■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
市民自治の過去・現在・未来
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
市民自治 の 過去・現在・未来

第14回 (2008年度) 北海道自治土曜講座「第4講」
テーマ「市民自治 の 過去・現在・未来」

2008年9月27日 北海学園大学 21番教室
10:00-12:00 講演「自治の過去・現在・未来」
            松下 圭一(法政大学名誉教授)
13:00-14:30 講演「自治体学の論点」
            森 啓(地方自治土曜講座実行委員長)
14:40-16:30 討論「市民自治の課題と展望」
         司 会: 山内 亮史(旭川大学学長)
         討論者:松下 圭一、神原 勝(北海学園大学)、
              田中富雄(三郷市・自治体学会員) 森 啓

北海道自治土曜講座

 1995年から実行委員会方式で始まった。月一回土曜日に、年5回ないし6回開催する有料の自治講座である。初年度は100名定員で募集した。申込が殺到したので会場を急遽変更したが350名で受付を打ち切らざるを得なかった。初年度受講者のアンケートには開催継続を求める声が80%を超えた。二年目は申込を断らず872人の受講申込みを受付けた。会場探しに苦心して結局、北大教養部の講堂と大教室の二会場で、受講者を二分して講師は一日二回の講義を行った。なぜ有料の自治講座にかくも多数の受講者が集まるのか。「国家統治の理論」を転換する「市民自治の理論」を求めているからである。 
 受講者は、自治体の職員、市民、議員、首長、報道関係の記者も受講した。様々な職業の人が集まったから会場に活気が漲る。受講者は休憩時に話し合い旧友のような親密な意識が交錯する。講師を囲む交流懇談会も満員で熱気が漲った。行政の研修にはこのような熱気は生じない。
 土曜講座では、講師が「問題は何か」「それをどう考えるか」を語る。受講者に問題意識があるから集中して聴く。私語はない。学んでいるのは自治体理論である。課題解決の方策を模索する政策型思考である。
現在( 2007年)、ブックレットは115冊を超え「公人の友社」から頒布されている。
 北海道土曜講座の一番の成果は、道内各地の人々が相互に知り合ったことである。いつの場合にも、問題が見えて行動する人は地域では少数派である。その少数派が知り合ったことの意味は大きい。
 土曜講座の波は全道に広がり、上川、釧路、十勝、檜山、北見、宗谷、空知、渡島でも開催され、最盛時には毎月2500人を超える職員と市民と議員が自治体理論を学習した。
時代の転換期には学習熱が高まる。自由民権期の明治には若者の学習熱が高まった。土曜講座から北海道自立の理論と政策構想力を身につけた市民と職員が育っている。既に10人を超える町長が誕生している。 

○ 地方自治土曜講座実行委員会事務局 TEL・FAX 011(261)1921
○ 北海道自治土曜講座のホームページ
   http://www2.pinky.ne.jp/~doyokouza/  

スポンサーサイト
シンポジュウムの司会
(カテゴリー: 自治体学とシンポジュウム
「シンポジュウムの司会」

シンポジュウムの意味
 80年代から「シンポジュウム」や「パネル討論」が盛んに開催されるようになった。シンポジュウムは花盛りである。現代社会は前例のない重要課題が次々と生起するからである。
 「何が問題であるのか」「打開の糸口と手立ては何か」は誰にも明瞭には見えていない。見えていない課題であるから「文殊の智慧」で討論して模索するのである。シンポジュウムは「問題の真相は何か」「解決の糸口は何か」を見出す場である。人集めのイベント行事ではない。  
 その問題に精通・見識・経験ありと思われた人が選定されて討論者として登壇するのがシンポジュウムである。
 ところが、参会者が「期待外れであった」「退屈でつまらなかった」と呟きながら帰途につくシンポジュウムが実に多い。残念至極なことである。
 なぜそうなるのか。 

司会の役割
 「期待どおりであった」「内容が良かった」「来て良かった」のシンポになる要因は何か。「司会」である。「シンポは司会次第」である。
 最初に10分乃至15分の発言をひとわたりさせる進行が多い。その間、司会は発言を促すだけである。15分で四人なら60分である。二時間のシンポならば半分の時間である。その間、会場内は沈静し活気なく知的興奮もない。交論のないミニ講演である。「つまらなかった」になるのは必定であろう。
 司会の役割は、参会者の思考回路を全開させ会場内に知的興奮と緊張感を喚起することにある。司会は単なる進行役ではない。
 登壇者には用意してきたメモを見ながらの発言をさせない。その場で考えて討論をしていただく。シンポジュウムは一般論を聞く場ではない。討論する場である。司会の役割は発言を噛み合わせることにある。
 例えば、開始前の打合せで「今の所見に対して貴方の意見を言って下さいと言いますから」「他の方の発言をよく聴いてください」「考えてきた文章メモはこの場で破り捨てて下さい」「壇上で聴いて考えたことを発言して下さい」と言っておく。同様に司会も発言を聴き「論ずべき点」を随時 (討論が逸れたときに) 呈示する。それが出来なければシンポの司会は務まらない。
 例えば、司会が論点を示して「所見」を求めて「只今のご所見に賛成ですか」「補足することがありますか」「異なる見方の意見でしょうか」と訊ねる。訊ねて発言を促す。シンポは真剣勝負である。勝ち負けではないが緊張感が必要である。その真剣な所見の交錯が会場内に知的興奮を醸し出すのである。そしてときには爆笑で会場が和むのである。
 シンポの成否は司会のユーモアと機智の才覚次第である。

時間管理
 司会の役割は二つである。
一つは発言を噛み合わせて交論をさせる。二つ目は時間管理である。
 一回の発言を短くして発言回数を多くする。各人の発言時間をなるべく均等にする。冗長な発言を遮るのも司会の役割である。著名な大物であっても怯んではならない。会場発言を認めるときは事前に時間を示して冗長発言を制止する。巧みに時間管理ができて司会である。「時間がありませんので」の連発は見てよいものではない。
 シンポの成否は参会者が会場から出てくるときの表情に示されている。
 その表情に示される「満足の内容」も考察するべき問題であるのだが、「発言者の選定・人数」「会場設営」「会場討論」などと共に後日に述べる。