■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
市民は何のために学ぶのか
(カテゴリー: 公開討論会
  市民は何のために学ぶか

 古来より権力の座にある者は言葉で人々を騙す。
 市民が学ぶのは騙されないためである。
 考える力(思考力)を身に付けるために学ぶのである。
 思考の道具は「言葉」であるから「言葉」「用語」を明晰にして批判的思考力を高めるのである。
 
 現在の日本は七十年代に較べれば「考える力」が著しく衰弱している。
 状況追随思考が蔓延して批判的思考力が劣化している。
例えば、福島原発が水素爆発したとき、著名大学の学者が入れ替わり立代りテレビスタジオに現れて「何も心配ありません」と語った。枝野内閣官房長官は「今直ちに健康被害はありません」と述べた。
 だが二年半経った今も、プレハブ仮設住宅の入居率が9割にのぼっている。
 阪神大震災では同じ時期に6割である。
 仮設住宅で死亡し神経障害を起こしている人は増えている。
汚染地域の除染も終了時期をしめすことができない状態にあり、汚染水が海に流れ出し制御不能の事態になっている。
 しかるに、日本の首相はオリンピック招致のために「汚染水は湾内にロックしています、心配はありません」と言明した。新聞・テレビはそれを「問題あり」とは報道せず、オリンピック招致を喜ぶ人々の映像を増幅して報道した。それを眺める人々は「制御不能にある福島原発」を、他人事のように思っているのではあるまいか。

「楽しく幸せな生活」は他から与えられるものではない。
 自ら獲得しなければ得られない。
 古今東西、権力(利権)は人々を騙すのである。
 だが人々は「騙されたがっている」かのようでもある。
 現状に問題ありと思っても自分が正そうとはしない。
 一歩前に出て目立つことを怖れる。
 だがそれを「日本人の心性」で説明するのは正当でない。聖徳太子の「以和為貴」を持ち出すのは「知ったかぶり」の間違いである。
 
 すこし以前に、NHKテレビで宗教学者と博物学者が東北大震災の惨状を眺めながら現地で対談した。
日本人が「怒らない」のは「仏教的無常観」が心の根底にあるからだと語っていた。
「そうではない」と思った。
「津波」は「自然災害」であるが「原発災害」は「利権災害」である。
「利権災害への諦め」を「日本人の心性」で説明するのは間違いである。
「その諦め」は幾世代もの歳月で堆積した「負け犬根性」の「処世術」である。
「長いものには巻かれろ」「お上には逆らえない」「何事も目立たないように」の「世渡り術の無言」である。
それは「公共社会への参画意識」の劣弱さなのだ。

 2013年10月5日の「政治不信・議会不信の解消策を考える」の公開討論会で
 「市民は何のために学ぶのか」を基礎論点とする。
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