■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
日本社会はなぜ時代への関心と怒りを失っているのか
(カテゴリー: 市民自治の意味
 日本社会はなぜこれほどに
時代に対する怒りや問題意識を失ったのか
   
思考力の衰退
日本社会がかくも保守化し思考力が衰退したのはなぜであろうか。生活保守主義にはまり込み時代に対する怒りや問題意識を失っているかのようである。「生活水準」が良くなり「ハングリー」でなくなったからではあるまい。
二つの理由が考えられる。
一つの理由は、社会を全体的に考察する「理論」が力を失ったからである。七十年代には「社会主義の理論」が存在した。そのため「時代を切り拓く気概」と「社会変革のエネルギー」があった。革新団体の役員は「自身の不利益をも覚悟する献身性」と「未来を展望する純粋性」を保持していた。「賃労働と資本」の学習会なども盛んであった。
ところが現在は、経団連会長が「フリーターを正規社員に再契約する雇用主の義務規定」を削除するよう政府に要望する。それは、若者の生涯を「保障のない不安定な労働者として三十代も四十代も低賃金のままで使い切りたい」という阿漕な要望である。さらに正規社員に対しても「残業手当を出さないですむ法律」に改めるよう政府に求めた。政府は「この国会でやりましょう」と応諾した。
昼夜働いて社員が過労死・過労自殺になっても、企業には何の罰則規定もないのである。「労働者保護法制」は「派遣労働の規制緩和」などによって「止め処もなき後退」を続けている。これが規制緩和の正体である。
若者の自殺が増えて、三十代の自殺者数は最高数である。フリーターが正規社員に再就職するのはきわめて困難。二十代の時給で三十代になっても働かされ、健康を害せば住む処を失い、ホームレスになり自殺を願望する。真面目に働いても貧しさから抜け出せない。悲惨な「ワーキングプア」が増えているのが現在の日本社会である。
「生活保守」と「状況追随思考」が蔓延するのは「理論の羅針盤」を見失っているからであろう。

思考の座標軸
もう一つの理由は「思考の座標軸」の昏迷である。
「自国の近代史」を45年間に亘って学校教育で意図的に教えなかった。日本史の授業は卒業直前に明治維新になるように仕組まれた。文部省の陰謀である。
かくして、日本の若者は自分の国の近代史を「悲しいほどに知らない」「哀れなほどに知らない」のである。若者だけではない。かつて若者であった30代・40代・50代も「知らない」のである。教えられていないのである。意図的に教えなかったのである。
それが今、ボデーブローの如くに効いてきたのである。思考の座標軸は時間軸と空間軸である。「タテ軸(歴史軸)」が欠落して「思考の座標」が定まらない。定まらないから「時代や社会を批判的に考える」ことが出来ない。
今の日本は、国民的規模で「批判的思考力」を喪失しているのである。
「思考力の喪失」は「二世・三世議員」も同じであって、それらの人々の「思考力のなさ」「見識のなさ」「頼りなげな表情」は目を覆うばかりである。それ故に、国際社会での孤立が生じているのである。
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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

「政策型思考と政治」を読む
(カテゴリー: 自治体学理論
「政策型思考と政治」(松下圭一著・東大出版会)の読書研究会を終えて 

1 この書物が出版されて以来、全国各地でこの本をテキストにした読書会が数多く開かれたが「扉のことば」から「あとがき」までを完読した読書研究会は少ないであろう。
なぜなら、この書物は既成の観念に捕らわれていたのでは理解できない「政治・政策と市民」の理論体系書であるから、完読するには集中力の持続が必要である。集中力の持続を可能にする運営が読書会にないと息切れして閉店休業になる。だから、大抵の読書会は完読できないで途中で終息する。
「政策型思考研究会」と命名して月一回の読書会を続けた。
 勤務後の夕刻の短い時間でこの本の一章を一回で理解するのは困難である。困難ではあったが、そうしなければ完読できない。理論体系書であるから完読しなければ意味がない。ところが、理論体系書であるからどの章も他の章と密接につながっている。次の章で前章の意味と用語が判然としてくることが(しばしば)である。また、目次に付けられている「星印」は体系の区分であるから、そのところで振り返りの自由論議を行って咀嚼を助け合うようにした。巻末の索引も重宝した。索引に示されているページを捲って書物を横に読めば用語の意味が判然としてくる。
また、語句に付けられている四種の括弧の意味もその都度話し合った。
 各章毎の報告者を定め論議するべき点を見出した。報告者は「書かれていることを理解するために」何回も読み返してメモを作成した。だが報告は「このようなことが書いてある」との説明は不可とした。自分の言葉で言えなければ真に分かったではない、そうでなければ納得理解したにならないからである。そしてまた、全員が読んできているのだから、自身もよく分かっていない報告者の講釈は時間の浪費である。
 研究会であるから、まず、報告者自身が「よく分からない用語と叙述」「成るほどと思い賛同したのはどのようなことか」「このような理解でよいのだろうかと思うこと」を提出して話し合った。

2 ところで、この本を難解だと言う人が少なくない。文体が馴染めないと言う人もいる。問題は、なぜ難解だと思い馴染めないと感じるのか、である。
 この書物を納得し理解するには、読む人自身の「政治イメージ」と「基礎概念」の再吟味が不可欠である。自身の政治イメージを問わず基礎概念の吟味を拒む人にはこの書物を正当に理解することはできないであろう。誰しも人は、自身の思考の基本枠組みや基礎概念の問い直しには緊張感が伴うから苦痛である。だから、無意識的に自分を庇い「難解の防御壁」をめぐらすのではあるまいか。この本は扉にも書かれているように「国家観念との別れの書である」。既成の通説である国家学の理論を転倒するのであるから易しくはない。易しい筈がないではないか。
 問題は、読んで成る程と納得するか否かである。確かにそうだと思うかどうかである。
 納得すれば次第に難解と思わなくなる。そしていつの間にか、分かりやすくて読みやすい書物になる。
 例えば実際の話として、松下教授の書物が刊行されるたびにテキストにして学習会を続み続けている大阪の市民文化団体の人達は「松下さんの本はどれも分かりやすくて読みやすいですな」と言う。明治以来の国家学の理論に呪縛されていないからである。自由で自立した市民であるからであろう。つまり、国家学の政治・行政の理論に馴れ親しんでいる人にはその分だけ難解になるのであろう。

3 研究会の人達はいつの間にか、当初は難解だと言っていた概念・用語で語り合うようになった。そして例えば、岩波新書「日本の自治・分権」「政治・行政の考え方」は、実に分かりやすいと言うようになった。それは、漠然とした理解のままではあっても毎回一章ずつ進行した悪戦苦闘の手探りの読書研究会の成果であると言えよう。そして成果は、自身の仕事を市民の立場で考えるようになったことである。「政府間関係理論」や「政府信託理論」で地方分権や道庁と市役所・役場のあるべき関係を語り合い、自治体をめぐる様々な日常的な現実の問題を、政策情報、市民自治、政策開発、参加手続、市民と住民、などの概念を使って考えるようになった。つまり、事象を洞察して理論的に考察する視座を持ったと言える。それは、国家統治の官庁理論の呪縛から自らを解き放ち、市民自治の自治体理論の考え方を確立したと言えるであろう。地方公務員から自治体職員への自己変革である。

4.私は、北大の大学院の演習でもこの書物をテキストにした。現在の北海学園でも大学院で使用している。なぜこの書物をテキストにするのか。
 この書物は、各人が自身の思考の座標軸を形成するに最適の書であると考えるからである。現在の日本は都市的な生活様式が全般化した社会である。どのような山村、僻地、離島にも工業文明的生活様式、情報産業的生活スタイルが広がっている。これはかつてなかった事態である。そこには前例のない公共課題が噴出している。噴出しているのだが前例のない課題であるからそれを公共課題として設定できないでいる。また、前例のない課題ばりであるから解決できない。これまでの手法は役に立たない。解決方策を開発しなければならない。何が課題であるかを考えるには座標軸が必要である。
 既存の学問も、前提条件ががらり変わっているのだから「思考枠組み」と「基礎概念」の再吟味が不可欠であろう。
 この書物は思考の座標軸を形成するに最適の書であると考える。
 本書を読み理解了得するに効果的だと思うのは、同じく東大出版会から刊行されている
松下教授の「現代政治の基礎理論」を併せて読むのがよいと思う。(森 啓)
北海道・自治土曜講座
(カテゴリー: 自治体学理論
北海道・地方自治土曜講座
●学習熱の高まり
 北海道にも過疎と高齢化が急速に進行している。
 北海道の基幹産業である農・林・水産は産業構造の急激な変化で活力を失い、借金が嵩んでの離農、後継者がいないので廃業する林・漁業が増えている。町や村に深刻な先行き不安が広がっている。何とかしなくてはならぬ。安心して暮らせて、働く場があって活力があり、美しくて魅力があり、働くだけでなく楽しいまち、にしなくてはならない。どうすればよいのか。まちづくりの事務局である役場職員が考えて町の人々に呼びかけねばならない。成り行き任せで傍観しているわけにはいかない。
 それには、役場職員が勉強しなければならぬ。
 95年4月、北海道町村会が言い出し事務局となり自治講座実行委員会がつくられた。 当初、町村職員が講座に出て勉強するであろうかとの危惧はあった。
 定員百名で受講者を募集した。あっという間に二百五十人の受講申込みがあり、急遽、大きな教室に変更したが三百五十人で締め切った。二年目は五百人の会場を用意した。八百七十四人の申込みがあり、止むを得ず二会場に分け、講師は同じ講義を二回することになった。二年目から、道北上川、十勝帯広、道東釧路、道南檜山、愛別町でも、地域の自治体職員の企画で土曜講座が始まった。三年目の97年は定員を四百名にした。だが、熱烈な受講希望を断れず四百五十人を受け付けた。かくて、北海道の各地で、毎月、二千人の自治体職員、市町村議員、首長、市民が「国家統治の官庁理論」から「市民自治の自治体理論」への理論の組み替えを学んでいる。それは、衰退する過疎のまちを如何にして蘇らせるかの方策を考えるためである。住んでいることを誇りに思えるわがまちをつくるためである。
 稚内、根室、檜山などの遠隔からの受講者は、金曜日に仕事が終わって出発し、札幌に深夜に着き泊まり翌朝講座に出て夕方帰途に着く、を繰り返している。礼文島の町役場職員は船で稚内に渡り列車で札幌に早朝着いて受講して翌朝礼文島に帰っている。
 五月から十月まで、月一回の土曜講座、参加費一万円、何時も満席、毎回の講義はブックレット形式で北海道町村会から刊行されている。

●地方公務員から自治体職員へ
 この学習熱の高まりは何であろうか。
 時代の転換期には学習熱が高まると言われる。産業の衰退、過疎の進行、老齢社会への危機感が北海道の各地に広がっているからであろう。いや、危機感だけではないであろう。役場職員が自分の仕事に可能性を予感し始めたからであろう。自分の仕事が意味のあることだと気づき、自分自身に誇りを持つことが出来ることを実感し始めたから講座の熱気が高まるのであろう。     
 これまでは、タテワリ省庁の補助金と通達に不合理と屈辱を感じても、従属することを余儀なくされていた。省庁政策の末端の地方の公務員であった。その自分が、都市型社会が成熟して公共課題が量的基盤整備から質的まちづくりに移行したため、重要な役割を担っている市民自治の事務局職員であることに気づいた。
 質的まちづくりは自治体でなければ実現できない。成熟社会の質的政策課題は「総合的手法」と「協働の仕組み」が不可欠である。土曜講座に参加して講義のあと受講者と語り合っているうちに、仲間も増え時代の変化も見えて自信を感じ、自分は故郷をつくる全日制の公共事務局職員であるのだと思い始めるのであろう。だから、講座の参加者も年々増えている。講義を聴き仲間と知り合い先進地域と交流し自分の仕事の質を高めることによって「地方公務員」から「自治体職員」に自身を変革しているのである。
 政策能力の違いがまちづくりの格差になって出る時代である。
 地方分権が時代の潮流になり役場職員の政策能力が重要になってきたのである。
 受講者は、講師として登壇した東京多摩地域の市職員から「事業別予算のつくり方」「政策原価の計算手法」「政策法務の理論と実際例」などの話を聴き、自分と同じ自治体職員がここまで考え実践しているのかと驚き、宿泊サマーセミナーでは徹夜で語り合い、時代の転換と自身の役割を実感している。
 かくて、土曜講座の参加者によって北海道の各地に政策研究会や学習会が始まっている。そのうごきを奨励する首長も増えている。良い意味での刺激と競争が百七十八の町村役場に始まっている。全職員がパソコンで仕事をして役場情報を町民と議員と役場職員が共有することを目指している町もある。
 北海道の学習熱の高まりは土曜講座だけではない。
 土曜講座の開始と同じ95年に設立された北海道自治体学会の役割も大である。
 自治体学会は市民と自治体職員と学者・研究者が実践体験を交流して市民自治の理論を研鑽する場である。毎年二回、北海道の各地を持ち回りで「政策開発の研究総会」と「政策シンポジュウム」を開催している。そして、土曜講座を受講し自治体学会の会員になる市町村議員も年々増えている。「土建型議会」から「まちづくり型議会」に地域は確実に変わり始めている。
協働とは
(カテゴリー: 協働とは
協働とは

3 文化戦略と協働 
 自治体に文化行政が始まったとき、文化行政とは「住んでいたいと思い住んでいることを誇りに思う地域社会をつくる市民と行政職員の協働の営為である」と定義した。この定義は文化行政が自治体に始まった七十年代のときの言明である。この定義にある「協働」は「自己革新した主体の協力」を表現するための造語であった。ところが、九十年代の後半に「協働」の言葉が行政文書に氾濫して学者が「コラブレーションの訳語です」と解説した。しかしながら「協働」は訳語ではない。七十年代の自治体文化行政の論議の中で造語したのである(注1)。もっとも「協働」の表記は「言葉遊び」「当て字」としては1931年に刊行された「現代語大辞典」(一新社)に見出し語として使用されている。
 協働とは、市民と行政職員が相互信頼で協力することである。「協働」は「行政への参加」と異なる。行政への参加には「相互信頼」は存しない。主体双方に自己革新なくして信頼関係は生じないからである。主体双方の自己革新が協働には不可欠である。行政主導の統治行政のままでは信頼関係は生じない。
ところで、「協働」の言葉を否定する言説がある。その言説には「主体変革」の問題認識が見られない。「今の行政文化のまま」でも「意味あることが可能」と考えるのであろうか。例えば、「自治基本条例」の制定である。今の行政のままで「案文を書き、首長が決裁し、議会が決議すれば」それで「自治基本条例」が制定されたと考える。そこには最高条例の規範意識の醸成を重視する考え方が希薄である。新しい(異質の)価値の創出には「当事者の自己革新が不可欠」であるとの課題認識が欠如している。
それであるから「市民自治の制度」を制定しても制度は機能せず「死屍累々」である。「行政と市民の関係」は統治行政のままである。何も変らない。
そして他方には、「協働」の言葉が行政文書に氾濫している。しかしそれもまた「統治行政のまま」での「協働」である。「今の行政のまま」では「市民と行政との対等な関係」は存在しないことに何の顧慮もない。言葉だけの「協働」である。
「協働」の言葉は、七十年代の文化戦略の論議で「主体双方の自己革新」を表現するために、国語辞典にない言葉を造語したのである。それを知らずに学者は「協働はコラブレーションの訳語です」と説明する。「新しい言葉」はすべて「外国語に原語」があると考える。学者特有の「優越と劣等」の意識である。
協働するのは市民と行政職員である。行政ではない。市民と行政職員の「相互信頼」によって前例のない「不確定要素を覚悟した」実践が可能となる。
その実践がまちへの愛情を育てるのである。人々の心にまちへの愛着と公共心が芽生えなければ「安心して暮らせて」「美しくて楽しくて」「住み心地のよい」まちにはならない。
協働とは住み心地のよい公共社会を創出する営為である。
 都市的な生活様式が全般化した成熟社会では、市民の日常生活は公共政策の網の目の中で営まれる。都市型社会は公共政策による生活条件の整備を不可欠必要とする。そして、その公共政策を解決実現するには市民と行政職員との協働が不可欠であるのだ。
(注1) 「協働」をめぐる論点は北海道自治土曜講座ブックレット№90「協働の思想と体制」に詳述した。
協働とは 2
(カテゴリー: 協働とは
協働とは 2

再び「協働」という言葉について     札幌都市研究会
 「協働」という言葉の氾濫に対して、次のような批判がなされている。
「雇い主である住民」が「公僕である公務員」と、なぜ「協働」せねばならないのか。行政職員は主権者である我々が雇った人間である。行政組織は公僕の集団であるのだから雇い主である住民との「対等な関係」などはあり得ない。住民が主人であり「上」なのだ。「主人である住民」が「雇われ人の行政職員」と「協働」する必要などまったくないのである。概ねこのような批判である。
 しかしながら、このような理念論で「協働」を否定することができるであろうか。事柄はそれほど単純ではないのである。
長らく国家統治の理論と制度が続いてきた。政策策定と政策執行の主体は行政であり住民は政策執行の客体であるとの統治行政の制度と制度運営は現在も続いているのである。「憲法変われども行政は変わらず」であって「統治行政の考え方」は厳然と今も続いているのである。理念論でこの現実を否定することはできない。この認識がまず必要である。
最近の公務員は言葉では並の学者以上に民主主義的な用語を使うのである。けれども、六十才まで身分保障された公務員として日々を過ごすから人事昇進が最優先の価値になり無難に大過無くの「公務員」になってしまうのである。
行政機構の建物の壁と床には統治行政の考え方が染込んでいるのである。公務員はそこで日々を暮らしているから、統治行政の論理に染まり住民を下に見て自身は現状維持的安定の行動様式になるのである。だから、住民との「協働」と言っても統治行政の実態は少しも変わらない。そして、統治行政のままでは「住んでいることが誇りに思えるまち」にはならない。
他方の「住民」はどうであろうか。
行政組織と何らかの接触体験を持った人々は少なからざる不満と不信の念を抱くであろう。しかしながら、正面切ってそれに挑み正す人は極めて少数である。そして、統治行政に不信を抱いた住民も自分自身はと言えば「現状維持的」であり「自己保身」である。町内会や同業者組織の中にも権威的な運営とお任せの慣行は存在する。公務員を雇われ人であり公僕であると指摘し認識できるほど自身が民主的で自治的な住民はさほどにはいない。政治・行政の学会さえも運営はそれほど民主的でも自治的でもない。実態は行政とさほどには違いはないのである。「住民」は主人であるから、雇われ人の「行政職員」と「協働」などする必要はないのだと理念論で「協働」を批判しても、事態は些かも進展しないのである。
問題は「協働」を理念論で否定することではなくて、行政職員も住民も「誇りに思える魅力あるまち」を形成する「協働の主体」としてはまことに未熟であると指摘し、現在の「協働」は言葉だけであると批判することである。
行政活動の質を高めるには市民と自治体職員との「協働」が必要であるのだ。自治体理論を学習し実践する自治体職員を低く見てはならない。優れた地域形成に果たした自治体職員の実践を自治体理論に位置付けなくてはなるまい。
行政を内側から見る目の欠如した学者の理念論議はひ弱である。「協働」がいけなくて「参加」ならば、「雇い主」と「雇われ人」の問題はないとでも言うのであろうか。問題の要点は「協働の主体」としての自己革新が双方に必要なことにあるのだ。すなわち、「住民」から「市民(いちみん)」へと自己革新して市民自治を実践する地域の方々と、「地方公務員」から「自治体職員」へと自己革新して自治体理論を実践する行政職員との「協働の営為」が地域形成には必要なのである。
ここまで書いて紙幅が尽きた。ついては、本会報の2003年5月号を参照されたい。そしてこの論点は「月刊・地方自治職員研修・臨時増刊75号」(2004年2月発行)に詳述する。
協働とは  3
(カテゴリー: 協働とは
協働とは  3

協働という言葉の意味
「協働」という言葉が流行している。
札幌市のホームページの冒頭には「札幌市は協働都市をめざす」と書かれている。北海道庁のホームページにも「協働」という言葉が次々と出てくる。
なぜなのか。「財政が苦しくなって行政が何もかもやれなくなった。住民にも地域の団体にも応分の役割を担ってもらわなくてはならない。だから「協働」という言葉が使われるのではないか」あるいは、「参加」では言葉の響きが弱くなった。何かいい言葉がないかと思っていたとき「協働」を耳にした。「ああこれはいい」となったのではなかろうか。だが、その「協働」は「気分的形容詞」であり「内容は空疎」である。
「協働はコラボレーションの訳語である」と説明する学者もいる。しかしそれならば、なぜ国語辞典にはない「協働」と訳したのか。翻訳をしたのは誰なのか。最近は意味漠然のカタカナ語が氾濫しているのだから、どうして「カタカナ」のままで得意然と使わないのか。
1998年に「げょうせい」から刊行された「住民と行政の協働」という本の編者は「協働は翻訳語である」と解説している。 
しかしながら、「協働」は外国語の訳語ではない。
1970年代の文化行政の黎明期に、文化行政への手厳しい批判に答えるために、「自己革新した行政と市民による協力」を意味する言葉として「協働」という国語辞典にはない言葉を造語したのである。
文化行政が自治体に始まったとき、行政が文化を政策課題にすることに対して強い疑念が提起された。「行政が文化を安易に言い出すのは問題である。危険ですらある」との批判であった。「行政」は安定性と公平性を旨とする。「文化」は常に創造であり現状変革であり異端でもある。「行政」と「文化」は本質的に相反する。文化は計量化できない価値の問題であって人々の自由な精神活動の営為であり所産である。「何事も無難に大過なくの公務員が文化の問題で意味あることはできない」「行政が文化に関わって碌なことはない」との批判が提起された。
これに対して、「文化行政は市民の文化創造に介入するものではないのだ」「タテワリ事業の執行行政でもない」「文化行政とは行政の事業執行と制度運営と行政機構の文化的自己革新であるのだ」と主張した。
そして、文化行政を「住み続けていたいと思い住んでいることを誇りに思える地域社会を創る市民と団体と行政との協働の営為である」と定義した。
国語辞典にない「協働」という言葉を使ったのは「文化行政に対する疑念と批判」に答えるためであった。「協働とは自己革新した市民と行政による協力」
を意味する言葉である。協働はナレアイではないのである。(2003-5)