■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
スポンサーサイト
(カテゴリー: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
自治体学会の運営
(カテゴリー: 自治体学の運営
   自治体学会の運営

 自治体学会は自由闊達な討論によって「自治体学の研鑚」を目指す広場である。自治体学会の運営はそのようになされなければならない。 
 自治体学会は設立時の活力と熱気を保持しているであろうか。
 会員数は増えているか。それとも、魅力を失って会員が減っているのではあるまいか。
 全国大会の参会者は充実感に満ちて帰途についているであろうか。自治体学会は現状変革への活力を失ってはいないか。 
 
 2013年5月26日、東京小平市で玉川上水の雑木林や緑地が、都の道路計画で失われることに反対する市民運動が起きて「市民投票」が行われた。5万1010人が投票したが投票率は35.17%であった。小林正則市長は、投票率が住民投票条例に定めた50%に満たないから「開票しない」と言明した。

 自治体学会はこの事態を論議する場を設けたであろうか。
 論議の場を設けることが自治体学会の活力の源泉であるのだ。
 自治体学会を設立したのは何のためであったかを以下に考察する。

 自治体学会は「自治体政策研究交流会議」から生まれた。
 その政策研究交流会議は次のような経緯で開催された。

政策研究交流会議
七十年代に公害問題と社会資本不足で都市地域に住民運動が激発して革新自治体が群生した。革新自治体は「省庁政策の下請団体」から「地域独自の政策を実行する地方政府」への脱皮を目ざしていた。
 このような情勢を背景に、自治体職員の「自主研究グループ」が叢生し、1984年5月、東京中野サンプラザで「自主研究・全国交流集会」を開催した。
 自主研究活動の広がりが政策研究交流会議を開催するに至る要因の一つであった。もう一つの要因は「政策研究を時代の潮流にする」ためであった。

 神奈川県は1978 年に「公務研修所」を「神奈川県自治総合研究センター」に改組して「研究部」を設けた。その研究部の「神奈川の韓国・朝鮮人の研究」が朝日新聞の論壇時評で「本年度の最高の成果」と評され、「自治体の政策研究」が注目を集めた(注1)。

 この動向を敏感に洞察した自治体首長は「政策研究の組織」を自治体内に設けた。例えば、政策研究室(愛媛)、政策研究班(福井)の設置、シンクタンクの設立(静岡、埼玉)、地域の研究所や大学との連携(兵庫、三鷹市)、政策研究誌の発刊(神奈川、兵庫、徳島、埼玉など)である(注2)。

 神奈川県の「研究部設置」が引き金になり「自治体の政策研究」が潮流になり始めた。だが、神奈川県庁の部課長は所管業務に関連する政策研究を嫌った。知事のいないところで「若い職員が勝手な夢物語を描いている」と冷淡に言い放って水をさしていた。これが当時(1983年前後) の状況であった。
 この状況を突き破るには、「全国交流会議」を開催して「政策研究が時代の潮流になっている」ことを、内外に鮮明に印象づける必要があった。

自治体学会の設立動議
 1984年10月18日、神奈川県民ホールの六階会議室で「自治体政策研究交流会議」を開催した。北海道から九州までの各地から140団体・352人の自治体職員と市民と研究者が参加した。
 この交流会議の場に「二つの動議」を提出した。
 一つは「全国交流会議の継続開催」。
 他の一つは「自治体学会の設立」。
 前者は「全国持ち回り開催」を確認して次回は埼玉で開くことが決まった。後者の「学会設立の提案」は、参会者全員が地域と職場で「学会設立の意義と可能性」の論議を起こし、その結論を次回埼玉会議に持ち寄ることを約定した。
 このような経緯で「政策研究交流会議」から「自治体学会」が誕生した(注3)。
 自治体学会は自治体職員が中心になって設立した学会である。

なぜ学会設立を着想したか
 自治体が政策自立するには自治体職員の「政策水準の高まり」が不可欠である。
 政策水準を高めるには「前例に従って何事も無難に」の行政文化を革新しなくてはならない。行政文化を革新するとは「無難に大過なく」から「一歩前に踏み出す」ことである。勇気と才覚で職務を実践して地域課題を解決することである。
 しかしながら、職務実践だけでは政策能力は身につかない。それは職務練達に(ベテラン職員に)なるだけである。その実践を理論化しなければならない。

 すなわち、歴史の一回性である「実践体験の知見」を「普遍認識」に高めなければ、政策能力は身に付かない。
「実践体験」を「普遍認識」に高めるとは、実践による知見を「文章にする」ことである。「文章にする」とは「実践を概念で再構成する」ことである。即ち「言語で書く」ことが「実践の再構成」である。
 それが「普遍認識力」を高めるのである。それが「実践的思考力」を自身のものにするのである。
 このように考えて「実務と理論の出会いの場」としての自治体学会を着想した。

実践的思考力
 しかしながら、「実務と理論の出会い」とは「自身の内において」である。学者の会員もいることが「実務と理論の出会い」ではない。
 例えば、「行政学の政策研究」と「自治体の政策研究」とは「思考の方向」が異なる。学者の政策研究は「特定政策の事後的・実証的・分析的な解明」である。自治体の政策研究は「未来に向かって課題を設定し解決方策を考え出す営為」である。
 すなわち、行政学の政策研究は「政策の実証研究」であるが、自治体の政策研究は「創造的な政策開発」である。であるから、自治体学会は学者の学会と異なるのである。

設立大会
 1986年5月23日、横浜開港記念会館で設立大会を開いた。前日の発起人会議は135人、当日の出席者は自治体職員、市民、研究者、首長、議員、研究機関の職員、労組役員、ジャーナリスト、コンサルタント、文化団体役員などの620人。学会の設立とは思えないほどの多彩な顔ぶれであった。

 設立大会に至るには幾多の「壁と曲折」があった。その詳細は横浜で2006年8月開催の第二十回自治体学会の分科会「自治体学の二十年」に提出した討論資料「自治体学会の設立経緯」(公人の友社)を参照されたい(注4)。

 設立大会の前日の発起人会議で、「自治体学」の言葉を規約に入れるべきだ、の意見が出て、第2条を「……もって自治体学の創造を目的とする」と定めた。
 しからば「自治体学」とは何か、である。

自治体学
 日本の社会科学は「輸入学」として出発した。以来「国家」を理論前提とする「国家学」であった。
だが国家学では、現代社会が噴出する公共課題に対して、問題点の指摘は出来ても全容の解明は出来ない。とりわけ、環境、医療、資源、福祉、文化、などの「前例なき公共課題」を、生活の場で自治の問題として解決する「市民自治の視点」が根本的に欠落していた。

 自治体学は国家学を批判し克服する学である。
 国家学は国家を統治主体と擬制するが、自治体学は市民を自治主体と考える。
 自治体学は、国家学の「国家統治」の観念に「市民自治」の理念を対置する。理論構成の基礎概念は「市民自治」である。


 近日、自治体学会の運営を二つの実際例を
 基に考察した論稿を刊行する。


注1  神奈川県自治総合研究センターの「ホームページ」を開けば当時から今日に至るまでの「自治体の政策研究の内容」が一覧できる。「自治体学に関する研究」の全文は、http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/373117.doc でダウンロードできる。

注2  当時の政策研究の動向は「自治体の政策形成力」(時事通信社)の第二章に記した。

注3  自治体学会の設立経緯の掲載誌は「自治体の政策形成力・第六章」(時事通信社)に詳記した。交流会議の内容は「時事通信社・地方行政(84年11月10日号)」と「地方自治通信(85年2月号) (86年2月号)」に掲載された。

注4 「自治体学の二十年・(公人の友社)」に「設立時の特集誌」も記した。

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。