■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
再びの「安全神話」-寺島実郎氏の独演スピーチ
(カテゴリー: 原発災害
   寺島実郎氏、再びの「安全神話」 

 昨夜(2012-3-29)の「報道ステーション」(テレビ朝日)は、寺島実郎氏の「原発安全の独演スピーチ」に、かなりの時間を提供して全国に放映した。語る寺島氏の表情をクローズアップした映像は異常であった。

 寺島氏は、「脱原発」などを言うのは、物事を考えない人の観念論です。日本の日立や東芝の原子力利用の技術は世界最高です。アメリカはスリーマイル島の事故で懲りて、30年も新たな原発を作らなかったから、その間に日本が追い抜いて原発技術で世界最高になったのです。この「日本の技術力の立ち位置」をしっかり考えなくてはなりません、と独演スピーチを行った。再びの「原発安全」の神話である。
 
 2011年6月9日、作家の村上春樹氏が「カタルーニャ国際賞(スペイン)」の受賞スピーチで「原発批判」を、自身の反省をこめて「東京電力と日本政府」を批判し、広告費で買収された「メディア」と、黙認してきた「国民」も、加害者であると述べた。
 そのとき、古館キャスターが「今のスピーチを聞いてどう思いますか」と寺島実郎氏に訊いた。「日本は3万5千人の電子工学卒の技術者を抱えているのです。平和利用の技術で世界に貢献するべきです」と述べた。
古館キャスターは「お言葉を返すようですが、福島で多くの人が現に苦しんでいます。原発安全を言っていたその技術が破綻したのではないですか」と返した。

 テレビ朝日は何故に、寺島氏に「原発安全の独演スピーチ」を再びさせたのであろうか。おそらく、電気事業連合会や経済界などから「原発54基がストップする」「再稼働させなくてはならぬ」の圧力がかかったのであろう。古館キャスターは今回はノーコメントであった。
 
 本日(2012-3-30)の新聞は「福島の米が出荷できない」「宮城の魚が出荷できない」と報じている。大熊町の全域「帰還困難」、双葉町の「避難区域の再編拒否」を報じている。連日報道される日本列島の悲惨を寺島氏はどう考えているのであろうか。生活のために被爆しながら働いている現場作業員の悲惨を考えないのであろうか。多くの人が苦しんでいるのである 
 
 寺島実郎氏の評価する日本の技術者は「安全神話を合唱した」人達である。「万一の事故」を考えず「マニュアル」も作らず、水素爆発に至らしめて放射物質をまき散らした元凶である。現在只今も「熔融落下したウラン燃料」を解決できず、大気・地中・海中への放出を止めることのできない技術者である。人の悲惨不幸を思いやる心の欠けた技術者・御用学者である。この人達を「世界最高」と言うのは何故であるか。原発は機械であるから事故が無いと言えない。事故になれば今日の如き事態になるのである。日本列島は地震帯の上に乗っているのである。

  巨大企業のシンクタンクの所長である寺島氏の「安全神話」と「役どころ」に疑問を持たざるを得ない。 

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「市民行政」の可能性
(カテゴリー: 自治体学理論
 北海学園大学・第72回・現代政治研究会 

 と き :2012年4月7日(土)14.30-17.00
 ところ :第1会議室(北海学園大学4号館10階)
 テーマ :「市民行政」の可能性
 報告者 :森 啓
 連絡先 北海学園大学法学部山本研究室 
011-841-1161-(内線2390)


1 市民行政の概念 
 市民行政とは、市民が行政庁舎内で「行政事務」に携わることである。
 既成の行政法学は「行政事務は公務である」「公務は公務員身分を有する者が行う」と考える。そのため「市民行政の概念」が理解できない。
 これに対し自治体学は次のように考える。
 これからは、「公務員の行政職員」と、首長が任期内で委嘱する「市民の行政職員」の二種類の行政職員が存在する、と考える。
「市民行政」は「行政不信」の現状打開をめざす実践概念である。(実践概念の意味は「新自治体学入門(時事通信社)」の第三章に述べた)

 市民行政を理解するには「行政概念の再定義」が必要である。
国家学は「行政とは法の執行である」と定義する。自治体学は「行政を政策の実行」と考える。政策とは「課題と方策」であるから、「政策の実行」とは「公共課題を解決し実現する」ことである。行政とは「まちづくりの実践」であるのだ。
 現代社会の公共課題は公務員だけでは解決できない。「行政職員と市民」の「信頼関係を基にした協働」なくしては解決実現できない。優れたまちづくりの実践例がそれを実証している。「市民行政」が不可欠必要な時代になっているのである。
 国家学は「行政は公務であり、行政執行は公務員が行う」の観念から脱出できないから「市民行政の意味」を理解することができない。
 「市民行政」は、市民が庁舎内で公務員職員と机を並べ行政事務を担うことである。その「行政事務」は、臨時職員やアルバイトが担っている補助業務ではない。政策の立案・決定・実行・評価の事務である。

2 市民行政の着想 
 市民行政の観念は、2008年7月の「夕張再生の自治体学」の公開政策研究会の論議のなかで生まれた。2007年3月、夕張市は財政債権団体に指定され総務省の管理下に置かれた。
 総務省の考える「夕張再生」は、353億円の債務額を18年間で返済することであった。それは「債務償還計画」であって「夕張再生計画」ではない。
 しかも、債務総額の353億円は、北海道庁が「みずほ銀行」などの債権者に全額立替をして確定した債務額である。経済社会の通常では、返済不能となった「不良債権の処理」は、債権者会議の場で「何割かの債権放棄と返済保証」の協議がなされるのである。「北海道庁の役回り」はその「権者会議の場を設ける」ことではなかったか。 北海道庁は夕張市民の生活よりも金融機関の債権保護を重視したのである。
「18年で353憶円を返済」の財政再建計画は実質的には総務省と道庁が策定したものである。藤倉市長は「夕張の体力では10年間で100億円の返済が限界」と懸念を表明していた。「夕張の再生」には「夕張市民の生活が」が基本になくてはならない。
 夕張再生室長に総務省の派遣職員が就任した。全国からの1億円を超える寄付金 (黄色いハンカチ基金)の使途も総務省派遣職員が掌握した。

 夕張再生には「市民と行政の協働」が不可欠である。だが市民には、長年の経緯による「議会不信」と「市役所不信」がある。「市役所不信」を打開しなければ夕張再生はできない。「市役所不信」を打開するには、市民が行政の内側に入って「行政事務」を担うことである。

3 市民行政の現状 
 市民行政は既に様々な形態で行われている。
① 庁舎受付、庁舎清掃、庁舎警備
 これらは、公務員身分を有する者の業務であった。だが今では、どこでも外部委託になっている。
② 行政広報、総合計画、行政調査、
 表向きは公務員職員の業務であるけれども、実態は外部委託が多い。
③ 職員研修
 現在は「職員研修の企画・実施」までもが外部に託されている。一昔前ならば考えられないことである。尤も、「内向き公務員」が企画する研修よりも、「公共感覚のある市民」が企画する研修の方が民主行政になるであろう。
④ 公共施設の管理運営
 小泉構造改革の「官から民へ」の流れで「指定管理者制度」が流行になった。だが目的が「経費節減」であるから「様々深刻な問題」が生じている。改革名目で「公共性を無視・軽視」する事態になっている。問題は、何処(いずこ)に委託するか、如何に市民自治的運営にするかである。
⑤ ニセコ町立図書館―“あそぶっく”
 北海道ニセコ町は2008年から図書館運営を町民が担っている。
 役場の前に道路を挟んでニセコ郵便局があった。2 008年、その郵便局が別の場所に移転するので建物を譲り受けて町立図書館にした。そのとき町民から「運営一切をやりたい」の要望があり全面委託にした。以来5年間、何の問題も起きていない。役場職員が運営するよりも好評である。
 2011年11月18日の「市民行政を考える」公開政策研究会で、片山ニセコ町長は、「あのとき役場職員を一名も入れなかったのが成功の要因であった」「そのとき一人でも入っていたら、これは教育長の意見を聴かなくてはいけない」「この本を買うのは役場の許可を得なくてはならない」「こういうイベントは前例がない」などが始まったと思います。現在は「子どもの遊び場」になり「高齢の皆さんのたまり場」にもなって、実に自由な図書館運営になっております。なんでも役場がやる時代は終わっていると思います、と語った (北海学園大学開発研究所2011年度研究記録集61頁) 。

4 市民行政の論点
①秘密保持
 職務上知りえた秘密の保持は、「市民職員」であろうと「公務員職員」であろうと同じである。地方公務員法に基づかなくては「秘密保持が保たれない」と考えるのは無益思考である。そもそも、「守秘義務」とは何か。「○秘のハンコ」「部外秘の朱書」の実態を検証すべきである。その内容の多くは、「無難に大過なく」の管理職の保身である。
 条例で「秘密保持の宣誓」を定めればよいのである。
 
②行政責任 
 「故意または重大な過失」によって生じた損害の「求償責任」は「公務員職員」も「市民職員」も同様である。 問題は「行政責任とは何か」である。
 行政責任とは「為すべきことをしない責任」である。「不作為」が「行政責任」である。行政とは「積極的能動的に政策課題を解決実現する」ことであるのだ。保身のために「何事も無難に大過無く」で「為すべきことを為さない不作為」が行政責任であるのだ。「市民行政」は「無難に大過なく」の「行政体質」を打開するためである。

③委嘱任用の手続き
 行政職員は首長の私兵ではない。首長も職員も共に市民に信託されているのである。
 橋下(大阪維新の会)は「代表民主制の基本原則」を理解しない考え方である。行政職員は首長に雇用されてるのではない。
 そこで、市民職員の委嘱が首長の恣意にならないための「市民自治的手続」を条例で定める。

④公務とは何か
 公務とは「公共事務」であって「統治事務」ではない。行政事務も「統治事務」ではない。「自治事務」である。公務員(身分)でなければ行政事務は担えないと考えるのは国家学の統治理論である。「市民行政」「市民職員」は「市民自治の自治体学理論」である。

  *参考文献  
(1)森 啓『新・自治体学入門』(時事通信社、2008.3)
(2)森 啓「市民政治の可能性」『開発論集』88号(2011-8)所収)


 この研究会討論を基に下記の内容で「続・自治体学入門ー自治体学の実践論理」を刊行する予定である。

  自治体学の実践論理-続・自治体学入門

 第一章 市民自治
1 定義―市民自治
2 政府三分化説 政府信託理論
3 自治基本条例
4 栗山町議会基本条例の根本的欠陥

 第二章 市民行政
1 市民行政の概念-市民政治、市民自治、市民行政
2 市民行政の着想―行政不信を打開するため
3 市民行政の現状―様々な形態で既に行われている。
4 市民行政の論点―秘密保持 行政責任 委嘱任用の手続き
5 公務とは何か

 第三章 代表民主制
1 代表民主制の形骸化-実際例で検証 
2 政治不信 ヒーロー待望の危うさ 橋下維新の会検証
3 議会不信 議会不要論の声 議会改革の論点 議会基本条例
4 行政不信 行政不信の打開―市民行政の提起
5 直接民主制と間接民主制

 第四章 実践論理
1 説明理論と実践理論
2「知っている」と「分っている」
3 歴史の一回性である実践 実践の言語表現―経験的直観の意味
4 具体実例で検証

 第五章 自治体学会  
1 自治体学会の設立経緯 
2 自治体学会の運営
① 全国自治体学会
② 北海道自治体学会
3 北海道土曜講座の16年
4 自治体学会の存在意味


「議会不信」と「議員の言動」
(カテゴリー: 自治体議会
  「議会不信」と「議員の言動」

 本日は東北大災害一周年の3月11日である。

 1 地方議会は「不信の代名詞」
 世の中で一番「信用できない」のは「地方議会」であると言われ ている。
 そのため、議会不要論の声すらもある。
 議員は当選すると、所謂『議員』に化身する。
 即ち、白紙委任されたかの如く「身勝手な言動」になる。
 「市民の面前」と「議会内の言動」は異なる。
 すなわち、『議員』は「二足の草鞋思考」になる。
 それが「議会不信の原因」である。

 2 北海道自治体学会のML
 2012年3月7日、北海道自治体学会のMLに「代表民主制と議会不信」を考える情報として、下記の「MLメール」を転送した。

 > 泊1・2号機廃炉の紹介議員を道議会議員の小林郁子議員に お願いしていました。
 >「私は忙しいから、原発の事にかかわっていられません」と断っ て来たそうです。
 > 全道の市民45団体の申し入れです。
 > 石狩の友人たちが驚いて知らせてきました。
 > 原発の事に係わっていられない道議会議員の仕事とは他に何があるのでしょうか?

 3 なぜ、実名のままで転送したか。
  北海道議会議員は特権を有する公的立場である。
  その言動には公共責任が伴う。
  もとより、議員の「私的言動」は保護され尊重されなければならない。
 しかしながら、今回の小林道議の「請願紹介に係る言動」は「私的言動」ではない。市民の「請願紹介」の依頼 を「忙しいから」と断わり、断わられた市民団体の人々は「呆気にとられ、ビックリし、怒っている」のである。であるから、公共的批判が為されるは致し方なき仕儀である。
 匿名にすべきではないと考えた。

 4 当事者から「情景と経緯」聴いた
  筆者は、3月11日に、札幌市内の映画館・シアターキノの「原発映画祭」で偶然、小林道議に「請願紹介を断られた」当事者の石狩の方と出会った。
 映画の後、断わられたときの「情景と経緯」を詳しく聴いた。
 断わられた市民が「呆気にとられ、ビックリし、怒っている」のは真実である。
 小林道議は「事実にないことを書かれて、私も驚いており、議員としての活動に支障も出ますので困っています」と、MLに書いている。
 しかしながら、メールの内容は真実である。

  5 筆者も同じような体験をした
   沖縄の市民団体から、本州(ヤマト)の議会で「普天間基地返還・沖縄米軍基地撤去」を論議して貰いたいとの要請があって、市民の方と一緒に小林道議に請願紹介を依頼した。
 (道議会は「陳情」と「請願」で取り扱いに大きな違いがある) 
  そのとき、理由も言わずに断わられた。小林道議に失望した。

   2011年7月、道立市民活動支援センター(道庁別館西棟)が、突然「縮小移転」と通告された。利用団体、市民グループは困惑した。


 同センターの所在が中央区であったので、中央区選出の小林道議に「担当部長との面談」の斡旋を依頼した。
 そのとき、曖昧な言い方に終始して「協力します」とは言わない。
 そして何もしなかった。その不誠実さに大いに失望した。

  福島原発の水素爆発で、泊原発プルサーマル3号機への不 安が高まった。泊周辺市町村の女性がバスに分乗して知事との面談を求めて道庁に集結した。そのときも小林道議は姿を見せなかった。

  泊原発の危険・不安が高まり札幌市内の各所で「討論集会や街頭デモ」が何度も開催された。だが、そこに小林道議の姿はない。
 筆者が所属するNPO団体が主催した「原発問題と自治体議員」の討論集会に、小林道議の自宅に「ハガキ」で出席を要請したが姿を見せなかった。

 6 「事実でないことを書かれた」
 小林道議は「自治体学会のML」に「私は、原発は道政上重要な課題だと思っていますので、道議になってから議会で何回か取り上げています」と書いて「転送メール」は「事実でないことを書いている」と批判した。
 しかしながら、「転送メールの事実」は、
①「忙しいからと断わった」
②「その断わり方に市民がビックリして怒った」である。
「道議会で質疑をやっていない」ではない。

 7 答弁調整の北海道議会
  ところで、その議会での質疑であるが、北海道議会は、全国にも有名な「答弁調整の議会」である。すなわち、「質問と答弁」を事前に「文章ですり合わせる」のである。
 高橋はるみ知事は「泊3号機のプルサーマル」の「運転を承認したい」知事である。殆どの人々そのように見ているのだ。その知事との「質問・答弁」を擦り合わせての「質疑」である。
 すなわち、エネルギー政策の「抽象的な質問」と「原則的な言い回し答弁」である。その質疑に如何ほどの意味があるというのか。
 知事も小林道議も「心底から原発の危険」を考えていないのである。 
 小林道議がこれまでに「答弁調整の議会慣行」や「会派拘束で議員の自由な評決権を妨げている」ことを、少しでも改めようとしたことがあったのか。
 何もしていないと断じたい。

 8 小林道議のあり様
  市民派を標榜しながら市民と連携せず信頼されない。
 いちばん良くないのは「市民派を名乗りながら、市民の信頼を裏切る議員」である。小林道議はその典型的な議員であると思う。
  であるから、実名のまま「メールを転送した」のである。