■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
日本の憲法理論は特殊である
(カテゴリー: 自治体学理論
    日本の憲法理論は特殊である

1 さっぽろ自由学校「遊」の「民主主義講座」の第三回は、憲法学者の「立憲制と民主主義」であった。
 ところが、90分の講義で「市民」「政府」「市民自治」の言葉は一語も出なかった。講義の用語は「国民」「国家」「国家統治」であった。  
 そして、「国民主権」と「国家主権」はどう違うのか、の質問には明晰に答えず(答えることがてきず)、曖昧にはぐらかした。
 質問者は、統治権は「国家」にあるのか、主権者である国民が権限を信託した「政府」にあるのかを訊ねたのである。
 憲法学者の「国家三要素説」では「国民は国家の一要素」になる。それは「国民主権」を否認する考え方である。そもそも「国民主権」と「国家主権」は両立しない。「国民」を「国家の要素」と考える「国家主権」は「帝国国家の明治憲法」の理論であったのだ。
 統治権の主体は「市民が権限を信託し制御し交代させる政府」であると考えるのが民主主義の理論である。それが「国民主権」である。質問者は「国民主権」と「国家主権」はどう違うのか、と質問形式でその確認を求めたのである。

 日本の学者の憲法理論は特殊である。
 日本の憲法は21世紀の未来を展望する第一級の憲法典である。だが日本の憲法学の理論は旧思想を引き摺った二流である、二流であると言わざるを得ないではないか。
 学者の憲法理論は「憲法を国家統治の基本法」とする。つまり「国家が国民を統治する」である。国民は「国家に統治される被治者」である。これが現在日本の憲法理論である。
 なぜこのような理論になっているのか。

2 1946年、「帝国国家の憲法」から「国民主権の憲法」に180度転換した。だが「憲法は変われども国家統治は変わらず」であった。なぜであろうか。
 1948年~1950年、17人の東京帝国大学の学者が「註解日本国憲法」なる逐条解説書(上中下) を刊行した。 
 民主風の言回しで「国民主権の憲法」の逐条解説を分担執筆した。
 だが、長い間、東京帝国大学内には「国家学会」が存在して「国家統治理論」を正統学としてきた。つい直前まで「国家統治」に疑念を抱くことも禁圧されていたのである。
 すなわち、帝国大学の学者が「国家統治の観念」から自由になることはできる筈もなかった。例えば、分担執筆を提案した田中二郎(行政法)は、その後も「国家の優越的地位」を自身の著作に書き続けた(行政法総論 有斐閣 1957 、要説行政法 弘文堂1960)。国家が公であり国民は私であった。
 この「註解日本国憲法」が、戦後の「公法学会」「憲法学会」を主導したのである。

3 学者は自由に発想できないのである。
 国家官僚への公務員試験も、法曹界への司法試験も、「国家統治の国家学の答案」でなければ合格できない(させない)シクミになっているのである。
 だから、現在の学者も、「国家統治の観念」から自由になれないのである。「市民自治」「市民政府」「政府信託理論」を認めると、長年習得してきた「国家理論の根幹」が崩れるからである。そして学会で相手にされなくなるからである。

4 しかしながら 「国民主権」と「国家統治」は理論として整合しない。 「国民主権」と「国家主権」を曖昧に混同し(巧妙狡猾に)言い換えてはならないのである。  
 「国家」は擬制の言葉である。権力の座に在る者の「隠れ蓑の言葉」である。(映画「たそがれ清兵衛」「蝉しぐれ」の悪家老の「藩命である」の恫喝と同じである)
 「国家三要素説」は性質の異なる概念を並べた曖昧な説明である。国民を国家の一要素に閉じ込めて「国家」を統治主体に擬制するための言説である。(「国民」の語は、「国家の一要素」になるから、暫くの間は使わないのが良い)
 民主主義の政治理論は「市民と政府の理論」「政府信託の理論」「政府制御の理論」「信託解除権の理論」でなくてはならない。
 民主主義は「市民が政府を選出し制御し交代させる」である。

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