■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
居住福祉学と自治体学
(カテゴリー: 自治体学講座
  自治体学講座―北海道土曜講座の新展開

居住福祉法学と自治体学―市民の自治力を高める新たな学 
    と き 2012年6月16日(土) 13時~16時半
    ところ 北海道大学・法学部6番講義室
    主 催 自治体政策研究所・居住福祉法研究会
         民法理論研究会 自治体学研究会 

Ⅰ提 起
 居住福祉法学(居住福祉学)     吉田邦彦(北大教授)
 ・居住分野における公共的支援の欠落は、先進諸国の中でわが国は突出している。
  具体的には、ホームレス問題、災害復興問題、原発など嫌忌施設問題、居住差別問題、中山間地問題、地方都市の空洞化、老朽化マンションの建替え問題など。
 ・「居住」は、単なる住居という入れ物だけの問題ではなく、生業・医療介護・教育・交通・消費生活・保養などトータルに捉える必要がある。

 自治体学              森  啓(自治体政策研究所)
 当日は次のようなことが話し合われる。
 1自治体学とはどのような学であるか
  国家学と自治体学の違い

 2理論には二つある。
  (1)「説明理論」と「実践理論」
  (2)「知っている」と「分っている」の違い

 3「国家学の地方自治論」と「自治体学の市民自治論」の講義の違い

 4代表民主制の形骸化
  (1) 政治不信―「橋下維新の会」のメディア報道は危うい
  (2) 議会不信―議会不要論の声すらある-議会を市民の手に取り戻す方策
  (3) 行政不信―管理職はどちらを向いているのか-行政不信の打開方策

 5 自治体学会の現状と課題

 Ⅱ討 論
  司 会 山内亮史(旭川大学)
  討 論 片山健也(ニセコ町長) 佐藤英行(岩内町議員) 市民
       西山泰正(北海道銀行) 利根川徳(労働者協同組合)
       吉田邦彦(北大教授)  森 啓(自治体政策研究所)
       居住福祉学会員 自治体学会員 協同組合関係者 自治体関係者
  聴講自由(無料)
      連絡・自治体政策研究所(090-5071-1274)
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居住福祉学と自治体学
(カテゴリー: 自治体学理論

 かつて、東京帝国大学は「国家官僚の養成大学」であった。現在も旧帝国大学系の法学部は「国家に統治権あり」の「国家学の講義」である。この自治体学講座は「国家統治の国家学」に対して「市民自治の自治体学」を提起して民主主義の政治理論を明確にするものである。
 そのため「地方自治論」と「自治体学」の講義を対比する。

北海道土曜講座の新展開-自治体学講座
 居住福祉法学と自治体学-市民の自治力を高める新たな学
          
           と き 2012年6月16日(土) 13時~16時半
           ところ 北海道大学法学部6番講義室
           主 催 自治体政策研究所・居住福祉法研究会

 Ⅰ提 起

 居住福祉法学(居住福祉学)     吉田邦彦(北大教授)
 ・居住分野における公共的支援は、先進諸国の中でわが国が突出して欠落している。具体的には、ホームレス問題、災害復興問題、居住差別問題、中山間地問題、老朽化、マンションの建替え問題である。
 ・本講座では「居住」を、単なる「住居」の問題でなく、生業・医療介護・教育・交通・消費生活・保養などの問題としてトータルに考察する。

 自治体学               森  啓(自治体政策研究所)
 大学法学部の講義は法規解釈と制度説明が主要な内容である。「地方自治論」の講義も「国家法の制度説明」が主要内容である。自治体立法論、自治体政策論の問題意識は希薄である。
 進んだ大学では「自治体法」の教科を新設するが、国家法の解釈講義であって「自治体法」の講義ではない。自治体法の概念認識が曖昧だからである。
 
本講座は「地方自治論」と「自治体学」の講義を対比する。
用語には全て経歴があり、言葉には「イメージ」と「意味」がある。

  ・講義の用語は「地方公共団体」か「自治体」か。
  ・地方自治法は自治体の上位法か
  ・自治基本条例の最高規範性の根拠は何か
  ・「条例の限界」「国法の限界」とはどのようなことか
  ・自治体立法権、自治体行政権をどのように説明しているか
  ・「国家統治」と「市民自治」の違いは何か
  ・国家法人理論と政府信託理論の違いは何か

 Ⅱ討 論
 自治体学会員 居住福祉学会員 市民 研究者 自治体関係者

 
ガレキ受け入れの是非
(カテゴリー: 原発災害
    ガレキ受け入れの是非
  -ガレキではなく人の受け入れを-

 安全の根拠を示せ
 北海道の高橋はるみ知事は「国が安全と言ったから信用して受け入れる」と「震災がれきの受け入れ」を表明した。これまで政府と官僚が言ってきたことは「信用できないの連続」であった。「信用できる」と言うのなら「信用できる根拠」を示すべきだ。
 例えば、藤村官房長官は大飯原発を再稼動しようとしたとき「専門家の意見に基づいて判断した」と言った。ところが、その専門家の名前は発表しない。“御用学者”が数多いことは公知の事実である。なぜ、高橋知事は「政府が安全と言ったからそれを信用する」と言えるのか。
 北海道は酪農と農産物の大地である。知事が先頭に立って汚染物質を北海道に招き入れることをやろうとするのは不届き至極である。
「助け合うべきだ」と情緒的に言うけれども、がれき以外にも被災地を助けるやり方は幾らでもある。例えば、海で働きたい水産業の方々には安全な海で働けるよう全国各地で協力することだ。汚染地域の方々は子供の将来を心配しているのだ。子供とその家族の受け入れに協力すべきである。

 莫大な復興資金に群がるゼネコン
 岩手と宮城のがれきは安全だと言う。だが福島と地続きである。汚染の濃度は福島が高いかもしれないが、風向きよっては福島より濃い地域もあるかもしれない。現実に千葉や茨城では農産物や水産物が出荷できない事態になっている。全国に放射性物質を撒き散らしてはならない。福島のがれきは福島で処理をすると言うのだから、宮城も岩手も費用は国費で負担して処理施設を新設し拡充して処理すべきである。
 莫大な復興資金、がれきの処理費、莫大な除染費に、ゼネコンと関連業者がハイエナの如く群がっている。ガレキ運搬費は莫大金額である。莫大費用の搬送契約をすでに約束しているのではあるまいか。他方では地元産業の自立資金は「タテワリのスロー行政」で届かない。莫大資金は本当に必要なところに届かない。これが現実である。

 2011年12月20日のNHK「百年インタビュー」で、経済評論家の内橋克人さんが「危機便乗型資本主義」が始まっていると指摘した。即ち、戦争や災害などの惨状に便乗して莫大利益を目論む資本主義(経済活動の自由主義)を警告された。莫大な災害復興資金の国会決議は衆議院選挙のためではなかったか。

 除染は無意味な無駄
 セシウムは消えないのだ。表土を削っても置き場がない。水で流せば川を汚染し滞留して高濃度の汚染になっている。海に流れて水産業を壊滅させる。
 原発は自然界に存在しなかった放射性物質をまき散らしたのだ。原発に絶対安全は無い。事故になれば手に負えないのだ。セシウムは消えないのだから莫大な金を除染に使うのは止めることだ。「一日も早く帰れるように」と国は言う。ごまかしである。帰れない地域を見極めて、人々の生活が成り立つよう「住まい」と「働く場」の提供に全国民が協力すべきである。
  「がれき」と「除染」の論議は「原発再稼動」から国民の目をそらすためである。




  FaceBook の友達 友利長栄さんから次のコメントを頂いた。

 ブログは読ませて頂きました。全面的に賛同いたします。「ガレキ処理」には大きな利権が絡んでおります。どうして、北海道から沖縄の知事さんまでが、ガレキ受け入れを考えるのだろうか?東京以南にガレキ処分するなら、処分費用が莫大な金額になる事は小学生にも理解できる。敢えて受け入れ検討を実施したり、受け入れを承諾したりしているのは、どんな理由からでしょうか。