■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
8 自治体学の二十年 あ と が き
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8 自治体学の二十年 あ と が き     2006-8-20

 自治体学会は二十年の歳月を経過した。

歴代代表委員、運営委員の方々、事務局を担当して下さった自治体の皆様方のお力である。

 学会設立のころは小学生であった人も自治体学会に参加して活動している。

「市民自治」「政府信託」「基本条例」などの自治体理論の概念・用語は普く広がった。市民自治の制度整備も進んでいる。進歩進展である。

だが、状況を切り拓く情熱と批判的思考力は継続し保持されているであろうか。

例えば、今次合併の住民投票で「開票せずに焼き棄てる」の事態が生じた。そのとき「何ということを」の怒りも似た心情が「自身の内に」生じるのか、それとも「それもあり」と他人事のように思うだけなのか。それが問題なのだ。平素、口にする「自治」「参加」には何の意味もない。

また例えば、隣国の主席と大統領が「歴史の事実」を基にして「最大の外交問題」だと言っているときに、靖国参拝は「心の問題」であると加害国の首相が言う。そのときも、「自身の内に」如何なる心情が生じるのか。

 「間違っていること」を「間違っている」と発言する。その思念が「自身の内に」生じないのは「批判的思考力の衰弱」である。「思考の座標軸」が定まっていないからである。一歩前に出て「壁」を越えた体験がないからである。つまりは勇気がないということである。

自治体学会の盛会ぶりは真に喜ばしいことであるのか。喜ばしいことであってほしいと切実に思う。

 七十年代には自己の不利益をも覚悟して一歩前に出るエネルギーが存在した。エネルギーが存在したのは、トータルに社会を眺めて批判する社会主義の思想が存在したからであろう。

 現在は状況追随思考が広がっている。それは、社会を全体的に考察し批判する座標軸が見えないからである。現在は争点が無くなったと言われる。無くなったのではない、見えていないのである。

 かつての対立軸は「経済体制のイデオロギー」であった。

現在の対抗軸は「統治」に対する「自治」である。

「国家統治の中央支配」に対して「市民自治の実践」である。 

憲法は「権力に枠を定める最高法規」である。この自明とも言うべき近代立憲制の原則に対して、憲法は「国民に義務を定める」ものでもあると「苦労知らずの二世・三世議員」が言い始めているとの由である。

「国家統治」対「市民自治」が現代社会の対抗軸である。

「国家学の統治理論」に対する「自治体学の信託理論」である。

自治体学会の役割は正に正念場にある。

北海道では、1995年に北海道自治体学会を設立し現在も意欲的に活動を展開している。同じく1995年に開講した北海道自治土曜講座も毎年開講し、ブックレットは100冊を超え「公人の友社」から刊行頒布している。

 日本全国に「自治体理論」と「自治の実践」が浸透することを念じたい。

              2006年 8月 6日    森  啓
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