■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
なぜ、「憲法は変われど国家統治理論は変わらず」であったのか
(カテゴリー: 自治体学理論
 さっぽろ自由学校「遊」・民主主義講座・総括講座 (2014-9-5)

なぜ、国家統治の理論が現在も存続するのか

国家学
 日本の大学は、長い間、「国家が国民を統治支配する国家学」であった。
明治初年に、自由民権運動による「国権か民権か」の争いがあったが、民権運動家を国事犯として弾圧した伊藤博文が、ドイツから「国家理論」と「立憲君主制」を持ち帰り「立憲君主憲法」つくり、東京帝国大学総長に「国家学ヲ振興シ、国民ニ知ラシムルガ必要」と助言して1887年2月、東京帝国大学内に「国家学会」を設立し「国家学会雑誌」を発行して「国家学」を正統学とした。
 爾来、天皇機関説事件などを経て国家統治に疑念をいだくことも禁圧した。

『註解・日本国憲法』
 1946年、「天皇主権の明治憲法」から「国民主権の憲法」に百八十度転換した。
だが「憲法は変われども国家統治の理論は変わらず」であった。
なぜであろうか。
 戦後初期、東京帝国大学の学者(17人)による『註解日本国憲法』(上・中・下巻-1948年~1950年) が刊行された。
だが帝国大学学者が、直前まで禁圧されていた「国家統治理論を脱する」ことはできるはずもなかった。
 この「註解日本国憲法」が、戦後の憲法学・行政法学を主導したのである。
すなわち「国家が国民を統治する理論」が正統理論として(憲法は180度転換したのだが)存続したのである。
 そして現在の学者も、連綿と続いてきた「憲法は国家統治の基本法である」から自由になれないのである。「市民自治」「市民政府」「政府信託理論」を認めると、長年習得してきた「国家理論の根幹」が崩れるからである。そして学会で相手にされなくなるからである。

学者も自由ではない
 実は学者も自由になれないのである。
 国家官僚への公務員試験も、法曹界への司法試験も、「国家統治の国家学の答案」でなければ合格させない(国家が承認をしない)シクミになっているのである。
そして憲法学会、行政法学会の主要メンバーは国家学である。
 学者は学会で相手にされなくなるのをなによりも怖れるのである。
であるから、自由学校「遊」の民主主義講座でも、「市民」「市民自治」「市民と政府」の言葉を一語も使わないのであろう。

民主主義
 民主主義の政治理論は「市民と政府の理論」「政府制御の理論」「政府交代の理論」でなくてはならない。市民は国家に統治される被治者ではない。
 自治体学は「国家」を「市民と政府」に分別して「市民と政府の理論」を構成する。すなわち、市民が政府を「構成し制御し交代させる」のである。
 国家学の「国家」は擬制の観念である。曖昧な二重概念である。
 民主主義は「国家の統治」ではなくて「市民の自治・共和」である。
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