■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
自治体の政策研究ー「政策研究」のことば
(カテゴリー: 自治体学会の設立経緯
 自治体の政策研究ー「政策研究の用語」の由来

北海道自治体学土曜講座(2016-第五回)が2016年10月22日、「自治体活力を取り戻す」をテーマに北海学園大学で開催された。
開催趣旨は、
機関委任事務を廃止した地方分権改革は進展したであろうか。
首長と議員と職員のまちづくり能力は高まっているか、
職員は「自治体職員」から「地方公務員」に後戻りしたのではあるまいか、
議会は何をやっているのか分からないから「議会不信」が広がり「議会不要論」の声さえも生じている。自治体活力は後退しているのではあるまいか。
 現状打開の道筋を見出すため首長と議員と職員と研究者が討論した。討論者の氏名は(注1)

討論の柱は二つであった。
 一つは、自治体活力を高めるには何が必要か
 二つは、議会不信を解消する方策は何か
  (二つ目の論点は、時事通信社「地方行政」2017年2月2日号に記述した)

一 自治体活力
自治体職員の政策能力 
仕事をするのは職員である。
自治体活力を高めるには職員の政策能力が不可欠である。
政策能力とは担当する職務の「何が問題か」を考える能力である。考えて「どう改めるか」を思案し実行する能力である。
その政策能力は如何にすれば身に附くか。

職員を先進地域に派遣して交流体験をさせて政策能力を高めている首長もいる。先進地域との交流体験は重要である。だが、派遣され交流しても、自分自身の内部に問題意識が無ければ「触発のヒラメキ」は生じない。事例を「知っている」だけである。「知っている」と「分かった」との間には大きな距離がある。

90年代の自治体職員には熱気があった。1995年に開始した北海道自治土曜講座の二年目には872人の職員・議員・市民が「政策能力の向上」を目ざして受講した。その経緯を『北海道土曜講座の16年(公人の友社)』25頁に詳述した。
自治体活力が低下したのは、2001年の小泉構造改革が兵糧攻めで合併促進を強要したからである。そして今、職員は「自治体職員」から「地方公務員」に後戻りして意見を述べなくなっている。

しかしながら、職員の政策発言が低下したのは自治体だけではない。NHKを筆頭に新聞もテレビも政権批判を自己抑制して社会全体が保守的・保身的になっているのである。 
以下、自治体活力を展望するため80年代の熱気の高まりを検証する。

二 自治体職員の政策研究
1 政策研究の波
 1980年代に職員の政策研究が波となって広がった。この波は自治体が地方政府への転換を目指す胎動であった。  
戦後40年、ようやくにして自治体に省庁が定めた政策の「末端執行機関」の位置から、自前政策を策定し推進する「地方政府」へと転換するうごきが始まった。そのような「志」をもち自らの能力を高める自治体職員が全国各地に胎動しはじめた。即ち、自主的な研究グループが全国各地に叢生した。研究グループの数は全国で2.000とも3.000とも言われた。これらの研究グループは連絡をとり合い1984年5月、「全国交流集会」を東京中野サンプラザで開催した。

 政策研究は職員の自主研究だけではない。
  政策研究の「組織と制度」を設置する自治体が増えていた。
例えば、政策研究室(愛媛)、政策研究班(福井)、職員研修所を拡充して研究部の設置(神奈川)、地域独自の政策課題を調査し解決方策を探求するシンクタンクの設立(静岡、埼玉)も増えた。大学や市民団体と連携して地域課題を研究するうごきも始まった(兵庫、東京三多摩)。さらには「政策情報の交流」と「研究成果の発表」のための「研究誌」を発刊する自治体も増加した(神奈川、兵庫、徳島、埼玉)。政策研究の「制度」は新設していないが、多くの自治体で組織を見直すうごきが始まっていた。

1984年7月、(社)行財政制度調査会が実施した「政策研究の動向調査」によれば、全都道府県を含む175の調査対象自治体のうち、155の自治体(89%)がなんらかの形態で政策研究を始めていた。
①自治体が直面している課題の解決方策を見出すためのプロジエクト研究は128団体(73%)、②職員による研究チーム制度を設けた自治体は23(22%)、③政策研究のための専任組織を設置したもの19(11%)、④外部のシンクタンクとの提携をはかっているもの75(43%)、⑤職員の自主研究グループを奨励し支援しているもの67(38%)、⑥その他の形態で政策研究をすすめているもの64(37%)となっていた。(重複回答)。
そして、調査票に付記された意見には、自治体をとりまく環境条件の変化に対応するために「自治体独自の政策研究の必要性が高まっている」「従来の外部委託のあり方を見直す必要がある」と指摘していた。

三 政策研究の概念
1  政策研究
政策研究とはどのようなことであろうか。
一見ありふれた言葉である。だが自治体に「政策研究」という言葉の用法はなかった。「調査研究」の言葉はあったが「政策研究」の用語は無かった。「政策」の言葉も使われていなかった。使われなかったのは「政策を自ら策定する」の観念が乏しかったからである。「政策」は中央省庁が策定するもの、地方公共団体は中央から下降してくる政策を執行する、の考え方に馴らされていたのである。
しかしながら、政策とは「課題」と「方策」をセットにした「政府の指針」である。「政策を策定する」の言葉には「政策課題」と「実現方策」を主体的に選択する「政府の思想」が含意されているのである。「政策策定の観念」が希薄であるというのは「政策の主体」つまり「政府の思想」が欠落していたということである。

だから「政策」と言わずに「施策」とか「事務事業」と言っていたのである。だが80年代の後半に、都市政策室、産業政策課、政策推進室など、室・課の名前に政策のことばを使う自治体がふえた。それは「他治体」から「自治体」への転換がはじまったことを意味していた。だが「政策研究」の用語はなかった。

 省庁では「政策」は目常用語である。政策づくりが省庁官僚のしごとである。だが彼等もまた「政策研究」とは言わない。「研究」は実力のない者がやることであって「俺たちは政策そのものをやっているのだ」である。政策の研究は現実の問題処理に直接関係のない人がやることだと思っていたであろう。
  しからば、波となって高まった自治体の政策研究をどう定義すればよいのか。

2 行政学の「政策研究」 
 行政学に「Policy Studies」つまり「特定政策の実証研究」の用語がある。
だが、それでは、「自治体の政策研究」は「特定政策を対象にした事後的な実証的分析的な研究」の意味になる。事実として、行政学者は研修所などで自治体の政策研究とは「政策の調査研究のことである」と意味不明な説明をしていた。そして内心では(地方公務員がなぜ政策研究をするのだろうか)と思っていた。

1987年6月、徳島で第一回自治体学会を開催したときのことである。帰途、徳島空港の待合室で人事院の研修担当官に声をかけられた。「私は府県の研修所から(自治体職員の政策研究のテーマ)で講師を依頼されているのですが、地方公務員に(政策研究の研修)がなぜ必要なのか理解できないで困っているのです」「なぜですか」と尋ねられた。
そしてまた、そのころ自治体問題の第一人者であると自負していた東京大学の0教授は、有斐閣の法律実務セミナーに「吾々学者には政策研究は珍しい言葉ではない。アメリカには「Policy Studies」という学会もある。地方公務員が政策研究を始めたから話題になっているのである」と解説していた。
お二人には、地域に起きている「時代変革の意味」すなわち「自治体の政策自立への胎動」が理解できなかったのである。
 
しかしながら、自治体に始まった「政策課題研究」は、その内容に即して表現すれば、「政策研究」の語よりも「政策開発」あるいは「政策提案活動」の言葉の方が適切であった。それがなぜ「政策研究」という用語になったのか。
 ( この経緯を説明するため 私的叙述になることを了とされたい )

3 「政策研究」の言葉
1) 「政策研究」を自治体に広げる
筆者は1983年5月1日、神奈川県自治総合研究センター研究部長に赴任した。職務は「職員の研究活動」を盛んにすることであった。研究活動を盛んにするには「政策研究とは何か」を明晰にしなくてはならない。だが自治体に「政策」の用語は無かった。使われていたのは「事務事業」であった。「政策研究」ではなくて「調査研究」であった。「政策」は省庁の言葉だと思っていたからである。そこで「政策研究」の用語を自治体内に広げることを考えた。

 そのころ自治体を対象に刊行されていた月刊誌の編集長に電話をした。
 「自治体に政策研究の波が起きています」「特集されては如何ですか」「誌面企画に協力します」と提案した。
 月刊『晨』(1984年9月号)の「特集・政策研究へのプロローグ」が日本で最初の「自治体の政策研究特集」であった。
・巻頭対談「政策研究の意味と可能性」松下圭一・田村明
・自治体の政策研究の現状と課題   森 啓
・動き出した政策研究への大きな流れ 五十嵐富秀

続いて、『月刊・職員研修』も「自治体職員の政策研究」を特集した。 
 こうして「政策研究」が「旬の言葉」になり、自治省の自治大学校から「自治体の政策研究」の講演を依頼された。府県の研修所長が集まっていた。次のような話をした。
  神奈川県では「公務研修所」を「自治総合研究センター」に改組して「研究部」を新設しました。「職員の政策能力」を高めるには「政策研究」が必要であると考えたからです。政策研究が研修所の重要な役割になっていると思います、と話した。
  そして自治大学校の教務担当に、「政策研究の全国動向を調査されては如何ですか」と提案した。自治大学校から「政策研究の実態調査用紙」が届けば、回答を求められた自治体は「政策研究」が時代の潮流になっていると思うであろう。政策研究の言葉を広めるためである。

2) 自治体政策研究交流会議 
 政策研究への関心が高まって、全国各地から筆者の研究部に視察が来るようになった。この関心の高まりを「自治体の潮流」にするため、政策研究の「全国交流会議の開催」を考えた。
 所長も賛成して準備が進んでいたころ、所長室に呼ばれた。名称を「研究交流会議」にしてはどうかと言われた。「なぜですか」と訊くと、「地方公共団体が政策を言うのはどうだろうか」「神奈川県が偉そうなことを言っていることにもなるから」と言う。
 所長と研究部長の関係である。「ここで結論を出さないことにしなくては」と思った。「言われている意味は分かりますが、削ってしまうのもどうかと思います。考えてみます……」と言って所長室を出てきた。
  そして、研究部の人たちに「森研究部長は名称を変えると言っていたか」と、所長に訊かれたら、『知事に政策研究交流会議の名称が良いねと言われた』と言っていました、と答えるように頼んでおいた。 
 もとより知事と話をした訳ではないが、そのようなときには、知事の名前をよく使ったものである(自治体職員が何か意味あることをしたいと思ったときには「首長の意向である」と言うのがよい。選挙で出てきた首長は概ね現状変革を求めるものである。役所内で改革を遮るのは現状維持の管理職である。そして部課長は首長に「本当にそう言ったのですか」と尋ねないのである)。   
 
 「政策研究の言葉」を広めるための交流会議である。「政策」の言葉を削ることはできない。さりとて所長の意向を無視することもできない。そこで、懇意にしていた横浜市企画財政局都市科学研究室、川崎市企画調査部、埼玉県県民部自治文化振興課に赴いて「政策研究交流会議」の共同開催を提案した。「経費負担は不要、当日主催者の席に座していただく」ことで賛同を得た。共同開催であるから所長の一存で名称変更はできないことになった。
 
 こうして、全国への案内文書も、当日のパンフレットにも「自治体政策研究交流会議」と印刷した。「第一回自治体政策研究交流会議」と書いた看板も出した。そして、会場入口に次の「メッセージ」を張り出した。

  自治体に政策研究の波が高まっている。
  この波は、自治体が自立的な政策主体になった
  ことを示すものである。

  戦後四十年、いまや「政策の質」が問われ、
  自治体では総合的な観点からの政策研究が必然に
  なっている。

  自治体は現代社会の難問に挑み問題解決をはかる
  現場であり、仕事を通して議論をたたかわせる論壇
  である。

  自治体を舞台に「自治体学」の研究がすすみ、
  新しい理論が確立されることを
  「時代」と「地域社会」が求めている。

 参加者は立ち止まってこの「メッセージ」を読んでいた。カメラに写す人もいた。 
  1984年10月18日、横浜港を眼下に眺望する神奈川県民ホール六階会議室で「第一回・自治体政策研究交流会議」を開催した。北海道から九州までの全国から、一四〇団体・三五二人の自治体職員と市民と研究者が参加した。この「政策研究交流会議」から「自治体学会」が誕生したのである。
  政策研究交流会議から自治体学会が誕生するに至る経緯は『新自治体学入門』(時事通信社)第10章「自治体学会設立の経緯」に詳述した。第一回政策研究交流会議の詳細は時事通信社の「地方行政(84年11月10日号)」と「地方自治通信(85年2月号)」に掲載されている。

3) 曖昧さと誤解
 「政策研究」の言葉には曖昧さと誤解が伴う。
 だがその曖昧さが大事であると考えた。
その意味は次のとおりである。
  科学技術が発達して都市的生活様式が全般化した。「前例のない公共課題」が噴出した。自治体はこれらを「政策課題と設定して解決方策を考案」しなければならない。ところが、当時の部課長は省庁政策への従属が習い性になっていたから「自治体の政策自立」が展望できない。前例なき公共課題を解決実現する政策を構想することができない。しかしそれでは、省庁政策の下請団体の位置から脱することはできない。

 「地方公共団体」が「自治体(地方政府)」に成熟するには「政策形成システム」を自治体内に構築しなければならない。そのシステムは「政策立案」の前段階に様々な主体による「課題発見」と「方策開発」の営為を位置づけて「政策の質を高める」仕組みである。そして、「その仕組み」を部課長に容認させなければならない。 
   ところが、所管の業務に外から政策提案される(言われる)ことを極度に嫌がるのが部課長である。部課長が容認せざるを得ない状況にするには、様々な主体による「課題発見」と「方策開発」の研究成果を多様に積み上げることである。
 だが、「政策開発」や「政策提案」と言えば部課長は一斉に嫌悪反発するから、当分の間は「政策研究」なる「曖昧なことば」を使いながら、「課題発見」と「方策開発」の成果物を自治体内に蓄積し慣行化することである。
  それが、やがては「政策研究」の言葉を「明晰な概念」にして「輝くイメージ」を有するに至らせるであろう、と考えた。

  かくして現在、「政策研究」の言葉は行政内文書の用語になり、著作や論文も多数刊行され、「政策研究の概念」が熟成し定着した。
 すなわち、
行政学の政策研究は「特定政策の実証的分析的な事後的研究」である。
自治体の政策研究は「課題を設定し解決方策を開発する創造的研究」である。
 「政策研究」なる用語の選択は正解であったと思う。 

(注)討論者
  高橋正夫(本別町長)  谷 一之(下川町長)
  池田達雄(北斗市議長) 田村英樹(京極町議長)
  三浦和枝(自治労北海道本部書記長)
神原 勝(北海道大名誉教授)
   〈司会者〉 森    啓(NPO法人自治体政策研究所理事長)


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