■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
協働とは  3
(カテゴリー: 協働とは
協働とは  3

協働という言葉の意味
「協働」という言葉が流行している。
札幌市のホームページの冒頭には「札幌市は協働都市をめざす」と書かれている。北海道庁のホームページにも「協働」という言葉が次々と出てくる。
なぜなのか。「財政が苦しくなって行政が何もかもやれなくなった。住民にも地域の団体にも応分の役割を担ってもらわなくてはならない。だから「協働」という言葉が使われるのではないか」あるいは、「参加」では言葉の響きが弱くなった。何かいい言葉がないかと思っていたとき「協働」を耳にした。「ああこれはいい」となったのではなかろうか。だが、その「協働」は「気分的形容詞」であり「内容は空疎」である。
「協働はコラボレーションの訳語である」と説明する学者もいる。しかしそれならば、なぜ国語辞典にはない「協働」と訳したのか。翻訳をしたのは誰なのか。最近は意味漠然のカタカナ語が氾濫しているのだから、どうして「カタカナ」のままで得意然と使わないのか。
1998年に「げょうせい」から刊行された「住民と行政の協働」という本の編者は「協働は翻訳語である」と解説している。 
しかしながら、「協働」は外国語の訳語ではない。
1970年代の文化行政の黎明期に、文化行政への手厳しい批判に答えるために、「自己革新した行政と市民による協力」を意味する言葉として「協働」という国語辞典にはない言葉を造語したのである。
文化行政が自治体に始まったとき、行政が文化を政策課題にすることに対して強い疑念が提起された。「行政が文化を安易に言い出すのは問題である。危険ですらある」との批判であった。「行政」は安定性と公平性を旨とする。「文化」は常に創造であり現状変革であり異端でもある。「行政」と「文化」は本質的に相反する。文化は計量化できない価値の問題であって人々の自由な精神活動の営為であり所産である。「何事も無難に大過なくの公務員が文化の問題で意味あることはできない」「行政が文化に関わって碌なことはない」との批判が提起された。
これに対して、「文化行政は市民の文化創造に介入するものではないのだ」「タテワリ事業の執行行政でもない」「文化行政とは行政の事業執行と制度運営と行政機構の文化的自己革新であるのだ」と主張した。
そして、文化行政を「住み続けていたいと思い住んでいることを誇りに思える地域社会を創る市民と団体と行政との協働の営為である」と定義した。
国語辞典にない「協働」という言葉を使ったのは「文化行政に対する疑念と批判」に答えるためであった。「協働とは自己革新した市民と行政による協力」
を意味する言葉である。協働はナレアイではないのである。(2003-5)
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