■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
ガレキ受け入れの是非
(カテゴリー: 原発災害
    ガレキ受け入れの是非
  -ガレキではなく人の受け入れを-

 安全の根拠を示せ
 北海道の高橋はるみ知事は「国が安全と言ったから信用して受け入れる」と「震災がれきの受け入れ」を表明した。これまで政府と官僚が言ってきたことは「信用できないの連続」であった。「信用できる」と言うのなら「信用できる根拠」を示すべきだ。
 例えば、藤村官房長官は大飯原発を再稼動しようとしたとき「専門家の意見に基づいて判断した」と言った。ところが、その専門家の名前は発表しない。“御用学者”が数多いことは公知の事実である。なぜ、高橋知事は「政府が安全と言ったからそれを信用する」と言えるのか。
 北海道は酪農と農産物の大地である。知事が先頭に立って汚染物質を北海道に招き入れることをやろうとするのは不届き至極である。
「助け合うべきだ」と情緒的に言うけれども、がれき以外にも被災地を助けるやり方は幾らでもある。例えば、海で働きたい水産業の方々には安全な海で働けるよう全国各地で協力することだ。汚染地域の方々は子供の将来を心配しているのだ。子供とその家族の受け入れに協力すべきである。

 莫大な復興資金に群がるゼネコン
 岩手と宮城のがれきは安全だと言う。だが福島と地続きである。汚染の濃度は福島が高いかもしれないが、風向きよっては福島より濃い地域もあるかもしれない。現実に千葉や茨城では農産物や水産物が出荷できない事態になっている。全国に放射性物質を撒き散らしてはならない。福島のがれきは福島で処理をすると言うのだから、宮城も岩手も費用は国費で負担して処理施設を新設し拡充して処理すべきである。
 莫大な復興資金、がれきの処理費、莫大な除染費に、ゼネコンと関連業者がハイエナの如く群がっている。ガレキ運搬費は莫大金額である。莫大費用の搬送契約をすでに約束しているのではあるまいか。他方では地元産業の自立資金は「タテワリのスロー行政」で届かない。莫大資金は本当に必要なところに届かない。これが現実である。

 2011年12月20日のNHK「百年インタビュー」で、経済評論家の内橋克人さんが「危機便乗型資本主義」が始まっていると指摘した。即ち、戦争や災害などの惨状に便乗して莫大利益を目論む資本主義(経済活動の自由主義)を警告された。莫大な災害復興資金の国会決議は衆議院選挙のためではなかったか。

 除染は無意味な無駄
 セシウムは消えないのだ。表土を削っても置き場がない。水で流せば川を汚染し滞留して高濃度の汚染になっている。海に流れて水産業を壊滅させる。
 原発は自然界に存在しなかった放射性物質をまき散らしたのだ。原発に絶対安全は無い。事故になれば手に負えないのだ。セシウムは消えないのだから莫大な金を除染に使うのは止めることだ。「一日も早く帰れるように」と国は言う。ごまかしである。帰れない地域を見極めて、人々の生活が成り立つよう「住まい」と「働く場」の提供に全国民が協力すべきである。
  「がれき」と「除染」の論議は「原発再稼動」から国民の目をそらすためである。




  FaceBook の友達 友利長栄さんから次のコメントを頂いた。

 ブログは読ませて頂きました。全面的に賛同いたします。「ガレキ処理」には大きな利権が絡んでおります。どうして、北海道から沖縄の知事さんまでが、ガレキ受け入れを考えるのだろうか?東京以南にガレキ処分するなら、処分費用が莫大な金額になる事は小学生にも理解できる。敢えて受け入れ検討を実施したり、受け入れを承諾したりしているのは、どんな理由からでしょうか。
 
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