■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
自治体政策研究所と自治体学
(カテゴリー: 自治体学理論
自治体政策研究所と自治体学

 夕張再生の自治体学
1夕張再生市民室
 353億円を18年間で返済する再建計画は実質的には北海道庁と総務省が作成したものである。そして総務省からやってきた職員が、夕張再生室長となって1億円を超える全国からの寄付金「黄色いハンカチ基金」を管理し、何にどう使うかの審査も再生室長が掌握している。
 再生室の(つまり総務省の)考え方は、353億円を計画通りに返済することが「夕張再生」である。しかしながら、夕張再生は夕張市民の生活が成り立つことが基本になくてはなるまい。返済計画は「夕張再生計画」ではあるまい。そして市民生活が成り立つには10年間で100億円の返済が限度である。夕張の借財は内需拡大を煽って夕張市を優等生であると表彰した国の責任でもあるのだ。また、返済不可能を知っていながら起債を認めて国に取り次いだ道庁にも責任がある。
 現在の夕張再生室は「債務償還管理室」であるのだから、名称を「夕張市債務償還管理室」に改めて、全国からの寄付金の管理は「夕張再生市民室」を新設してそこが所管すべきであろう。
 夕張再生には市民と行政との協働が不可欠である。しかるに現状は、「市民と市議会」、「市民と市役所職員」との間には、長年の経緯による深い溝がある。だが、信頼を基にした協働がなければ夕張再生は不可能である。信頼に基づく連帯関係を創り出さなくてはならない。如何にして連帯を創り出すか。これが自治体学の理論問題である。

2 市民行政
 市民行政とは市民が市役所職員と一緒に夕張再生の仕事をすることである。行政法学には「市民行政」の観念は存在しない。この言葉に行政法学者は違和感をもつであろう。行政は行政職員(公務員)が行なうものだの観念から脱することができないからである。統治の学としての行政法学理論だからである。
 そこで、国家統治学から自治体学に理論転換をして「行政概念」を再構成するべきである。人間存在の意味は「言葉で論理」を組み立てて「解決方策を構想」することにある。未曾有の困難な事態に立ち至っている夕張である。市民自治の自治体学理論で夕張の事態を理論解明しなくてはなるまい。 
 「行政概念を転換する」とは、次のようなことである。
 国家統治学は「行政とは法の執行である」と思っている。自治体学は「行政は政策の実行である」と考える。
 政策は課題と方策であるから、政策の実行とは課題を解決することである。夕張再生という困難課題を解決するには「市民と行政職員の協働」が不可欠である。国家学の行政法理論に縛られてはならない。
 「市民行政」とは市民が行政を行うことである。これまで、参加・参画・協働という言葉が言われた。内容はどれも同じである。市民行政を市民参加と考えればよいのである。そして、市民参加とは市民が政策立案、政策決定、政策執行、政策評価の各過程に実質的に関わることである。それが市民参加の意味である。
 国家学の行政法学理論では「そんなことありえない!」と思ってしまうであろう。
だが、人間の生きている意味は「理想を目指して現実をどう変えていくか」である。理論の意味は「そのために論理を如何に構築するか」である。
 政策の立案と執行に市民が参加する。これが最近、流行っている「市民と行政の協働」である。協働とは自己革新した主体の協力関係を意味する言葉である。主体双方が従来のあり方と考え方を改めることが基本前提である。
 夕張市役所に再生市民室を新設する。
 市民が市役所職員と協働して市民生活優先の夕張再生に取り組む。

3 市民議会
 もう一つの自治体学の提案は、「市民議会」の創出である。
 「市民議会」とは市民の手に議会を取り戻すことである。
 現在の夕張には「市民と市議会」の間に深い溝が横たわっている。市民と議会の意志疎通は不信の壁で閉ざされている。
 福島県矢祭町では議員提案で議員報酬を日当制に改めた。町財政の危機を乗り越えるためである。それは矢祭町の議員が「わが町への愛情」を抱いているからである。 財政破綻した夕張市の議員は矢祭町議員の行動をどのように見ているのか。
 議会を「平日夕刻と休日」に開催して普通の市民が議員活動をできるように改める。それが市議会を市民の手に取り戻すことになる。
 だが、それを決めるのは現在の議員である。素知らぬ顔で財政破綻の前と同じに議員特権にあぐらをかいている。それが夕張市の議員である。
 夕張市議会にこそ再生計画が必要である。

  自治体政策研究所の活動は、下記のHPに、時事刻々が掲載されている。
    http://jichitai-seisaku.com/index.html
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自治体政策研究所とは
(カテゴリー: 政策提言
 自治体政策研究所とは

NPO法人自治体政策研究所は、北海道庁職員が1995年1月に「政策型思考研究会」を結成し「自治体学理論」の研究を行ない「論集・政策型思考と政治」を刊行して、2007年10月に「政策型思考研究会」を発展的に改組して「NPO法人自治体政策研究所」を設立した。

 最近の研究課題は「夕張再生の自治体学」である。
 夕張市は再建計画の想定を上回るペースで市外への人口流失が進行している。
 2006年6月で13,165人、2007年4月で12,552人、2008年4月で11,998人である。
 再建計画は実質的には国と道庁が策定したものであり、その内容は「債務償還計画」であって「再生計画」ではない。
 債務総額の353億円は、道庁がみずほ銀行などの債権者に全額立替をして確定した債務額である。
 社会の通常では、返済不能となった「不良債権」の処理は、債権者会議の場で「何割かの債権放棄と返済保証」の協議がなされる。その協議を纏めるのが「道庁の役回り」ではあるまいか。しかるに道庁は、全額を債権者に立替えて夕張市の債務額を確定したのである。道庁はみずほ銀行などの債権者の側に立って債権を100%守ったのである。そう考えざるを得ないではないか。そしてまた、夕張再建計画の策定も夕張市民の生活よりも総務省の指示どおりに行動しているではないか。市町村の側に立つ道庁とは思えない言動である。
 国の内需拡大政策に従い起債承認を続けた道庁に債務額の一端を負う責任があるのではあるまいか。これらは論義をするべき課題であろう。 
 自治体政策研究所は、夕張再生への現地調査を重ね、地元の「再生市民会議」とも意見交換を行い夕張再生への提案を行ってきた。さらに、市民、研究者、企業経営者、弁護士の方々と、夕張再生の道筋を探る「政策提言公開討論の場」を設けている。
 それらの詳細は、下記のHPに時事刻々を掲載している。

    http://jichitai-seisaku.com/index.html


  夕張再生・公開討論会

  日時 2009年7月9日(木)13時~16時
  主催 北海学園大学開発研究所(道州制に係る研究会)
       NPO法人自治体政策研究所     
 
 開会挨拶   高原一隆     北海学園大学開発研究所所長 

 講 演  「まちづくりと議員の責務」
            根 本 良 一  福島県矢祭町前町長

 討 論  「議員の役割と市民の責務」        
       司  会  森  啓  (NPO自治体政策研究所)
       パネラー  根本良一 (矢祭町前町長)    
               北 良治  (奈井江町長)   
               笹村 一  (リンカーンフォーラム北海道)
               三島京子  (夕張市民)    
               湊谷宣夫  (NPO自治体政策研究所)

 
文化の見えるまちづくりフォーラム・その2
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
第11回「文化の見えるまちづくり」全国フォーラム(その2) 

2009年8月27日~28日大阪池田市で開催する。
プログラムは http://bunkaforum.net/ 

 文化は財政に余裕のあるときか
 文化は財政に余裕のあるときのことだ、右肩上がりの経済の時代は終わったのだから、との言い方がある。
 中央政府が市場原理の構造改革論をふりかざして合併を強要し交付税を削減した。地方切捨ての財政政策で自治体財政に余裕はない。しかし、文化は財政に余裕があるときのことではない。
 文化行政が始まったときもオイルショックで財政は窮迫していたのだ。
 1973年、黒田大阪府政は文化の旗を掲げて自治体に政策潮流の波を起こした。長い間、企業のための基盤整備に財政を使ってきた。そのため生活環境に美しさと潤いが欠落した。「水の都」であった大阪は「ゲスの街」と評され地盤沈下した。
 だから黒田了一大阪府政が誕生したのである。都市の甦りが文化行政の基本視座であったのだ。文化行政は大阪から始まったのだ。その大阪府が「市場原理の財政改革」を強行して文化予算を削減している。
 「文化は財政に余裕のあるときのことだ」と言っているのは「行政を革新せず」「無駄遣い文化行政を進めたところ」である。 
 八十年代に文化1%システムが全国に広がり公共建設事業に美観性や地域個性を導入する考え方が一般化した。関西では「文化アセスメント」の手法が行政施策に取り込まれた。
 文化ホールは「行政が管理する営造物」ではなく「市民文化の拠点」である。この考え方が広がった。バッハホール、ピッコロシアター、水戸芸術館、メイシアターのように水準の高いホールが増えた。住んでいることが誇りに思える魅力あるまちづくりが様々に展開された。
 初期の実践例は武庫川の宝塚大橋であった。横浜市役所横の「くすの木広場」は「美しさ・楽しさ・地域個性」を施策に取り入れた「行政の文化化」の実際例であった。
 花と緑と彫刻のまちづくり、歴史的建造物の保存、歴史の連続性を喚起する地名の保存、商店街の魅力化、都市の修景美化、景観条例の制定など「文化の見えるまちづくり」が展開された。非日常の興奮と感動を楽しむ音楽祭や演劇祭、誇りの感情でわがまちを見つめる市民オペラ、市民文化の拠点となった文化ホール、美しい景観や潤いのある風景がつくり出された。そして、障碍を突破してそれらを実現した実践と連帯も地域の文化である。
 文化行政が提起した問題意識は確実に浸透したのである。
 これら実践例を眺めても、文化は財政に余裕のあるときの問題だと言うのであろうか。文化は財政に余裕のあるときのことだの言説は、現代社会の認識欠如を示すものである。
 本年8月27日と28日、大阪池田市で「文化の見えるまちづくり」の政策討論を行う。
 申込・問合せ いけだ市民文化振興財団
         072-761-8811 FAX072-761-1987 
         E-mail inforum-ikeda@azaleanet.or.jp
http://bunkaforum.net/