■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
 「百年インタビュー」と「世界」
(カテゴリー: メディア批評
   「百年インタビュー」と「世界」

 NHK・BS「百年インタビュー・原田正純(水俣学)」を視聴した。
 逝去を悼む再放送である。NHKは冒頭字幕で「水俣病研究の第一人者」と紹介して敬意を表した。(2012-6-20)
 温和な笑顔で語られる「水俣50年のお話」であった。若き日の原田さん、柔和に診察する原田さん、世界環境会議に患者と出席された原田さん、50年に亘る貴重な映像であった。世の中には「偉い人がいるのだ」と思った。
 原田さんは熊本大学医学部在職中は助教授のままであった。教授昇任を(阻んだ・推薦しなかった)当時の教授会メンバーは顧みて自らを恥じるべきだと思う。だが御用学者は常に存在して不善を為す。公害研究の宇井純氏は東大で21年間助手のままで退職後に沖縄大学教授に迎えられた。小出裕章氏も京都大学原子炉実験所の助教(助手)のままで定年を迎える。

  岩波「世界」は「戦後歴程」の連載を始めた。
 品川正治(元経済同友会専務理事)の手記の新連載である。
 7月号の第一回「激戦からの生還」を読んだ。衝撃のような感銘で暫くは黙然としていた。

 冒頭の「連載にあたって」に、「私は二年前、『反戦への道』(新日本出版社)と題した手記を出版しました。しかし、60年余を過ごした経済人の生涯を記述する手前で終わっています。老化のすでに始まった現在、どこまで続けられるかと危ぶみながら、連載の形で、経済社会に身を置いた私の見出したこの国の全体像を、ありのまま綴ってみたいと、筆をとりました。」と書かれている。
 品川さんは88歳である。

 早速『反戦への道』を買い求めて一気に読了した。
 「ホントかなぁ」と思うほどに「人生のドラマ」が、格調があって読みやすい文体で綴られている。真摯な品川さんのお人柄を感じる文章である。多くの人に読んで貰いたいと思う。ここにも偉い人がいる。

 同じ「世界7月号」に「橋下維新ー自治なき<改革>の内実」が特集されている。
 流石は「世界」の編集である。執筆者六人がそれぞれ「橋下」を分析している。読み応えがある。とりわけ、想田和弘氏(映画作家)の分析に共感した。
 世のなかには「困ったヒト・コト」があるものだと思う。

岩波「世界」は良い。本社直接の定期購読を薦めたい。書店に並ぶ前に自宅に送達される。明後6月25日、札幌駅北口前「エルプラザ」で月例「世界・論文読書会」を開催する。
スポンサーサイト
自治体学の基礎概念
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
 
 自治体学の基礎概念

 2012年6月16日、北海道大学・法学6番講義室で「自治体学講座―土曜講座の新展開」を開催した。
 現在の大学教育が「国家が統治主体である」との「国家学」であるために、「自治体学」と「市民自治」の概念認識が参加者に些か困難であった。
 例えば、「自治体」を「行政機構(役所)」のことであると考え、「市民自治」を(政府とは別)の「市民の自主的な営み」の如く想定し、「市民」が「公共の主体である」の認識が困難であった。そこで「自治体学」と「市民自治」の意味を説明する。

 自治体学の概念
 自治体学は明治以来の国家学を批判し克服する学である。
 国家学は「国家」を統治主体と擬制する。
 自治体学は「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置し「市民」を自治主体と考える。
 国家学の「国家の観念」は曖昧であり両義である。「国家三要素説」は性質の異なる(団体概念)と(機構概念)をないまぜにした説明である。
 自治体学は「国家」を「市民と政府」に分解し「市民と政府の理論」を構成する。すなわち、「市民」が「政府」を選出し制御し交代させるのである。
「市民と政府の理論」「政府制御の理論」「政府交代の理論」が民主主義の政治理論でなくてはならない。国家学は「統治の理論」である。
 国民は国家に統治される客体ではない。市民が自治主体である。「国民」の言葉には「国家観念」が染み付いているのでなるべく使わないのが良い。
 憲法学者は「統治機構」なる用語を何ら顧慮することなく慣用する。しかし「統治」は「統治者と被治者」を前提にした観念である。大学で教え・国家試験に出題される憲法学の理論では、国民は国家に統治される客体である。自治体学は「統治機構」でなく「自治機構」の言葉で説明する。
 自治体学は市民自治の自治体理論である。即ち「市民と政府の理論」「政策形成理論」「自治制度理論」を包含する学の体系である。

 市民自治の意味
 「市民自治」とは、「市民」が公共社会の主体であり、公共社会を管理するために政府をつくるという意味である。
 「市民自治」は規範概念であるから「市民自治」を理解し納得するには、「国家統治」に対する「自身の所見」が明瞭でなければならない。例えば「自治とは自己統治のことである」と説明されているが、この説明は「自治」が規範概念であることの意味を理解していないのである。「自治」の規範意味が分かっていないのである。「統治」とは「統治支配する主体」と「統治支配される被治者」を前提にした観念であるのだ。
 大学教育の「国家統治の観念」の残存と「市民自治の実践論理」の不十分のため、代表民主制度の形骸化が生じている。制度は「民主制度」であるのだが、運営が「国家統治」であるからだ。そこで、着想されたのが「自治基本条例の制定」である。
 
 理論には「説明理論」と「実践理論」の二つがある。
 「説明理論」は、事象を事後的に客観的・実証的・分析的に考察して説明する。
 「実践理論」は、未来を予測構想し現在に課題を設定して解決方策を考え出す。
 実践理論は歴史の一回性である実践を言語叙述によって普遍認識に至らしめる理論である。
 「何が課題で何が解決策か」を見究めるのが「経験的直観の言語化」である。
 「経験的直観の言語化」は困難を覚悟して一歩前に出た実践によって可能となる。
 人は経験しないことは分らないのである。大勢順応の説明理論では経験的直観の言語化はできない。