■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
道州制の論点
(カテゴリー: 市町村合併 道州制
道州制の論点

1 第28次地方制度調査会答申
「ことば」でならば何とでも言うのである。
 地方制度調査会は、市町村合併のとき「地域自治組織」「NPO活動」などの言葉を答申に書き込んだ。それは「周辺地域が寂れる心配」を「言葉で取り除く」ためであった。合併を「促すための」言葉であった。
 今回の第28次答申にも「地方自治の充実強化」「近接性の原理」「住民のコンセンサス形成の仕組」なる言葉が書き込まれた。
 すると早速、学者がその言葉に飛びついて評価する。しかしながら、地方制度調査会は「政府の団体」である。「政治が決めた方向で答申するのが私達の役目です」と公言する団体である。言葉だけでなら誰でも何とでも言うのである。 
「3,200を1,000に」「47を10に」の意図を見抜かなくはなるまい。 

2 道州制になれば何が良くなるのか
 現在の道府県のどこが良くないのか。道州制になると何が良くなるのか。何のための道州制であるのか。具体的な説明がなくてはならない。抽象言葉での道州制論議は「眉唾」である。如何なる利害のための道州制であるのか。声高に唱えている顔ぶれを見れば瞭然であろう。
 道州制の構想論議が盛んになるのは悪いことではない。悪くはないのだが「尻馬に乗り」「委員委嘱を待望する」学者の論議が多くないか。
 道州制論議の前に市町村合併の総括論議がなくてはならぬ。合併した地域は今どうなっているのか。合併して「良かったのか」「良くなかったのか」「行政財政の改革は進んでいるのか」「役場内の活力はどうなっているのか」。それらの所見のない道州制論者は「眉唾」の便乗論者である。
 例えば、静岡市に組み込まれた「清水市」は今どうなっているのか。「住民自治」はどうなっているのか。

 状況追随思考の道州制論議は「禁物」であり「有害」である。

3 区域割りが先行する道州制論議
 道州制への移行形態は府県合併であろう。問題は道州制の内実である。
 区域割り先行論は「単なる府県合併」に終息する。全国同時に同一内容での道州制移行は誤りである。
 先行・試行を北海道に限ることはない。各地域で多様に構想し検討して「試行する」でよいではないか。
 そして何よりも、中央が画一に定めるのは「自治の充実」ではない。 道州制移行には手続きが重要である。
内政を道州に委譲し中央省庁は国際政策に重点を移す。それが本来の道州制であろう。
 「連邦制」ではないが「地方政府」でなくてはならない。

4 道州制を阻む集団
 「単なる府県合併」ではない「本物の道州制」を阻む抵抗集団は何者か。
 道州制の障碍集団を見究める論議が必要である。それがなければ「単なる府県合併」に終息するであろう。
 省庁官僚と族議員と経済界は「本物の道州制」を望んではいない。
「三位一体改革」に抵抗した組織と集団も「抵抗集団」である。  
「抵抗集団」を見究めない道州制論議は便乗者の論議である。 

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック