■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
松下圭一「政策型思考と政治」を読む (五回講座)
(カテゴリー: 自治体学講座
 松下圭一「政策型思考と政治」を読む (五回講座)

場 所   さっぽろ自由学校「遊」
テキスト  松下圭一「政策型思考と政治」(東大出版会)       
講座内容 本書は「松下市民政治理論」の基本書である。
       第一章から第五章までを熟読して「市民政治理論」の基本論点を理解する。

第一章 政治・政策と市民 (2016年11月2日)
 現代社会は、水道も下水も、道路もバスも電車も、電気もガスも、つまり生活の全てが、(政策と制度) の網の目の中で営まれる。市民生活に直結する政策・制度を政府(官僚)に任せておいたのでは「お上の政治」から脱却することはできない。
 ・「都市型社会」とはどのような社会か。
 ・都市型社会 の「市民と政府の関係」を考える
 
第二章 都市型社会の政策 (12月7日)
 工業文明の発達進展で人々の「生活様式・生活意識」が平準化して、資本主義か社会主義かの(かつての)体制選択が幻想であったことが明瞭になる。論点は官僚主導の政策・制度を如何にして市民制御に転換するかである。
  ・生活様式(暮らし方)の平準化によって人々の政治意識はどう変わるのか
  ・都市型社会と男女平等社会はどのように関連するのか
 
第三章 「近代化」と政策の歴史 (1月11日)
 近代化とは(工業化と民主化)のことである。工業化が進展して前例なき公共課題(大気汚染・河川汚濁・温暖化・都市景観・緑地減少・現代的貧困)が噴出して、[福祉政策・環境政策・都市政策]が不可欠必要になる。
・「シビルミニマム」とは何か、言葉が広がったのはなぜか
・前例なき公共課題の解決には「市民参加」が必要となる論拠を考える 
 
第四章 分権化・国際化・文化化 (2月7日)
都市型社会が成熟して自治・共和型の「市民」が大量に醸成される。
「国家」をめぐる問題状況も一変する。自治体が地方政府として自立する。
 ・住民と市民の違いを考察して討論する
 ・自治体が政府である理由と論拠を学ぶ
   
第五章 日本の政策条件 (3月7日)
ヨーロッパで16~17世紀に始まった近代の「ステート」を、日本では「国家」と翻訳して「国家統治の観念」をつくった。その「国家観念」は (絶対・無謬・包括)の官僚統治であった。しかしながら政府の権限は市民が信託(契約)した権限である。
 ・国家法人理論と政府信託理論の違いを学ぶ。
 ・信託契約解除理論(ロックの革命権理論)を考察する

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第四回講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」  
(カテゴリー: 自治体学講座
 第四回講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」  
        [さっぽろ自由学校・遊」2016-9-7]
(第五章)
(3節) 抵抗権から革命権へ 199p
1 マグナカルタ (中世立憲理論)
イングランド王ジョンが(1215年)封建貴族たちに強制されて承認、調印した文書。国王の徴税権の制限、法による支配などを明文化し、王権を制限、封建貴族の特権を再確認したもの。権利請願・権利章典とともに英国立憲制の発展に重要な役割を果たした。
2 革命権、中世立憲理論の(抵抗権)をロックが近代型に再編した。 
3 抵抗権と革命権の違い 207p
(1) 主体 貴族か人民か
(2) 根拠 抵抗権は貴族の身分特権、革命権は個人の基本権
(3) 形態 抵抗権は過去の基本法への回帰、革命権は未来への政府構築の主権発動
ロックは「革命権」を明示することによって『近代憲法理論』をつくりだした。206p
4 ロックの市民政府理論 (政府信託理論) 
市民が基本権(生命・自由・財産)を守るため政府をつくって権限を信託したのである。政府は市民が作った政治機構である。
民主主義は「市民」が政治主体である。「政府」は人工の道具である。その政府が権限を逸脱したときには「信託契約を解除」して政府を交代する。市民による政府交代が近代型の革命である。
5 政府と国家を混同してはならない。
「国家観念」は擬制である。擬制とは (存在しないものを存在すると言説すること)
「国家」を (国民・領土・統治権)と説明する「国家三要素説」は、質的に異なる「団体概念(国民)」と「機構概念(統治権)」を(意図的に)混同する言説である。それは国家を統治主体と擬制するための言説であった。そして合理的説明ができないから「権力で正統理論である」と弾圧し規制した。
6 民主政治の理論は「国家理論」ではない。「政府理論」である。民主主義は「国家統治」でなくて「市民自治」である。  
論点
 ・憲法学者への質問
   「国家三要素説をどのように講義していますか」 
 ・行政法学者への質問
「行政法は行政を規制する法ですか、市民を規制する法ですか」
「行政概念(の定義)をどのようにお考えですか」
   「公定力理論」「特別権力関係」とは何ですか
   
(4節) 市民政治理論の成立 208p
1 個人自由の観念
 個人自由の観念は、17世紀イギリスという特定地域・特定時期に、歴史所産たる『文化』として成立し、ロックという特定個人によって普遍理論となった観念である。184p 個人自由は一朝にして成立したのではない 181p
・古代地中海(ギリシャ・ローマ)の「共和政治の市民参加」 と 中世立憲理論の「法の支配」という遺産をひきついでいる。だがそれらは、「共和政治に参加する身分自由」であり「中世立憲理論は支配貴族の身分特権」であって「個人自由」ではない。

2 ロック理論の時代的制約
・個人自由の「定位」によってロックは市民政治理論の古典的形成者となった。ロック自身は名誉革命体制を支える通商弁務官としイギリス帝国の建設を進めた。
・だが、その名誉革命体制は、(保守的なトレヴェリアンにすら)「アイルランド抑圧と奴隷貿易に象徴される体制」であると批判された。ロック理論の「魂」である「議会」も腐敗と汚職に満ち満ちていた。
・アメリカ革命の煽動家ペインは「イギリス名誉革命体制」を、人間売買という(最も恐ろしい商売に専念し平然と冷酷に)アフリカ住民を捕獲し売買したと弾劾した。212p
・[名誉革命体制の現実史] と [市民政府論をめぐる理論史] との乖離 これを如何に考えるか 214p

論点
 スポーツ と 国歌
(朝日新聞2016年8月23日13頁 [耕論] )

「住民」と「市民」
(カテゴリー: 自治体学理論
「住民」と「市民」

[市民]
 市民とは、自由で平等な公共性の価値観を持つ「普通の人」である。普通の人とは「特権や身分を持つ特別な人」ではないという意味である(注2)。
 「市民」は、近代西欧の「Citizen」の翻訳語で福沢諭吉が「社会を担う主体的な個人」の成熟を念願し期待して翻訳した言葉である。シティズンは、近代イギリス市民革命の担い手で「所有権の観念」を闘いとり「契約自由の原則」を確立した「市民社会の主体」である。福沢は「一身の独立なくしては」と唱え、自由と平等の精神を持つ自立した人間が開国日本に育つことを希求したのであろう。「シティズン」が有している自由と平等の考え方を導入しなければと考えたに違いない。自己の才覚で利益も損失も判断していきいきと市(いち)で働く庶民こそが「シティズン」の訳語にふさわしいと考えたのであろう。「市民」(いちみん)と翻訳した。だが、福沢が期待をこめて翻訳した「市民」は使われなかった。

 明治政府は、皇帝が君臨していた後進国ドイツの国家理論を手本にして「帝国憲法」をつくり「教育勅語」によって忠君愛国の「臣民」を国民道徳として教えこんだ。臣民とは天皇の家来である。絶対服従の家来である。自立して社会を担う主体の観念はタブーであった。1945年の戦後も使われなかった。弾圧されていた社会主義の思想が甦り、「市民」は「所有者階級」と考えられた。使われた用語は「人民」であった。リンカーンのPeopleも「人民の、人民による、人民のための政府」と訳された。

 都市的生活様式が日本列島に全般化し地方分権たらざるを得ない1980年代に至って、ようやく、福沢が期待をこめて訳語した「市民」が使われるようになった。「普通の人々」によるまちづくりの実践が全国に広がったからである。しかしながら、国家統治の官庁理論の人々には「住民」と「市民」の違いが分からない。行政機構の内側に身を置いて官庁理論でやってきた公務員には、市民運動の人達は目先利害で行動する身勝手な人たちに見えるのであろう。そしてまた、公共課題の解決のために地域の人達と連帯して行動し、感動を共有した体験のない学者や評論家は「合理主義・個人思想・人権革命の歴史を持たない日本では市民などはいないのだ」などと言うのである。近代市民革命の時の市民は「有産の名望家」であった。しかしながら、現代の「市民」は公共性の感覚を持ち行動する普通の人々である。都市型社会が成熟して、普通の人々が市民である条件が整ったのである。
 

[住民]
 「住民」とは、村民、町民、市民、県民など、行政区割りに「住んでいる人」のことである。そして「住民」という言葉は、住民登録・住民台帳・住民税というように、行政の側から捉えた言葉である。行政が統治し支配する客体が「住民」である。住民は被治者で行政サービスの受益者である。「住民」という言葉には上下意識が染み付いている。その上下意識は住民の側にも根強く存続しているのである。長い間、行政法学は「行政」を優越的主体と理論構成した。そして「住民」は行政執行の客体で被治者であった。「住民」という言葉には「自治主体」の観念は希薄である。

「住民」と「市民」
「住民」を「市民」との対比で定義すれば、「住民」は自己利益・目先利害で行動し行政に依存する(陰で不満を言う)人で、行政サ―ビスの受益者とされる人である。「市民」は、公共性の感覚を体得し全体利益をも考えて行動することのできる人。政策の策定と実行で自治体職員と協働することもできる人である。
 しかしながら、「市民」も「住民」も理念の言葉である。理性がつくった概念である。実際には、常に目先利害だけで行動する「住民」はいない。完璧に理想的な「市民」も現実には存在しない。実在するのは「住民的度合いの強い人」と「市民的要素の多い人」の流動的混在である。人は学習し交流し実践することによって「住民」から「市民」へと自己を変容する。人は成長しあるいは頽廃するのである。都市型社会が成熟して、生活が平準化し政治参加が日常化して、福沢の「市民」は甦ったのである。 (「新自治体学入門」時事通信社 112頁)

「市民」の出現
心の原風景を共有する歴史的な建物を保存する運動する人達、障害者に優しいまちをつくる運動を進める人々が日本の各地に現れた。新聞やテレビは、公共感覚で行動する人達を「市民」という言葉で報道するようになった。運河保存の運動を続けた小樽の方々はまさに市民であった。普通の人々が情報と余暇を持つことができるようになったからである。かつては、特権階級だけが自由な時間・経済的なゆとり・情報と教養を独占していた。近代化が進展し工業化と民主化が一般化して都市型社会と言われる社会構造の変化が起きた。普通の一般大衆が余暇と教養と情報を享受することができるようになった。身分や特権を持たない普通の人々が「市民」になる条件が整ってきた。
古代の都市国家の市民も、中世の都市貴族も、近代市民革命のときの市民も、すべて、特権をもつあるいは財産をもつ一部の人達であった。古代都市国家には奴隷、中世には農奴、近代には下層労働者・農民が多数いた。多数の人々は社会を担う主役ではなかった。都市型社会が成熟して普通の人々が「住民」から「市民」に成熟する条件が整ってきた。地域文化の主体としての「市民」は、夢想の理想イメージではなく、現代社会に登場している。

 人間は体験しないことは分からない。行政機構の内側にいて官庁理論でやってきた管理職の公務員は市民運動の人達は自己利益で行動する身勝手な人達にみえる。学者や評論家もまちづくり運動で苦心する人達と連帯し共に感動した体験のない人は「市民」は合理主義・個人思想・人権革命の歴史をもたない日本には難しいと言う。
 未来を構想し現在に問題を見出し、解決方策を模索し行動を始めた人でなければ、問題意識をもって行動した体験がなければ、現在に未来の予兆を見ることは出来ない。「主体イメージ」はいつも漠然である。


講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」(第三回)  
(カテゴリー: 自治体学会の設立経緯
   講座・松下圭一「ロック『市民政府論』を読む」  
    第三回 (第六章・政治理論を現代へ)

(1節) 市民政治理論の構造転換         
 ロックの「市民社会」は、市民が(社会契約)で「社会」を形成し、基本権(固有券)を守るために「政府」をつくって権限を信託する『公共社会』である。 
1) その「市民社会」が、工業技術の発達進展によって「大衆社会」に変容する。さらに工業化・情報化が進展して「工業文明的生活様式」が (都市地域だけでなく農村・漁村・山村地域にも) 全般化して「都市型社会」に変容する。「都市型社会」は、農業人口が30%を切って成立、10%を切って成熟  
2) 大衆社会 
五千年来続いた農業社会(第一次産業社会)が、工業技術の発達によって、工業社会(第二次製造業)になり、情報技術の開発進展で情報産業社会(第三次産業)になる。これまで「個人」をつないでいた「共同体・身分」が崩壊し、社会を管理する官僚機
構が肥大して(大衆社会)となる。大衆社会(マス・ソサエテイ)の語は、マンハイムが造語して(現代社会の基本用語)になった。 
3) 大衆社会論争(1950年代)
大量生産・大量消費・大量情報の社会では「生活様式が平準化」し「生活意識も平準化」して、人々は賃金生活者になり官僚機構に管理され操作される対象(大衆)になる。つまり、体制外存在であった労働者階級は「生産の社会化・労働の商品化」によって(新
たに生じてきた新中間層を含めて)体制内存在としての「大衆」になる。

(2節) 19世紀ヨーロッパの思想状況
1) 「歴史」からの批判 
フランス革命の反動として展開された「反啓蒙の思想運動」が「ロックの(理性市民)は啓蒙哲学の理性である」と批判した。それは「後発型ドイツ」の国家理論(立憲君主制)であった。このドイツ理論を伊藤博文が日本に持ち帰り「天皇(官僚)統治の国家理論」として正統化して現在に至っている。
2)「階級」からの批判 
  市民社会内部に「階層分裂」→ ブルジョアジー対プロレタリアート
  ・ブルードン  ・ジョン・スチャート・ミル  
  ・カール・マルクス ― マルクスは「市民社会」主義者 
  何れもロック理論の枠内での論議であった
[論点]
マルクス理論の影響が (ドイツ・日本) (ロシア・中国)でなぜ強かったのか。 
・マルクスの予測 外れた  237頁
・マルクスは「革命」(窮乏化論―歴史の必然)
・ウエーバーは「官僚機構」

・「現代の問題」  (資本主義国も社会主義国も膨大な官僚機構を形成)  
   官僚機構が必要であるかぎり‥‥  238頁

(3節) 社会の平準化 政治の分節化   
1) 大衆社会(都市型社会)では、工業化―大量生産技術・大量伝達技術で、殆どの人々が賃金生活者になって官僚機構に管理操作される対象(大衆)になる。
2) 大衆社会では官僚機構がなければ生産から生活まで維持できない。 
都市型社会では「所得」だけでなく、「シビルミニマム」の公共整備が不可欠。 
シビルミニマムの整備とは「社会保障(福祉政策)・社会資本(都市政策)・社会保健(環境政策)」

[論点]
 なぜ「シビルミニマム」の公共整備が不可欠必要なのか
 都市型社会-前例なき公共課題が噴出する
 大気汚染 河川汚濁 温暖化 都市景観 緑地減少 都市砂漠  幸福追求権 生存権 現代的貧困
公共課題の三分類
政府三分化  
  国際社会で基準を約定して解決  世界政治機構     
  全国レベルでの解決       中央政府 
  地域ごとに解決         地方政府―自治体政府 
都市型社会の「新しい可能性」
・市民の成熟条件 (246頁)  教養と余暇の平準化 政治訓練の蓄積  
・分節政治理論 (247頁) 新たな可能性を追求するシクミ(自治・共和の制度)
・分節政治理論の課題 (250頁)    自治分権型政治体制の創出 241頁

(4節) ロック理論の今日的意義  251頁
1) 市民を(人間型)として定型化した=(提起して説明した)。
2) 社会(=市民)と政府を区別する二層論を提起した。
3) 政府理論を構成した
政府正統論―市民合意による政府の創出
政府機構論―政府は市民が基本権を守る権限を信託した機構(道具)
政府変動論―市民は政府が信託(契約)に反するときは交代させる(信託解除権の発動)  
[さっぽろ自由学校・遊」2016-8-3]