■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
北大公共政策大学院のシンポを聴いて
(カテゴリー: 自治体学理論
 北海道大学公共政策大学院シンポジウム 
  「地方の/からのガバナンス」を聴いて

 2013年6月29日の昼、北大正門の掲示板で、北大公共政策大学院の教官が「地方のガバナンス」を主題に公開討論を行うことを知った。
 日本社会は長い間、官僚が国家統治の名目で地方を支配してきた。その「カラクリ」と「地方政府への展望」が討論されるかも、と思い出席した。 
 ところが「これが北大大学院の知的水準であるのか」と、あまりの低さに唖然とした。 

基調講演は二人
 最初のTa教授は、『(北海道の)潜在力を「カタチ」にかえるために』の演題で政策提言を行った。
 提言の第一は、新千歳空港から札幌までの所要時間を、現在の36分を20分に短縮するため、「新幹線」または「ノンストップ特急」を整備する。その費用は「条例で法定外目的税を課税し」「空港施設利用料を引上げる」
 第二は、抜本的制度改革として「議員定数の是正」を提言した。
九州新幹線が北海道新幹線よりも先に完成したのは、北海道選出の国会議員の数が、九州よりも(人口比率で)少ないからである。北海道のために国会議員の定数を是正すべきだ、と述べた。
そして、札幌市域は192万人で28人の道会議員であるが、紋別市は2万人で1人である。札幌地域の道議会議員を増やすため、北海道議会の議員定数も是正すべきである、と述べた。
 (このブログを読まれる方は、本当にそのように話したのかと思うであろうが、このように話したのである。この他にも幾つかの提言を行ったが、あまりにも幼稚で粗雑であるので省略する)

二人目のNi准教授は
「情報技術による地域産業の活性化策」の研究実績を披露した後に  
1 合意可能な「地方の価値」を見定めることが重要である。
2 道州制の線引きは「どこで 誰が」決めるのか。
3 そのための「ガバメント 政策技術」はどのようなものか、
と論点を列挙した。だが、自身の所見は述べなかった。基調講演として不十分である。
 基調講演は(シンポ後半の)討論のためである。
 二人の話は主題と無関係でありすぎる。
(以上の要約は、報告者にはご不満かもしれないが、筆者の主意は「何が語られたか」よりも、主題に結び付いた論点が「語られなかった」ことにある)

 会場に配布された紙にも討論にも、「地方のガバナンス」が主題であるにも拘らず、「市民」「市民政府」「自治」の言葉は一言も無かった。
 世界の民主政治の潮流は、「集権・統治」から「分権・自治」へ、である。しかるに、北大教官は、旧態依然の「国家」「統治」「エリート政治」の政治学である。
 この方々の「ガバナンス」なるものは、「国家の政府」であり「国家による統治」である。ジョン・ロックの「市民の政府」でもなく「市民社会の政府」でもないのである。

 討論の締めくくりとして、司会をしていたYo准教授が、会場からの疑念に答えて、「自治」も「統治」も同じことであると述べた。この北大教官には「市民自治」も「国家統治」も同じことなのである。

 しかし、院生から(別の場所で)「市民社会の意味」を質問されたならば、カタカナ言葉を交えて得意然と饒舌に答えるのであろう。だがその知識は、状況追随思考が蔓延する現在の日本を見据えて、「市民社会への道筋」を模索する思考には役立たないであろう。
 おそらく、北大教官には「市民自治」も「市民自治の政府」も意味不明な言葉なのであろう。「国家統治」に対置する「市民自治」の概念も理解できないであろう。
 
 少しく失礼になったが、掲示を見て会場入り3時間を坐し、締めくくりの言説で、「所見」書く気になった次第である。

もう一つ、書き添えておく。
 2013年6月30日発行の「北大政治研究会会報」第34号に、
 山口二郎氏が「北大政治学の30年」の表題で所感を載せている。

 90年代を北大政治学の黄金時代であったと回顧し、優れた人材を集め得たのは、自分がスカウトとして一級の仕事をしたからだと書き、北大政治学に集まった方々のお名前を順次に紹介し讃えている。

 ところが、不可解なのは、神原勝氏の名前が出ていないことである。神原勝氏は1988年に北大に赴任し「地方自治論」を担当し、間もなく「北大に神原教授あり」「自治論は北大の神原教授」との評価を高めたのである。
 神原氏は2005年には北海道大学名誉教授に推挙されたのである。

 しかるに、なぜ山口二郎氏は17年間の研究と教育に専念した神原氏の名前を除外したのであろうか。不可解である。もしかすると、北大教官である山口氏の政治学評価は「国家」と「国家政治学」であり、「市民」「市民自治」「地方自治論」は評価に値しないから、であろうか。 
 まことに奇怪(きっかい)至極なことである。

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