■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
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7「住民」と「市民」
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7「住民」と「市民」

 「住民」と「市民」はどう違うか。

 一般に「住民」とは、村民、町民、市民、県民など、行政区割りに「住んでいる人」のことである。

だが、「住民」という言葉は、住民登録・住民台帳・住民税というように、行政の側から捉えた言葉である。行政からすれば「住民」は統治し支配する客体である。住民は被治者であり行政サービスの受益者である。であるから、「住民」という言葉には上下の意識が染み付いている。その上下意識は行政にだけでなく住民の側にも根強く存続している。

「住民」という言葉には「行政と対等である」の観念は希薄である。

そこで、「住民」を「市民」との対比で定義するならば、「住民」は自己利益・目先利害で行動し行政に依存し陰で不満を言う人、そして、行政から行政サ―

ビスの受益者とされる人である。

「市民」は公共性の感覚を体得し全体利益をも考えて行動することのできる人。政策の策定と実行で自治体職員と協働することのできる人である。

しかしながら、「市民」も「住民」も理念の言葉である。理性がつくった概念である。実際には、常に目先利害だけで行動する「住民」はいない。完璧に理想的な「市民」も現実には存在しない。

実在するのは「住民的度合いの強い人」と「市民的要素の多い人」の流動的混在である。だが人は学習し交流し実践することによって「住民」から「市民」へと自己を変容する。人は成長しあるいは頽廃するのである。

 都市型社会が成熟して、生活が平準化し政治参加が日常化して、福沢の「市民」は甦ったのである。

自治体職員と市民との協働が魅力あるまちをつくるのである。
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