■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
「市民政治」と「市民行政」
(カテゴリー: 自治体学理論
 「市民政治」と「市民行政」

 現在「市民政治の可能性」の刊行を準備している。 
 その構成は次のようなものである。
 
  市民政治の可能性
   1 市民政治
   2 市民政治の主体
   3 批判的思考力
   4 市民行政
   5 市民の政策形成力

  以下の文章はその一部である。   

 市民政治
 (1)市民政治とは「政策の形成と実行」に市民が実質的に関与する政治システムである。即ち「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置し、「中央集権」を「地方分権」に組み換え、「行政支配」を「市民参加」に転換して「地方公共団体」を「自治体」に変革した政治システムである。
 現在日本の代表民主制度は形骸化し議会不信が普く増大している。議員は選挙が終われば白紙委任の如く身勝手に行動し、有権者は選挙の翌日には「陳情・請願の立場」に逆転している。そのため、行政と議会に対する市民の不信は高まり、自治体では「議会不要論」の声さえも生じている。
 しかしながら、選挙は「白紙委任」ではない。選挙は代表権限の「信託契約」である。首長と議員の身勝手な言動は「信託契約」違反である。
 代表権限を制御するために「自治基本条例」が考案されて基本条例の制定が広がった。だが「行政不信」と「議会不信」は一向に改まらない。制定方法に根本的欠陥があるからである。(制定方法の根本的欠陥は北海学園大学開発研究所・開発論集87号に記述した)
 「市民政治」とは、民主的政治制度の再構築をめざす規範概念である。

(2)代表民主制度が形骸化した主要な原因は、政治権力の場にいる人達が報道機関を支配し世論を誘導し有権者を被治者に貶めているからである。
 そしてまた、有権者の側が「御用メディア」「御用学者」にたやすく騙されるのも形骸化の原因である。
 民主政治制度の再生には「政治理論の転換」と「市民の政策形成力」の高まりが必要である。

(3)政治理論の転換とは「国家統治理論」を「市民自治理論」に転換することである。
 政治権力の場にいる人達が今もなお「明治憲法の国家理論」を保持しているから「理論転換」が必要なのである。
 国家試験を出題し採点する学者の多くも「国家統治の国家学理論」である。代表民主制度が形骸化するのは制度を運営する人達に問題があるからだ。 
 国家理論とは「国家」を統治主体と擬制する理論である。即ち国民を被治者とする国家学理論である。それは「明治憲法の基本原理」を踏襲した「国家学」である。
 「国家観念」の吟味が必要である。「国家三要素説」と「国家法人理論」は天皇主権を偽装する国家理論であったのだ。「国家」が統治主体であれば、主権者の国民は「国家」を批判も制御もできず交代もさせられない。
 民主政治は「市民と政府」の関係である。即ち「主権者である市民」と「市民が代表権限を信託した政府」との関係である。「市民」が「政府を選出し制御し交代させる」のである。民主政治の理論で重要なのは「政府責任の理論」「政府制御の理論」である。論点は「国家」ではなく「政府」である。
 「国家」という言葉は、官僚と権力政治家の「隠れ蓑」の言葉である。国家理論に騙されてはならない。「国家」の言葉を安直に使ってはならない。明治憲法原理の「国家三要素説」が現在もなお蠢いているからである。即ちそれは「国民を国家の一要素とする」国家学の理論である。 
 市民自治とは、「市民」が公共社会の政治主体であり、市民が公共社会を管理するために「代表者を選出し制御し交代させる」とする自治体学の理論である。


 市民行政
 市民行政とは市民が市役所に入って職員と一緒に仕事をすることである。
 市民が選出した首長が「期間と職務」を限定した「市民行政・職員」を委嘱するのである。
国家学の行政法学は、行政は行政職員(公務員)が行なうものである、の観念に縛られているから、「市民行政」という言葉に違和感を抱き了解できない。
 了解できないのは既成の行政法学理論に固執するからである。
「国家統治の国家学」から「市民自治の自治体学」への理論転換が不可欠である。国家学の行政法学理論では「地域活性化の道筋」は見出せない。「行政不信」を解きほぐすことは出来ない。市民との信頼関係を構築することもできない。
 まずは、「行政概念」の転換が必要である。
「行政概念の転換」とは次のようなことである。
 国家統治学は「行政とは法の執行である」と定義する。自治体学は「行政とは政策の実行」であると考える。「政策」とは課題と方策のことであるから、「政策の実行」とは課題を解決することである。「地域課題の解決」は公務員だけではできない。
「市民と行政職員の協働」が不可欠である。協働とは「主体双方の自己革新」と「相互信頼」を前提にした言葉(造語)である。「学者」も「行政職員」も「協働」の言葉を連発する。連発する学者と行政職員が「市民行政」を忌避するのは矛盾である。重要なことは、国家学の行政法学理論に固執せず、柔軟に発想し論理思考を働かせることである。
 これまで、参加・参画・協働という言葉が使われた。実質内容にさほどの違いはない。「市民行政」を「市民参加」と考えればよいのである。
「市民参加」とは、市民が政策立案、政策決定、政策執行、政策評価の各過程に実質的に関与することである。つまりは、市民が地域社会の当事者として政策の実行に関わることである。
 市民行政とは市民が行政職員と協働して政策の実行に関わることである。

 
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック