働しなければ解決できないと考えている。これが違いである。

 それでは、自治体職員と能吏型の地方公務員とはどこが違うか。能吏型地方公務員は国家統治の官庁理論を受容している。

自治体理論とは「自治体も政府であるとする理論」であり「自治体が政府になるための理論」である。

「自治」も「市民参加」も「自治体理論」も規範概念である。問題意識の劣弱な人には「規範概念」の意味が理解できない。  

(4) 自治体職員の自己革新

 自治体職員の自己革新とは如何なることか。

「慣例に従って無難に」の「公務員の行動様式」を自分の才覚で超えることである。

 言葉では「分権改革」「制度改革」「市民との協働」「政策形成力の向上」などの現状変革の言葉を使う。けれども、自身の行動場面になると「無難に大過なく」「上司意向を忖度して」になる。

上司の指示が、自分は「こうするべきだと思ったこと」と、異なるものになることが予測されても「上司の了解」を第一義にする。そこには「自分の才覚で職務を処理しよう」とする「職業倫理」が欠落している。

その行動様式を「自身の問題」として「問い質す」ことが自己革新である。

もとより、大問題になるようなことを自分の一存で処理してはならない。しかしそんなことは、公務員は誰もやらないのであって、問題は「自分の才覚で出来ることはゼロではない」の認識である。

「これは自分の才覚で処理すべきことだ」との行動様式を身につけたとき、そのとき「地方公務員から自治体職員への自己革新」が為される。

つまりは「そうなることが分かっていながらなんで聞くのよ」という「弁明的責任回避」の問題である。

「自分の才覚でやれることはやる」との考え方がゼロ%であるのならば「協働」などと利いた風なことは言わないことである。

さりながら、「統治型の職場秩序」から一歩踏み出すのは容易ではない。たいていの行政職員は統治秩序に順応して自分自身を「地方公務員」に育てる。「自治体職員」へと自己革新するには「自治体理論」が必要である。

人間は理性の存在でもあるから「理論的正当性の確信」が重要である。

一歩前に出るには「不利益になるかもしれない覚悟」が伴う。「出る杭は打たれる」のである。けれども「全身丸焼け」「玉砕」は賢くない。

だが、「課長になってから」「それまでは」との言い方は誤りである。それまでに息も絶え絶えのコームインになってしまうのだから。

人間には「ものが見えてくる」という場面がある。「壁・ジレンマ」に直面して才覚と勇気で一歩前に出たとき「ものごと」が見えて視界が開かれて自己革新がなされる。自己革新した主体の協力を「協働」と表現したのだ。
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