■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
文化の見えるまち
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
 文化の見えるまち

 第11回「文化の見えるまちづくり」全国フォーラム
  2009年8月27日~28日 
  大阪池田市  

  文化の見えるまち
 八十年代に文化1%システムが全国に広がり、公共建設事業に美観性と地域個性を導入する考え方が一般化した。関西では「文化アセスメント」の手法が行政施策に取り込まれた。
 文化ホールは「行政が管理する営造物」ではない。「市民文化の拠点」である。この考え方が広がった。バッハホール、ピッコロシアター、水戸芸術館、メイシアターのように水準の高いホールが増えた。住んでいることを誇りに思う魅力あるまちづくりが様々に展開された。
 文化アセスメントの実践例は武庫川の宝塚大橋であった。「行政の文化化」の実際例は横浜市役所横の「くすの木広場」であった。
 花と緑と彫刻のまちづくり、歴史的建造物の保存、歴史の連続性を喚起する地名の保存、商店街の魅力化、都市の修景美化、景観条例の制定など「文化の見えるまちづくり」が様々に展開された。非日常の興奮と感動を楽しむ音楽祭や演劇祭、誇りの感情でわがまちを見つめる市民オペラ、市民文化の拠点となった文化ホール。障碍を乗り越え実現した実践と連帯も地域の文化である。

 文化行政は大阪から始まった 
 自治体は長い間、企業のための基盤整備に財政を使わされた。そのため人々の生活環境に美しさと潤いが欠落した。「水の都」であった大阪は「ゲスの街」と評されるに至った。
黒田了一大阪府政が誕生したのは文化都市大阪の甦りを大阪の人々がめざしたからであった。金がないから知恵を出し住んでいることを誇りに思える大阪をめざしたのである。文化行政は大阪から始まったのである。その大阪府が今、「市場原理の財政改革」を強行して文化予算を削減しているのである。
 文化は財政に余裕のあるときのことだとの言い方がある。自治体財政に余裕がないのは、中央政府が市場原理の構造改革論をふりかざして合併を強要し交付税を削減したからである。地方切捨ての財政政策が財政窮迫の主要原因である。
 文化行政が始まったときもオイルショックで財政は窮迫していたのだ。文化は財政に余裕があるときのことではない。
 
 文化の見えるまちづくりフォーラム
 「文化行政」の用語では「行政が文化を仕切る」の誤解が伴う。「文化の見えるまちづくり」と言い換えた。「文化の見えるまちづくり」ならば「省庁政策の支配」から脱して「自治体独自の政策発想」を獲得する可能性も出てくる。
 「文化の見えるまちづくりフォーラム」を全国持ち回りで開催することにした。
このフォーラムは、市民、文化団体、芸術芸能家、学者研究者、行政職員が一堂に会して、「住んで誇りに思えるまち」を創出する政策を討論する場である。
 市民・文化団体と行政の関係は「行政への参加」ではなく「協働」である。協働とは自己革新した市民と行政職員が「政策策定と政策実行」で協力することである。信頼し協力しなければ「住んでいることを誇りに思うまち」はつくれない。
 「文化行政」を「文化の見えるまちづくり」と言い換えたが「文化の見えるまちづくり」では用語の体をなさない。「文化政策」も「文化行政」と同様に「行政が主体」の語感が伴う。「文化戦略」という言葉を使うことにした。   
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