■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
スポンサーサイト
(カテゴリー: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
松下圭一「政策型思考と政治」(東大出版会)を読む (五回講座)
(カテゴリー: 自治体学理論
(追悼・松下圭一先生)
 松下圭一「政策型思考と政治」を読む (五回講座)

  さっぽろ自由学校「遊」(愛生舘ビル六階 604)            
  テキスト 松下圭一「政策型思考と政治」(東大出版会)       
  講座内容 本書は「松下市民政治理論」の基本書である。
  第一章から第五章までを熟読して「市民政治理論」の基本論     点を理解する。

  第一章 政治・政策と市民 (11月2日)
 現代社会は、水道も下水も、道路もバスも電車も、電気もガスも、つまり生活の全てが、(政策と制度) の網の目の中で営まれる。市民生活に直結する政策・制度を政府(官僚)に任せておいたのでは「お上の政治」から脱却することはできない。
 ・「都市型社会」とはどのような社会か。
 ・都市型社会 の「市民と政府の関係」を考える
 
  第二章 都市型社会の政策 (12月7日)
 工業文明の発達進展で人々の「生活様式・生活意識」が平準化して、資本主義か社会主義かの(かつての)体制選択が幻想であったことが明瞭になる。論点は官僚主導の政策・制度を如何にして市民制御に転換するかである。
 ・生活様式(暮らし方)の平準化によって人々の政治意識はどう変わるのか
 ・都市型社会と男女平等社会はどのように関連するのか
 
  第三章 「近代化」と政策の歴史 (2017年1月11日)
 近代化とは(工業化と民主化)のことである。工業化が進展して前例なき公共課題(大気汚染・河川汚濁・温暖化・都市景観・緑地減少・現代的貧困)が噴出して、[福祉政策・環境政策・都市政策]が不可欠必要になる。
 ・「シビルミニマム」とは何か、言葉が広がったのはなぜか
 ・前例なき公共課題の解決には「市民参加」が必要となる論拠を考える 
 
  第四章 分権化・国際化・文化化 (2月7日)
 都市型社会が成熟して自治・共和型の「市民」が大量に醸成される。「国家」をめぐる問題状況も一変する。自治体が地方政府として自立する。
 ・住民と市民の違いを考察して討論する
 ・自治体が政府である理由と論拠を学ぶ
   
  第五章 日本の政策条件 (3月7日)
 ヨーロッパで16~17世紀に始まった近代の「ステート」を、日本では「国家」と翻訳して「国家統治の観念」をつくった。その「国家観念」は (絶対・無謬・包括)の官僚統治であった。しかしながら政府の権限は市民が信託(契約)した権限である。
 ・国家法人理論と政府信託理論の違いを学ぶ。
 ・信託契約解除理論(ロックの革命権理論)を考察する
スポンサーサイト
講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」 (第五回)
(カテゴリー: 自治体学会の設立経緯
講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」
 第五回 (最終回) 《官治集権》の日本とロック (岩波現代文庫版あとがき)

Ⅰテキストを読んで考える 
268p 「もし、日本国憲法をめぐって‥‥

272p 「だが1959年、二十歳末の前述拙著『市民政治理論』の形成‥‥

278p 「だが、すでに、当時は‥‥

Ⅱ市民政府論―論点
1) 「個人」の設定(発想) は画期的なことであった。
 現在では「何のこともない当然なこと」であるが、当時は身分社会・宗教社会の共同体の秩序社会であって、「自由な個人」の発想は無かった。

2) 市民政府信託論
個人の合意 (社会契約) で「市民社会」をつくり、基本権を守るため「政府」をつくり権限を信託する。政府権限は人々が信託した権限であるから信託違反には「信託解除となる。

3) 市民政治 市民政府 
 市民が政治主体である。(国家ではない)
 市民かけ政府を構築(つくり)して「政府」に権限を信託して(白紙委任ではない)、政府を日常的に制御する(批判と参画)。

4) 「国家観念」の擬制 「立憲君主制」
民主政治の後進国(ドイツ)は、君主政治(皇帝専制)を継続するため、「国家観念」を擬制し、偽憲法を制定して「立憲君主制」を主張した。いつの時代も「御用学者」が存在する。「国家観念」は擬制である。「国家三要素説」は団体概念(国民)と機構概念(統治権)をないまぜにした概念矛盾である。にも 拘わらず、日本では(現在も)「国家統
治」「国家三要素」が言説されている(言われている) なぜであろうか。
 

Ⅱ 論点を話し合う
1) なぜ、「国家」ではよくないのか (272p 1行目)
統治主体は「国家」ではない。「国家統治」ではない。「市民自治」である。 市民による「政府」の『構築・制御』である。
ロックは「統治」から「政府」へというかたちで「ガバメント」という言葉の用法の革命をおこなった‥‥

2) なぜ、「国家」を統治主体だとする「国家理論」が現在も続いているのか。
「国家」は擬制の観念であり、「国家三要素説」は論理矛盾である。 なぜ、良識ある(と思われる)学者までもが「国家理論」を講義するのか

3) 理論の普遍性
理論は、時々刻々に発生し到来する(具体場面で問題を)思考の座標軸を見定め、決断と実行を導く。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。