■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
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自治体学の理論水準
(カテゴリー: 自治体学理論
 自治体学の理論水準 -「ある政策研究会での論議」

 地方選挙の直後にある都市で開催された政策研究会で次のような論議があった。論点は三つ。
一つは、市長は交替したが「何が変わるのか」「何を期待するか」であった。
研究会の発言の大勢は「何も変わらないだろう」「誰がやっても変化はないだろう」であった。
市長選挙の投票率が低いのは「誰がやっても同じだから」との「有権者のアキラメ的無関心」にあると言われているのだから、これでは、政策研究会がそのレベルと同じことになってしまう。
投票率が低く再選挙になった都市さえあるのだから「なぜ変わらないのか」「どうすれば変わるのか」を研究会は論議すべきであろう。誰が首長になっても「さして変わらない」のならば、政策を吟味する理由はなく選挙結果への公共的関心は霧消する。問題は、研究会のメンバーに「その都市が直面している公共課題が見えていなければ」論議にならないということである。

論点の二つ目は「市政に期待する公共課題は何か」であった。
「公共施設も生活道路も整備されているから、是非にという公共課題は、今は無い」という意見が出た。その意見に対して「こういう公共課題があるではないか」の発言は出なかった。だがそれは、「公共課題が無い」のではなくて「公共課題が見えていない」のである。なぜならば、現代社会は「前例のない深刻な質的公共課題」が次々と噴出しているのである。そして、「その公共課題はこれまでの考え方とやり方では解決し実現することはできない」のである。
「誰がやっても同じではないのだ」ということを明確にして有権者に支持を求めるのが候補者であり政党である。政策研究会はそれを分析し「公共課題と実現方策を論議する」のである。それが出来なければ政策研究会とは言えない。

 三つ目は「大都市で市民自治を如何に実現するか」という論点であった。
大都市は区域が大きすぎて「まちづくりの全体像」が描けない。莫大なお金が「何にどう使われているのか」がよく分からない。「議会は何を議論しているのか」も分からない。「行政も議会」もまことに不透明である。
「行政職員」も「議員」も、市民がよく分からないことをよいことにして、特権的な感覚で現状維持的に自己保身的に日々を過ごしていると市民は思っているのである。市民は「冷めて」いるのである。それが無関心と無力感となって投票率の低さにつながっているのである。
政策研究会は学者や評論家のような解説的・評論的な論議をしてはならないのだが、研究会のメンバーに「大都市で市民自治を如何にして現実化するか」の気概と展望がなければ、研究会の論議に熱気は生じないと参加者の一人が感想を述べた。
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