■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
北大政治研究会に出席しの疑問
(カテゴリー: 自治体学理論
  北大政治研究会に出席しての疑問

 久方ぶりに北大定例政治研究会(2015-1-15)に出席した。
 「戦後府県行政の出発―組織と人事を中心として」のテーマに興味を感じたからである。 
 報告は新進気鋭の研究者で資料を丹念に分析した内容であつた。
 だが、いくつか疑問を感じた。
 その疑問をここに記述するのは、「現在の大学教育」と「最近の学者の研究」に危惧を感じるからである。

1 研究テーマは「戦後府県行政の出発」である。
であれば、戦前・戦中は「こうであつた」。だが戦後は「こうなった」と、組織と人事の変化(違い)を提示すべきである。即ち、「戦前・戦中の内務官僚による地方支配の人事」と「公選知事による自治体自立の人事」との対比を検証するべきである。
たしかに、府県の大勢は戦前・戦中の継続に見えるであろう。しかしながら、研究課題を「戦後府県行政の出発」と定めたのであるから、研究の基軸に戦前と戦後の「理念の対比」が無くてはなるまい。すなわち、戦前の「集権統治」に対する戦後の「自治分権」を対比しなければ「戦後府県行政の出発」の実証分析にならないではないか。
 たとえ微々たる変化であろうとも、自治体自立の組織・人事の「萌芽と展開」を実証する。
 それが「戦後府県行政の出発」の研究であろう。

2 研究会に提出された資料は、内務省支配が強固に続いていた山陰と東北の、戦後間もない頃の「県の幹部人事と役職名」である。資料が消失した戦後の「幹部人事と役職名」を掘り起こす調査に意味が無いとは言わない。だが、昨今は「誰もやっていない」というだけの「すきま研究」が流行っているらしい。実証的で客観的なだけで近接領域のことは何も知らない細分研究を、若手学者が評価し合っている現状を疑問に思う。
 北大政治研究会の「報告と討論」には「何のための研究であるのか」の問題意識がまことに希薄であった。

3 戦後府県行政の出発とは、「戦前・戦中の省庁政策への従属」を脱して、自前で政策課題を設定し解決方策を開発する「自治体の政策自立への出発」である。そのための「組織と人事の変化」を実証研究することである。戦前・戦中の官僚支配の「人事と組織」が、戦後にどのように変化したかを、実例を提示して分析することである。
 しかしながら、研究者自身の内に「何のための研究か」の明確な問題意識がなければ、その研究方法は見出せないであろう。
 府県行政の出発とは「府県独自の政策展開」である。府県独自の政策とは、例えば、沿道修景美化条例であり、公害条例であり、情報公開条例であり、文化の見えるまちづくり政策である。姉妹都市の外交政策であり、シビルミニマムによる総合計画の策定である。

4 何ごとも人である。組織を生かすのも人である。
 研究報告が「組織と人事」に着目したのは賢明であった。だが「その人事」とは「どのような人材の配置」であるのか、その人材が育つ組織をどのように設けたか、を検証しなくてはなるまい。 
 すなわち「地方公務員の養成」ではなく「政策課題を見出して実行する職員」が育つ組織をどのように設けたかを検証すべきである。それは「公務の研修」から「自治の研究」を目指して「研修所の再編成」が全国各地に展開された1980年代の府県の動向を検証することである。
 そして、事後的説明学である行政学の「政策研究」とは異なる概念の「政策研究」が府県に広がって自治体学会を設立するに至った経緯を検証することである。

5 北大政治研究会に出席していた「大学院生」「学部学生」は、このような「報告と討論」で如何なる研究能力を身に付けるのであろうか、どのような人材として育つのであろうか、(まことに失礼な言い方ではあるが)、疑問に思った。

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