■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
「市民行政」
(カテゴリー: 自治体学理論
   「市民行政」

 「市民行政」を主題にした公開研究討論会が、北海学園大学開発研究所と自治体政策研究所の共同主催で2011年11月19日、北海学園大学で開催された。
 当日の論点であつた「市民行政の概念」について要点を掲載する。
 (なお「討論内容」は「月刊・財界さっぽろ」2012年1月号に6頁に亘って掲載されている)

1 市民行政

「市民行政」とは「行政不信」の現状打開をめざす実践概念である。
「実践概念」であるから、既成学の「説明理論」では理解が困難である。理解できないから「疑問」と「誤解」が生じる。現に北海道自治体学会のMLに「反感的疑問」が流れた(2011-11-18)。

 市民行政とは、市民が行政庁舎内で「行政事務」に携わることである。
 既成の行政法学は「行政事務は公務である」「公務は公務員身分を有する者が行う」と考える。だから「市民行政」が理解できず容認できない。
 これに対し、市民自治の自治体学は次のように考える。
これからは「公務員の行政職員」と「市民の行政職員」の二種類の行政職員が存在する。「市民の行政職員」は「代表権限を有する首長」が任期内で委嘱する。

 以下、「市民行政の概念」について論点を記述する。

 理論には「説明理論」と「実践理論」の二つがある。
「説明理論」は事象を事後的に客観的・実証的・分析的に考察して説明する。
「実践理論」は未来を構想し現在に課題を設定して解決方策を考え出す。  
 実践理論は歴史の一回性である実践を言語叙述によって普遍認識に至らしめる。

「実践の言語叙述」とは「経験的直観を言語化する」ことである。
「何が課題で何が解決策であるか」を考えるのは「経験的直観の言語化」である。
 (「実践概念の意味」は「新自治体学入門(時事通信社)」の第三章に述べた)。

「経験的直観の言語化」
 経験的直観の言語化は困難を覚悟して一歩前に出た実践によって可能となる。大勢順応の自己保身では経験的直観の言語化はできない。
 即ち、「知っている」と「わかっている」は同じでない。
「何も分かっていない人」とは、波風がないときには (自分に非難が返ってこないときには)立派なことを言うけれども、素早く不利になると判断したときには「黙り、曖昧なこと」言う人である。両者の違いは「覚悟して前に出た実践体験」の違いである。
 人は体験しないことは分からない。分らないから言語叙述ができないのである。

「規範概念による思考」
 未来を構想し現在条件を操作するのは「規範概念による思考」である。
「市民行政」も「市民自治」も規範概念である。「規範概念」を了解し会得するには「実践による自己革新」が不可欠である。利いた風な言葉を操るだけの現状容認思考の人には「規範概念の認識」は曖昧漠然である。
「実践」と「認識」は相関するのである。
 主体の変革なくしては「課題と方策を言語叙述する」ことはできないのである。

 (以上のことを「話し言葉で叙述する」と次のようになる)

 理論にはA型とB型の二つがあると考えてみます。
 A型は「言葉を知っているが本当は分かっていない」人の理論です。
 例えば、役所の出世コースのエリートは最新流行の用語を巧みに使います。だが自身の職務の改革はしません。不利益を覚悟した行動はしないのです。実践行動は常に何らかの不確定要素を孕むからです。エリート職員は上司には優秀職員と評価されますが、市民からは信頼されません。そのような「言葉を知っているだけ」がA型理論です。
 学者はA型理論が多いです。審議会で役所の原案に賛成して外では市民向けの言い方をする。この学者はA型理論です。

 B型は実践理論です。
 実践理論は規範概念で理論構成をします。だが常に「御身大切の安全地帯」にいて行動しない人には「規範概念の意味」が分りません。つまり「何が課題で何が方策か」が分らないのです。ですから「規範概念」の意味が了解会得できないのです。不利益を覚悟して行動したことのない人には「市民活動の能動イメージ」が理解できないのです。「市民行政」のイメージが理解できないのです。
 既成学も「市民自治」「市民参加」「情報公開」の言葉を使いますが、同時に「国家統治権」を自明のように使います。その学者は、「市民」を「非協力的な一部の人たち」と思っている行政管理職と同類思考です。

 例えば、学者や行政幹部の人と話しているときに、「あの人は見えている」「彼はまるで分かっていない」という体験をされるでしょう。「問題が見えて意味が分かる」人は「リスク(困難)を覚悟して行動した人です。
 改革とは「自身の行動様式」を変革することです。改革は常に「主体の問題」です。でありますが「人事昇進が最優先」の行政内では「主体変革は不可能」に思えます。

 しかし「主体変革」とは「その不可能を越える」ことです。「越える」のは「知識」でなくて「実践」です。実践とは「一歩前に出る」ことです。実践は矛盾の構造です。
「実践が認識を明晰に」し「認識が実践を導く」のですね。実践理論と認識理論が相関しているのがB型の自治体理論です。

2 行政概念
 市民行政を理解するには行政概念の再定義が必要です。
 既成学は「行政を法の執行である」と定義します。
 自治体学は「行政を政策の実行」と考えます。

 政策とは「課題と方策」でありますから、政策の実行とは「公共課題を解決し実現する」ことです。つまり、行政とは「まちづくりの実践」です。
 現代社会の公共課題は公務員だけでは解決できません。「行政職員と市民の協働」なくしては解決実現できないのです。優れたまちづくりの現場がそれを実証しています。
 つまり「市民行政」が不可欠な時代になっているのです。

 既成学は「行政は公務であり、行政執行は公務員が行う」の観念から脱出できないので「市民行政の意味」を理解することができないのです。

 以上の論点の詳細は、北海学園大学開発研究所「開発論集」88号に「市民政治の可能性を拓く」として掲載した)



 公開研究討論会に参加していた方から下記のメールが届いた。
 「市民行政」理解の参考までに掲載する。


 森先生のブログ自治体学の『「市民行政」-公開研究討論会』を拝読いたしました。
 感想などをお送りするのは失礼かと思いましたが、どうしても聞いていただきたくメールしました。

 森先生の言わんとしていることが、なぜか全文1度読んだだけで理解できました。自分でも驚いています。
 今まで「地方自治」や「市民自治」等の文献や書物など、少ないながら読んできましたが、多くの場合、言葉の定義や使い方に疑問を持ったり、論理的に理解できなかったりする点がままありました。キチンと理解できないままに過ぎてきたように思います。

 しかし今回のブログは、言葉は難しかったものの論理的に共感でき、納得できたのです。感覚ではなく言葉として私の中に入ってきました。そのお陰で私の中にあった分別不完全な感覚が、スッキリと形になりました。

 こんな感覚になれたのは、先生がおっしゃるように「覚悟して前に出た実践体験」を経たからなのかもしれません。
 先日の公開討論会は私に様々な経験と感覚を与えてくれました。
 ありがとうございました。   2011-12-19


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