■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
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講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」 (第五回)
(カテゴリー: 自治体学会の設立経緯
講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」
 第五回 (最終回) 《官治集権》の日本とロック (岩波現代文庫版あとがき)

Ⅰテキストを読んで考える 
268p 「もし、日本国憲法をめぐって‥‥

272p 「だが1959年、二十歳末の前述拙著『市民政治理論』の形成‥‥

278p 「だが、すでに、当時は‥‥

Ⅱ市民政府論―論点
1) 「個人」の設定(発想) は画期的なことであった。
 現在では「何のこともない当然なこと」であるが、当時は身分社会・宗教社会の共同体の秩序社会であって、「自由な個人」の発想は無かった。

2) 市民政府信託論
個人の合意 (社会契約) で「市民社会」をつくり、基本権を守るため「政府」をつくり権限を信託する。政府権限は人々が信託した権限であるから信託違反には「信託解除となる。

3) 市民政治 市民政府 
 市民が政治主体である。(国家ではない)
 市民かけ政府を構築(つくり)して「政府」に権限を信託して(白紙委任ではない)、政府を日常的に制御する(批判と参画)。

4) 「国家観念」の擬制 「立憲君主制」
民主政治の後進国(ドイツ)は、君主政治(皇帝専制)を継続するため、「国家観念」を擬制し、偽憲法を制定して「立憲君主制」を主張した。いつの時代も「御用学者」が存在する。「国家観念」は擬制である。「国家三要素説」は団体概念(国民)と機構概念(統治権)をないまぜにした概念矛盾である。にも 拘わらず、日本では(現在も)「国家統
治」「国家三要素」が言説されている(言われている) なぜであろうか。
 

Ⅱ 論点を話し合う
1) なぜ、「国家」ではよくないのか (272p 1行目)
統治主体は「国家」ではない。「国家統治」ではない。「市民自治」である。 市民による「政府」の『構築・制御』である。
ロックは「統治」から「政府」へというかたちで「ガバメント」という言葉の用法の革命をおこなった‥‥

2) なぜ、「国家」を統治主体だとする「国家理論」が現在も続いているのか。
「国家」は擬制の観念であり、「国家三要素説」は論理矛盾である。 なぜ、良識ある(と思われる)学者までもが「国家理論」を講義するのか

3) 理論の普遍性
理論は、時々刻々に発生し到来する(具体場面で問題を)思考の座標軸を見定め、決断と実行を導く。

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