■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
二つの「松下村塾」
(カテゴリー: 自治体学理論
 二つの「松下村塾」     2010-6-28

1 菅首相の所信表明演説
 菅直人首相は6月11日の所信表明演説で、政治思想を学んだ学者として松下圭一氏と永井陽之助氏の二人の名を挙げた。総理演説の効果は抜群である。インターネツト・アマゾンの古書欄で、松下圭一著作本は「売り切れ」「値段上昇」となり「市民自治の憲法理論(岩波新書)」は9.800円に急上昇した。(岩波新書の新刊価格は750円である) 
 菅首相は組閣後の記者会見で「菅内閣のニックネームは」と訊かれて「奇兵隊内閣と呼んで頂ければ嬉しい」と答えた。自身が山口県(宇部高校)出身であるので、大河ドラマの「土佐の坂本龍馬」だけでなく「長州の高杉晋作」を言いたかったのであろう。「二世三世の世襲議員」でなく「サラリーマンの息子」である自身を「農民、商人、職人、僧侶の奇兵隊」を編成して活躍した高杉晋作になぞらえ親近感を表明したのでもあろう。
 高杉晋作も吉田松陰の松下村塾で育った。

2 二つの「松下村塾」
 今、日本列島に二つの「松下村塾」がある。
 一つは「松下政経塾」である。松下政経塾出身の国会議員・自治体首長・自治体議員は容易ならざる数である。民主党にも自民党にもいられる。結集すれば「一大政治勢力」になるであろう。人それぞれであるから「ひと括り」にするのはまことに失礼ではある。失礼であるのだが、「政治家志向の人材養成塾」で生活を共にされた方々が「容易ならざる勢力」になりつつあることに「一抹の危惧の念」を想う。
 「国家」「国家主権」の観念が猛威をふるった「おぞましい時代」を体験した日本社会であるからこそ、いつ声高に「公共」を「国家」と言い換える政治勢力が台頭するかもしれぬと懸念するのである。
 昨今の新聞・テレビの保守化傾向、インターネット動画 (YouTuve) には右翼言説が溢れている。そして群立する小政党の保守言説、そこにも松下政経塾の方々がいられる。
 安倍内閣のとき、一瀉千里の「教育基本法否定」と「憲法改定の国民投票法の強行採決」、「盗聴法と共謀罪と集団的自衛権の論議」などが続いた。心配である。
 松下政経塾の方々が「国家の観念」を振りかざす政治勢力にならないことを希う。何の特権もない普通の市民が「政治主体」である「市民自治の政治社会」を目指して貰いたい。そのことを切に希求する。
 本年5月3日、全国青年会議所 (JC) は、47都道府県で同時刻に一斉に「憲法タウンミーティング」を開催した。「全国青年会議所」のホームページを眺めるならば、それが「改憲キャンペーンである」ことは明白である。
 松下政経塾への「一抹の危惧」が「杞憂である」ことを希う。

3 市民自治を思考の座標軸に
 もう一つの「松下村塾」は、松下圭一氏の「市民政治の理論」「市民自治の憲法理論」「政策型思考と政治」などの著作を読み「自身の思考の座標軸」を見定めて行動する全国各地の「市民と自治体職員」である。「国家統治」ではなく「市民自治の政治社会」の創造をめざす人々である。
 この「松下村塾」の人々は「自治体学会」を1986年5月23日、横浜で設立して「国家学」ではない「自治体学」の研鑽をめざしている。
 「国家」なる言辞は、現状の継続に利益を得る人々の「隠れ蓑」の言葉である。「騙しの言葉」である。「国家」「国家主権」などの「騙し言葉」が猛烈な威力をふるう(ふるった) のである。
 「国家」や「国家主権」の言辞を弄する人は「人々の掛けがえのない幸せ」を大切と考えない「支配の側の人」である。「国家観念」は人々を「共同体の論理」で「覆いかぶせて押さえこむ」のである。騙されてはならない。 
 松下圭一氏の「市民自治の憲法理論」には「君主主権」と「国民主権」と「国家主権」の位相が明快に論述されている。菅直人氏は自著「大臣(岩波新書)」のなかで「私は市民自治の憲法理論で育ったのです」と記述している。
 日本には今、二つの「松下村塾」がある。

 





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