■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
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2017北海道自治体学土曜講座(第三回) 現在日本は民主主義か
(カテゴリー: 北海道自治体学土曜講座
 2017・北海道自治体学土曜講座 第3回 7月22日(土)
 主題 現在日本は民主主義か ~松下圭一理論を検証する~

以下は当日の論点である。
1 憲法が180度転換をしたにも拘らず、明治憲法理論の「国家」「国家統治」の観念が存続するのはなぜか
2 学者は松下理論(著作)」を「読まないことにしている」のはなぜであろうか

71年前(1945年)、日本中が焼け野原になりポツダム宣言(無条件降伏)を受諾した。
食べる物も無くなり「二度と戦争はしない」と覚悟して憲法を定めた。憲法は「国家主権」から「国民主権」の憲法に180度転換したのである。ところが、多数の学者は「国家主権」「国家統治」を現在も言説している。なぜ「偽民主主義の理論」が続いているのであろうか。

民主主義は「市民の自治・共和」である。「国家の統治」ではない。
民主政治は「市民が政府を選出し制御し交代させる」である。
民主主義の政治理論は「市民と政府の理論」「政府信託の理論」「政府制御の理論」「信託解除権の理論」でなくてはならない。
市民は国家に統治される被治者ではない。
 [(注)「国民」の語は、長年の(国家三要素説)の弊害で、国籍の有無によって(生活権や政治参加などの)基本人権を否認されるから、「人々=People=Citizen」の「市民」の語を使用するのが良い]

(1) 明治初年に「国権か民権か」の自由民権運動が起こり、伊藤博文はドイツに赴いた
そのドイツは、イギリス市民革命・アメリカ独立革命・フランス市民革命に驚愕したドイツ皇帝が「立憲君主制の憲法」で専制支配を続けていた。「立憲君主制」は「国家」を隠れ蓑にする皇帝専制の偽民主政治制度である。
 伊藤はドイツから「国家理論」と「立憲君主制」を持ち帰って「立憲君主憲法」をつくり、渡辺洪基・東京帝国大学総長に「国家学ノ研究ヲ振興シ、普ク国民ヲシテ立憲ノ本義ト其運用トヲ知ラシムルコト(国家の観念を教え込むこと)ガ極メテ必要」と助言して、1887年2月、東京帝国大学内に「国家学会」を設立し「国家学会雑誌」を発行して「国家学」を正統学とした。
 さらに『私立法律学校特別監督条規』をつくって、今日の主要私大法学部の前身である私立法律学校を東京帝国大学法学部の統制下においた。そして天皇機関説事件などを経て「国家統治」に疑念を抱くことも禁圧した。
以来、大学の講義は「国家が国民を統治支配する国家学」であった。
かくして、現在も「憲法は国家統治の基本法である」「国家が国民を統治する」の講義が続いている。なぜ続いているのか。

(2) 註解日本国憲法
 1947〜1949年、東京帝国大学の学者12人が「註解日本国憲法」なる逐条解説書(上・中・下)を分担執筆して刊行した。
 つい直前まで「国家統治」に疑念を抱くことすら厳しく禁圧されていたのであるから、帝国大学の学者が「国家統治」の観念から自由になることはできる筈もなかった。
 分担執筆を提案した田中二郎は、その後も「国家の優越的地位の論理」を自身の著作に書き続けた。例えば、行政法の標準的教科書とされた1964年刊行の『新版行政法』(弘文堂)には、「行政法は、支配権者としての国・公共団体等の行政主体とこれに服すべき人民との間の法律関係の定めであることを本則とする」「行政法は、支配権者たる行政主体の組織に関する法、及び、原則として、かような行政主体と私人との間の命令・支配に関する法であり、公共の福祉を目的として、国又は公共団体が一方的に規制することを建前とする点に特色が認められる」と叙述した。驚くべき反民主主義の国家統治の見解である。

 この見解が「註解日本国憲法」の基本認識である。
すなわち、行政が「公」であり、国民は「行政客体」の「私人」であった。この基本認識が「日本公法学会」「憲法学会」を主導したのである。かくして「憲法は変われども国家統治は変わらず」が存続しているのである。

(3) 学者は自由に発想できない
国家官僚への公務員試験も、法曹界への司法試験も、「国家統治の国家学の答案」でなければ合格できない(させない)シクミになっているから、憲法学者は自由に発想できないのである。松下理論の「市民自治」「市民政府」「政府信託理論」に賛同すると、長年習得し自分も講義している「国家統治の憲法理論」の根幹が崩れる。だから(憲法学者は松下理論の著作を読まないことにしている) のである。
「学会の通説に従わない少数意見になり」「国家試験の出題委員にもなれなくなる」からである。学者は市民自治の民主主義理論に反論出来なくても「みんなで渡れば怖くない」である。
 だがしかし、
「国家」は、権力の座に在る者の「隠れ蓑」の言葉である。「国家」は擬制の言葉である。
「国家三要素説」は「団体概念」と「機構概念」をないまぜにした非論理的説明である。「国家」を統治主体にするための言説である。国家法人論」は美濃部達吉の明治憲法時代の「国家統治理論」である。

(4) 学者の憲法理論  
 NPO法人さっぽろ自由学校「遊」が2014年5月に開講した「民主主義講座」の(第三回講座)は「立憲制と民主主義」であった。
憲法学者の90分の講義には「市民」「政府」「市民自治」の言葉は一語も出なかった。用語は「国家」「国家統治」「国家主権」「国家三要素」であった。
受講者の「国民主権と国家主権はどう違うのか」の質問には答え(られ)ず曖昧にはぐらかした。受講者の質問は、「立法・司法・行政の権限」は「国家の権限」なのか、国民が信託した「政府」の「代表権限」であるのか、を質したのである。
国家試験の最適教科書と評される芦部信喜「憲法(岩波書店)」の、第1頁第1行は「国家統治」であり「国家三要素説」であり「国家法人理論」である。最近刊行の若手学者の憲法教科書も同様である。

 2004年4月、イラクで3人の日本人が拘束されたとき、中東の衛星テレビ局アルジャジーラ放送が伝えた現地声明は、「日本の人々には友情すらも抱いている。だが日本の政府のリーダーは米国のブッシュ大統領と手を組んで軍隊をイラクに出動させた。3日以内に撤退を始めなければ、拘束した3人を焼き殺す」であった。日本のテレビは「アルジャジーラ放送」をそのまま報道した。肉親家族はもとより日本の人々は大いに驚愕した。ところが、翌朝の新聞・テレビは、「政府のリーダーは」の部分を削除して「あなたがたの国は」に改めた。マスメディアに「足並みそろえて」改竄させたのは誰であるか、その改竄は何を意味していたか。国民の「政府責任追及」をはぐらかすためである。

民主政治の主体は「国家」ではない。国家は意思主体ではない。擬制の言葉である。民主主義の主体は「市民と政府」である。主権者である市民が代表権限を政府に信託するのである。政府の権限は「国家の統治権」ではない。市民が信託した代表権限である。

(5) 松下理論
1975年に岩波新書「市民自治の憲法理論(松下圭一)」が刊行されたとき、憲法学者も行政法学者も政治学者も誰も反論できなかった。「松下ショック」と言われた。(大塚信一『松下圭一 日本を変える』トランスビュー2014年刊-序章17頁)
 「市民自治の憲法理論」には、民主主義は「国家が市民を統治する」ではない。人々(=市民=People=Citizen)が民主社会の主人公である。政治主体は「国家」ではない。「市民」である。民主主義は「国家統治」ではない。「市民自治」である、と明快に叙述されていた。
市民自治とは「市民が政府を選出し制御し交代させる」である。選挙は白紙委任ではない、選挙は「信頼委託契約」である。政府が代表権限を逸脱するときは「信託契約」を解除する。これが国民主権であると明快に書かれていた。
学者は「松下理論」に反論できないので「学会」をつくり「国民主権」を「国家主権」と言い換えて「国家が統治権の主体である」と講義して現在に至っている。そして毎年、その教育を受けた学生が社会人になっている。

松下圭一氏は東京大学の学部在学中に、イギリス市民革命を理論化した「ジョン・ロック」を研究して、岩波書店から「市民政治理論の形成」を刊行した。岩波新書「市民自治の憲法理論」「日本の自治・分権」「政治・行政の考え方」の編集担当であり、後に岩波書店の代表取締役社長を務めた大塚信一氏は、2014年11月、松下理論の主要著作を検証して『松下圭一日本を変える』(357頁)を刊行した。 

2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」でNHKは、吉田松陰の「松下村塾」に脚光を当てた。その意図を問題なしとはしないが、それはさておき、現在日本には「二つの松下村塾」がある。一つは、松下幸之助氏の「松下政経塾」である。おびただしい輩出議員の数である。だが、その議員は「国家統治」を信奉し推進する人たちである。
もう一つは、松下理論の「市民自治」に賛同し自身の「思考の座標軸」を見定める人々である。全国各地に多数の方々がいる。

2017・北海道自治体学土曜講座 第3回 7月22日(土)
現在日本は民主主義か 
~松下圭一理論を検証する~

山内亮史(旭川大学学長) 
内田和浩(北海学園大学教授)
池田賢太(弁護士)
河上暁弘(広島市立大学准教授) 
村上 昇(元自治労北海道書記局) 
高橋 悟(日本文化行政研究会会員) 
森 啓(自治体政策研究所)
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