■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
自治体の職員研修
(カテゴリー: 自治体職員の研修
自治体の職員研修 
1.研修所改革の潮流     
 職員研修所の改革が全国的な流れになったのは1980年代の前半からであった。1980年に神奈川県が「公務研修所」を「自治総合研究センター」に改組したのが始まりである。それまでは、研修所は法律規則に従って能率良く職務執行する地方公務員を養成するところであった。
80年代に至り都市的生活様式が全般化して前例のない公共課題が噴出した。
地域の公共課題が土木建築的公共事業から質的まちづくりに変化した。
質的公共課題は全国画一の行政では解決できない。地域それぞれに解決手法を考え出さなくてはならない。前例なき公共課題を解決する手法を考え出す政策能力のある職員が自治体に育たなくてはならない。
こうして、職員研修所の改革が全国的な流れになった
 研修所の改革とは政策能力のある職員の誕生をめざす研修への改革である。「現行制度上やむを得ない」の論理に縛られる地方公務員ではなく「制度の改革をも発想する」ことの出来る自治体職員の誕生を目指す研修である。
研修カリキュラムの再編が行われ職員研修は大いに変った。だが、本当に変ったかと問い直せば、変ったのは「研修所の名称」と「カリキュラム」であって、内実はさほど変ってはいない。
 例えば、職員研修所を所管する総務部人事課の研修に対する期待と位置づけは変らない。人事課が研修に期待するのは能吏の養成である。能吏とは上司に忠実な職員である。
 「政策課題研修」や「政策法務研修」を取り入れるなど、カリキュラムは目新しくなった。けれども、それらの新科目も含めて基本は知識習得の研修である。知識の習得であるから、講師の話しを受講する集合座学方式が基本型である。つまり、与えられた課題を能率よく執行する地方公務員を養成するための知識研修であることには変わりはない。さらには、40年も以前に人事院が作成したJSTなる組織管理の技法研修を未だにやっている時代錯誤の研修所すらもある。これでは、何も変っていないとすら言える。しからば、分権時代に対応する研修とは如何なる研修であるのか。

2.公務員の養成から自治体職員の誕生へ  
 地方分権は工業文明国に共通する世界的な潮流である。全国基準の法律や政策では解決できない公共課題が地域に噴出したから地方分権である。
 都市型社会が成熟すれば分権型社会への改革は必然となる。地方分権とは自治体が政策の主体になる。つまり政府になることである。これからは、自治体職員の政策能力の有無でまちづくりに違いが出る。
 政策能力とは「地域課題を発見し解決方策を発明し実行する能力」である。
 職員研修がめざすのは、上司に忠実で与えられた課題を執行する能吏ではない。地域の人々と協働して課題を解決する自治体職員である。
 現在の都道府県や大都市の管理職の人達は、例外はあるが殆どが能吏である。能吏は、上司意向に忠実で勤勉ではあるが、手続きや仕組みを考案して現状況を打破したことがない。「無難に大過なく」でやってきたから「現状維持的安定」を志向する。ところが、現代社会が噴出するのは前例のない公共課題である。その課題は住民を客体とし受益者とみなす行政手法では解決できない。相互信頼を基盤に協働のしくみをつくらなければ解決できない。
 分権時代の職員研修がめざすのは自治体職員への変容である。自治体職員としての自覚と能力である。それにはまず、省庁に従属してきた地方公務員の意識を払拭しなくてはならない。
自治省(今は総務省)の人達は「自治体」とはけっして言わない。「地方公共団体」「地方公務員」と言う。意識して「その言葉」を使うのである。内務省以来の地方支配の特権を失いたくないからである。例えば、人生経験の未熟な若年齢で自治体の部課長に転出する妙味を保持しつづけたい。そのためには、自治体が政府として自立することを望まない。自治体職員が誇りと能力をもつことを喜ばない。地方を支配しつづけていたいその心理が言葉づかいに現れる。言語は文化の所産である。用語には「歴史と価値意識」が染みこんでいる。使用する言葉に集権支配への執着が込められているのである。
 であるのだから、「地方公務員」から「自治体職員」への意識改革が重要になる。意識変革は主観的な認識の問題ではない。心の深層に堆積した価値軸の変容を伴う主体的な生活行動性の問題である。職場の仕事の仕方を変えなければ従属的な地方公務員意識は変わらない。職場の管理職の多くは「現状維持的安定」「何事も無難に大過なく」である。「万が一のときは責任をとってやるから思いきってやってみろ」とは言わない。その気構えのない管理職がピラミット型に積み上がり「責任回避のシクミ」になっているのが役所である。

3 能吏の養成でなく自治体職員の誕生を
 人は壁に直面しその壁を超えて自身の意識を変革する。
公務員の職場には三つの壁がある。
 第一の壁は「慣例思考」。
 公務員の職場には非常識な考え方が堆積している。市民感覚からは非常識だが公務員には不思議ではない。例えば、行政が一度決定したことは引っ込めてはならない。行政が決定したことは正しいのだ。行政職員が市民と親密になることは望ましくない。このような考え方が公務員の職場に堆積している。公務員がこれを改めようとすると辛い立場になる。
第二の壁は「現状維持的安定の上司」
 役所は文書を起案して仕事をする。起案しても上司が印を押さなければ進まない。定年も間近になると大抵の管理職は現状維持になる。現状を改める案に上司の決裁を得るのは難しい。万が一の責任を避けたい上司を説得するのは容易なことでない。摩擦を起こさず仕事をしようと思えば上司の意向を忖度し迎合するのが良策である。だがそれでは、水準の高い仕事は出来ず地域課題は解決できない。自治体職員が直面する第二の壁は上司である。これを壁と思うか思わないかが「地方公務員」と「自治体職員」の分れ目である。
第三は「理論の壁」 
 「市民参加のまちづくり」を唱えても「情報なければ参加なし」である。資料やデーターを作成し配付するのは事務局である行政の仕事である。自治体職員に求められる能力は分かりやすい資料を作成して配付する能力である。そのとき立ちはだかるのが「部外秘」「守秘義務」である。
公共施設設置条例も財務会計規則も統治理論で解釈運用されている。これを自治体理論で解釈し直さなければ市民と協働するまちづくりにはならない。
例えば、公共施設の閉館は午後九時。休館日は週一回。「条例がそうなっている。何の不都合があるのか」である。条例も規則も制度も内規も運用も統治の理論で解釈運用しているのである。職場は「統治理論の壁」そのものである。市民自治の自治体理論でなければ身動き一つ出来ず状況を打破できない。
 かくて、職員研修に不可欠なのは自治体理論である。
  
4 政策能力は如何にして育つか
 講師の話しを聞く座学研修では政策能力は身につかない。
 長年やってきた研修方式を変更するのは容易なことではないが、講師の知識を習得する座学研修では政策能力は育たない。課題を発見し方策を開発する政策能力は講師から教えられて身につくものではない。そしてまた、政策能力を教えることのできる講師はいない。大学教員も庁内講師も先輩OBも、前例なき地域課題の解決方策は見えていない。
 ところが、現在の集合座学方式が多人数をこなす悉皆研修には便利である。そして、分権時代に対応するには職員の研修機会を増やさなくてはならない。この矛盾を克服し研修方式を開発するのが研修所職員の仕事である。
 しからば、政策能力なるものは如何にして身につくか。
 課題を設定し解決方策を考え出すのは職場である。職場での真剣な職務の実践によって政策能力は自身のものとなるのである。
研修所の役割はきっかけである。きっかけではあるが、研修所の役割は重要である。地方公務員を政策形成能力のある自治体職員への自己変革を促す研修である。それは、一度、職場から離れて自分の仕事の意味を見つめ、省庁との関係を見直し、市民との協働関係を構想する。研修所の役割はそこにある。
 例えば、グループに分かれ現場に出かけ、団体・事業者・市民の生の声を聴き、研修所に帰って討論し文章にまとめる。地方公務員は省庁政策に従属していたから、政策を構想して文章に書く能力が極度に劣弱になっている。自治体職員には政策を文章形式に書く能力が不可欠である。
 現場でキーパーソンに出逢って心を洗われ目を見開き、公共課題を見出しその解決方策を考え出す。
すなわち、現場体験と異種討論を重視する研修に改める。研修の重点を集合座学方式から視察交流方式に移すのである。
 だがしかし、抜本的改革には必ず壁が立ち現れる。役所の管理中枢は「公務執行能力の公務員研修でよい」と考えている。管理中枢は話す言葉は新しいが「現状維持的安定」である。だから研修所の抜本的改革には賛同しない。全国で、研修所改革に成功しているのはすべて公選首長が主導権を発揮したところである。
       
5.「研修の空しさ」の問題
 研修所で政策能力の話を聴いて納得しても、職場に帰ると元の地方公務員に戻ってしまう。これが「研修の空しさ」の問題である。
これをどう考えればよいのか。
 長年にわたって蓄積された役所文化である。お役所流儀はそう簡単には変らない。住民を客体と考える行政文化は職場の壁と床に浸ついているのである。
すなわち、「省庁の指示に従う」のは当然で「自治体の政策自立」などと言っても限界がある。「国家あっての地方公共団体」である。首長が市民参加を言うのは選挙があるからであって、行政職員が市民参加を言うのは如何なものか、行政のプロである我々が責任執行するのだ。住民は情報不足の素人であり身勝手である。
このような空気が役所内に充満している。この空気を全身に染みつかせて「現状維持的安定」を旨としているのが役所の管理職である。この空気から自由になるのは至難である。
だがしかし、「研修の空しさ」を嘆く前に、研修所自体が「統治支配の官庁理論」を「市民自治の自治体理論」の研修に組み換えているのか、と問い返さなくてはなるまい。研修所改革は目先を少し変えただけの「及び腰の改革」ではないのか。
公務員は制度を前提に発想し、法律と規則と前例に従い、人事異動と昇任が最大の関心事で、人事昇任が総てに優る価値と内心深く銘記して上司に仕え、新しい政策課題は極力避けて何事も無難に大過なく、保身を旨とする人達である。このような公務員が政策能力ある自治体職員に自己変革する「きっかけ」は何であろうか。すなわち研修とは何かである。

6.研修とは何か
研修とは価値軸の変容である。心の奥深いところにある「自分が揺らぐ」ことである。これまで信じていた価値観が揺らぎ、今まで思ってもいなかった自分を眺めることである。現場に出かけてキーパーソンに出逢って感動する。その感動の体験が自治体職員へと自己革新するきっかけになる。
人を行動に至らしめるのは「感動」である。人との出逢いが重要である。現状維持の空気が充満する職場で「自治体職員として行動するようになる」のは感動や衝撃によって価値軸が変ったからである。上司への思惑を克服しリスクを覚悟して行動するに至るのは研修所で自身の視座が自治体理論で定まったからである。保身第一の価値軸を転倒しなければ公務員は自治体職員に成長できない。そのような価値軸の転換を惹起する研修へと改革するのである。
例えば、「キーパーソンから体験を聴き衝撃を受け感動する」「聞くだけでなく意見を述べ討論するうちに自分が発している言葉の変化に驚く」「衝撃を受けている自分自身」を見つめる。「柔軟な思考になっている自分を見つめ自分の職業に自信と誇りを感じる」。
そのような新鮮な感覚と体験は職場では困難である。日常の職務から離れて得られる感覚である。
 これまでの研修は「職務執行に必要な知識」「公務員の心構え」「組織管理の技法」の三本柱である。
第一の「知識研修」は、国家統治権を基本に据えた行政法理論と自治法・地方公務員法などの法制度の説明で講師は大学教員または庁内講師である。
 第二の「公務員の心構え」は、教養論と社会常識と公務員倫理で講師は先輩OB、ときにはメディアの支局長である。
第三の「組織管理・事務管理・人事管理の技法」は、産業能率大学や研修コンサルタントの講師である。
 このような研修で「政策能力ある自治体職員」が育つであろうか。
自治体理論を習得するには現場に出かけ知恵を学ぶ交流視察方式が良い。集合座学方式での教説的講義でなく討論方式を重視する。 

7.北海道自治土曜講座
 自治体理論習得の実際例として「北海道地方自治土曜講座」を検証する。
 1995年から実行委員会方式で始まった。月一回土曜日に、年5ないし6回を開催する有料の自治講座である。初年度は100名定員で募集した。申込が殺到したので会場を急遽変更したが350名で受付を打ち切らざるを得なかった。初年度受講者のアンケートには開催継続を求める声が80%を超えた。二年目は申込を断らず872人の受講申込みを受付けた。会場探しに苦心して結局、北大教養部の講堂と大教室の二会場で、受講者を二分して講師は一日二回の講義を行った。なぜ有料の自治講座にかくも多数の受講者が集まるのか。「国家統治の理論」を転換する「市民自治の理論」を求めているからである。 
 受講者は、自治体の職員、市民、議員、首長、報道関係の記者も受講した。様々な職業の人が集まったから会場に活気が漲る。受講者は休憩時に話し合い旧友のような親密な意識が交錯する。講師を囲む交流懇談会も満員で熱気が漲った。行政の研修にはこのような熱気は生じない。
 土曜講座では、講師が「問題は何か」「それをどう考えるか」を語る。受講者に問題意識があるから集中して聴く。私語はない。学んでいるのは自治体理論である。課題解決の方策を模索する政策型思考である。
現在( 2007年)、ブックレットは100冊を超えて「公人の友社」から頒布されている。
 北海道土曜講座の最大の意味は、道内各地の人々が相互に知り合ったことである。いつの場合にも、問題が見えて行動する人は地域では少数派である。その少数派が知り合ったことの意味は大きい。
 土曜講座の波は全道に広がり、上川、釧路、十勝、檜山、北見、宗谷、空知、渡島でも開催され、最盛時には毎月2500人を超える職員と市民と議員が自治体理論を学習した。
時代の転換期には学習熱が高まる。自由民権期の明治でも若者の学習熱が高まった。土曜講座から北海道自立の理論と政策構想力を身につけた市民と職員が育っている。既に10人を超える町長が誕生している。 
 土曜講座を参考に研修所改革を考えるべきではあるまいか。
土曜講座ホームページ アドレス  
  http://www2.pinky.ne.jp/~doyokouza/


8,研修所職員の問題
 研修所職員に時代転換の意味が見えなければ研修所改革案を構想することはできない。何よりも研修所職員の意欲と情熱である。
 上司の指示を待つ勤勉忠実な能吏では「職場に帰っても元の公務員に戻らない研修」を考え出すことは出来ない。
研修所職員に必要なのはまず自身の問題意識を高めることである。
それには、先進自治体の職員と交流する。交流機会を企画する。土曜講座や自治体学会に出かける。出かけて人と知り合う。市民運動の人々とも話し合う。想像する以上に公務員への批判・行政不信が大きいことに気づくことである。行政内の論理は市民感覚と異世界である。そのことに気づかなくてはなるまい。それが研修改革には不可欠である。
 研修所の職員が公務員のままで何も変らず次の人事異動を待つだけでは、自治体職員への変革を促す研修が出来るわけがないではないか。研修所職員に市民感覚がなければ、市民と協働する職員が育つ研修改革は出来ない。
何事も改革とは「自分自身の変革」が基本である。
 例えば、市民運動の人々を講師として招き受講生が討論する。その市民運動と向き合っている現課は神経をとがらせ不満を言うかもしれないが「職員の研修なのだから」と理解を求めればよいのである。市民運動の人々の話しを聴けば、大学教員や研修コンサルタントやOBよりも、はるかに問題の所在が明瞭になる。政策型思考能力は自問自答によって身につくのである。
 座学方式の研修を「現行法制度の解説講義」から「地域課題を解決する制度構想」の講義に変換する。
例えば、「地域自立の理論」「その可能性の実証分析」「それに至る段取り」「市民自治基本条例」「政策情報共有制度」「オンムズパーソン制度」「住民投票制度」などである。
 さらには、議会改革の問題点を住民本位の職務執行との関係で職員が論議すれば、緊張感のある職員研修になるであろう。研修だからそれが出来るのである。市民自治基本条例の制定が課題になっている昨今、その論議を非難する議員はいないであろう。あるいは、議員と住民と職員で「議会制度の改革」を討論する。そうなれば、研修所に対する職員の敬意と関心は高まるであろう。

9.多様な研修 
 行政主催の行事を「平日の昼間に開催して住民に参加を呼びかける」愚かさは次第に改まりつつある。職員研修も「研修施設で時間内に職員だけで」はなくなりつつある。
 派遣研修、大学院入学、企業入社、交換人事交流、先進自治体視察など、既に多様な研修が行われている。地域に出かけて団体や住民の方々と論議するのも重要な研修である。職員の能力差が地域格差になって現れる時代である。研修予算を惜しんではなるまい。
 職員が政策情報を容易に手にすることができているであろうか。
政策情報誌や政策シンポなどの情報を得る情報コーナーを庁舎内に設ける。そのときも、その情報コーナーを管理する職員を役所内外から募集する。
 以上の提案に次の批判が予想される。
研修とは知識や技法の習得が重要である。問題意識を強調する研修は空回りする、との批判である。
この批判をどう考えればよいか。「問題意識」がなければ知識習得は受動的になり職務の行動につながらないではないか。
職員研修所の改革は緊急の課題である。だが職員研修所は総務部人事系統の出先機関に位置づけられているから抜本的な改革は難しいであろう。
しかしながら、何事も改革とは矛盾の超克である。矛盾を引受ける情熱が研修所職員になければ「お座なりの体裁を整える改革」に終わるであろう

10 NPM批判
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自治体学理論
(カテゴリー: 自治体学(ホーム)
自治体学理論
一章 自治体学の概念  
1 自治体学会
自治体学会は1986年に「自治体学の創造と研鑽」をめざして設立された。学会の設立時には「自治体学」を「自治体関連諸学の総称の学」と仮定義した。爾来、二十年を超える歳月が経過した。
2006年4月、北海学園大学法学部は「自治体学」の講義を開講した。専門科目(四単位)の「自治体学」の教科は日本の大学で最初である。
これまでの憲法学、政治学、行政学、行政法学は「国家」を理論前提とする「国家学」である。国家学では現代の都市型社会が噴出する、環境、資源、医療、福祉、文化などの「前例なき公共課題」に対して、部分的な問題点の指摘は出来ても、全容の解明は出来ない。とりわけ、既成の学問はこれら課題を生活の場で自治の問題として解決する「市民自治の視点」が根本的に欠落している。このため市民運動が提起する論点に回答が出来ない状況がつづいてきた。
国家学は「国家」を統治主体と擬制する。
自治体学は「市民」を自治主体と考える。
「市民」とは「規範人間型」であるから「市民」という規範人間型への自覚をもつ普通の人が「市民」である。「普通の人」とは「特権・身分をもつ特別な人ではない」という意味である。
「自治体学」は「国家統治を市民自治に」「中央集権を地方分権に」「行政支配を市民参加に」組み替える実践の学である。すなわち、歴史の一回生である実践を理論化し、理論が実践体験を普遍認識に至らせるのである。実践を理論化するから「規範概念」が重要になる。
「規範概念」とは、未来を目的に設定し現在を手段とする「政策型思考の動態的実践概念」である。事後的静止的な解説概念ではない。したがって、現状変革の意識が微弱であれば、「規範概念」の理解は困難である。例えば、80年代に流布した「行政の文化化」は規範概念である。行政の現状況に対する変革意識が薄弱であれば「行政の文化化」は意味不明の言葉になる。
同じように「市民」も「自治」も「規範概念」である。市民自治の実践体験が微弱であればその概念認識は漠然である。 

2 用語の始まり
 「自治体学」という言葉は、1978年開催の「地方の時代シンポ」で長洲一二(当時の神奈川県知事)が「ここにお集まりの皆さんで自治体学の学会のというようなものを創っていただければ‥」と挨拶したのがことばの最初である。
しかしながら、長洲の述べた自治体学会は「学者による学会」であり「自治体学」のイメージも具体性のあるものではなかった。
「自治体学」の内実は「自治体学会員」の研究と実践によって次第に形成されたのである。後述するように「自治体理論」「政策形成力」「市民自治制度」の深化と整備は自治体学会の設立がバネになって進展した。
自治体学会は「自治体政策研究交流会議」の場で提案され誕生した。
その「政策研究交流会議」は次のような経緯で開催された。
七十年代に公害問題と社会資本不足で都市地域に住民運動が激発し革新自治体が群生し革新市長会を結成した。革新市長会は政策情報を交流し1970年「都市づくり綱領」を作成した。革新自治体は「省庁政策の下請団体」から「地域独自の政策を実行する地方政府」への脱皮を目ざしていたのである。
このような情勢を背景に自治体職員の「自主研究グループ」が全国各地に叢
生した。そして、1984年5月、東京中野サンプラザで「自主研究グループ全国交流集会」を開催するに至った。
自治体職員の自主研究活動の広がりが「政策研究交流会議」を開催するに至る要因の一つであった。 
もう一つの要因は、「政策研究を時代の潮流にする」ためであった。
神奈川県は1978年に「公務研修所」を「自治総合研究センター」に改組して「研究部」を設けた。その研究部の「神奈川の韓国・朝鮮人の研究」が朝日新聞の論壇時評で「本年度の最高の成果」と評され「自治体の政策研究」が注目を集めた(注( )。
この動向を敏感に洞察した自治体首長が「政策研究の組織と体制」を自治体内に設けた。例えば、政策研究室(愛媛)、政策研究班(福井)の設置、シンクタンクの設立(静岡、埼玉)、地域の研究所や大学との連携(兵庫、三鷹市)、政策研究誌の発刊(神奈川、兵庫、徳島、埼玉)などである (注( ))。
このようにして、神奈川県の「研修所改革」が引き金になって「政策研究」が自治体の潮流になりつつあった。
ところが、本庁の課長は自分の所管業務に関する「職員の政策研究」を嫌った。知事のいないところで「若い職員が勝手な夢物語を描いている」と冷淡に言い放って水をさしていた。これが当時(一九八三年前後) の先進自治体の状況であった。
管理職が政策研究を忌避するこの状況を突き破るには、「全国交流会議」を開催して「政策研究が時代の潮流になっている」ことを内外に鮮明に印象づける必要があった。
一九八四年十月十八日、横浜港を眼下に眺望する神奈川県民ホール六階会議室で「自治体政策研究交流会議」を開催した。北海道から九州までの各地から一四〇団体・三五二人の自治体職員と市民と研究者が参加した。
この交流会議の場で「二つの動議」が提出された。
一つは「交流会議の継続開催」。他の一つは「自治体学会の設立」。
前者は「全国持ち回り開催」を確認して次回は埼玉で開くことが決まった。後者の「学会設立の提案」は、参会者全員が地域と職場で「学会設立の意義と可能性」の論議を起こし、その結論を次回埼玉会議に持ち寄ることを約定した。
このような経緯で「政策研究交流会議」から「自治体学会」が誕生したのである(注3)。
「自治体職員の政策研究」のエネルギーが自治体学会を設立させたのである。
 しかしながら、前述したように設立時には「自治体学」という専門の学問は存在しなかった。存在するのは国家を理論前提とする国家学であった。

3 学会設立時の定義
自治体学会設立の準備事務局を担当した神奈川県自治総合研究センターの研究部は、学会設立の発起人を全国に呼び掛けるために「自治体学の研究」に着手した。(以下の要約は、研究部長であった筆者が執筆した「自治体学の定義」の部分である。「自治体学に関する研究」の全文は神奈川県自治総合研究センターの「ホームページ」で「ダウンロード」できる)
自治体学とは、急激に変化しつつある地域社会から噴き出してくる「前例なき公共課題」を解明する実践の学である。したがって、自治体学に「完結した理論体系」を求めることはできない。また、自治体学は運動論的な側面を分かち難く包含する。
自治体学の内容は公共課題を解明することによって創造される学であるから自治体学は常に「仮定義」として理論構成することになるであろう。
かくして、自治体学を「自治体が国家中心の思想・科学から市民自治の思想・科学へと自立する学である」と定義した。
 
4 国家学と自治体学
国家学は「国家」を統治主体と擬制する。
自治体学は「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置する(1)。
歴史年表に学問弾圧の事件として記録される「天皇機関説事件」は美濃部達吉博士の「国家法人理論」である。「国家法人理論」はその頃の「正統理論」であった。しかしながら、「国家主権」と「国家法人論」は君主主権を偽装する理論である。
現在の憲法に国民主権を明記したので、現在の憲法学と政治学は「国家法人論」「国家主権論」を正面切って唱えなくなっている。けれども、今もなお理論の根底に「国家」「国家統治」の観念が強固に存在する注( )。
そして、昨今の(2005年以降の)改憲の動向は、「国家観念」の復古を促し、「国民・領土・統治権」を国家の構成要素であるとする「国家三要素説」が随所に顕在化する。「国民主権」を「国家主権」に巧みに置き換える論法は健在である。「国家観念」は「政府責任」を「国家責任」に巧妙に置換えて「政府責任の追及」を曖昧にはぐらかすのである。
例えば、イラクで三人の日本人が拘束されたときである。
アルジャジーラ放送が伝えた「現地の声明」は、「日本の人々には友情すらも感じている。だが貴方がたの政府のリーダーはアメリカのブッシュと手を組んで軍隊をイラクに出動させた。三日以内に撤退を始めなければ、拘束した三人を焼き殺す」であった。日本のテレビ各局は「アルジャジーラ放送」をそのまま報道した。肉親家族はもとより日本の人々は大いに驚愕した。ところが、翌朝のテレビは、「貴方がたの政府のリーダーは」の部分を「貴方がたの国は」と「見事に足並みそろえて」改竄した。「誰がそのようにさせたのか」そして「これは何を意味するのか」。
問題の所在は「国家責任」ではなく「政府責任」である。

5 国家法人理論と政府信託理論
 明治のとき、「Stete」を「国家」と翻訳した。しかしながら、「ステート」は「全国規模の政治・行政機構」の意味であって、今風に言えば「中央政府=セントラルガバメント」である。
本来の「ステート」の意味は「幽玄の国家」ではない。
「ことば」は「思考の道具」であるのだから、思考を明瞭にするには「概念」を明晰にしなくてはならない。
福田歓一(元・日本政治学会理事長)は、1985年パリにおいて開催された政治学世界会議での報告で「われわれ政治学者は国家という言葉を使うことを慎むべきである」「規模と射程に応じて、地方政府、地域政府、全国政府と使いわけるのがよい」「人類の政治秩序の諸概念を再構築することが切実に必要であると信じる者として、過度に十九世紀の用語にとらえられていることを告白しないではいられない」と述べた注(  )。
ところが、現在も政治家と官僚は「国家観念」を言説して、「政治主体である国民」を「国家統治の客体」に置き換える。これが「国家」を隠れ蓑にする「官僚統治の論理」である。「国家の観念」に「国民」を包含させる(国家三要素説)から、「国家責任」は「国民自身の責任」のようにもなって、国民の「政府責任」「官僚責任」追及の矛先がはぐらかすのである。 
国家法人理論は、「国民主権」と「国家主権」を曖昧に混同して「政府」と「国家」を混同させる。
国家学は「国家統治」の「国家法人理論」である。
自治体学は「市民自治」の「政府信託理論」である。 
政府信託理論は「市民」が「政府」をつくって(選出し構成して)、代表権限を信託すると考える。
代表民主制度の理論構成で重要なのは「政府責任の理論」「政府制御の理論」である。

6 「市民自治」の政府信託理論
(1) 市民は公共社会を管理するために政府(首長と議会)を選出して代表権限を信託する。信託は白紙委任ではない。政府の代表権限は信託された範囲内での権限である。
(2) 市民は政府の代表権限の運営を市民活動によって日常的に制御する。
住民投票は政府制御の一方式であって代表民主制度を否認するものではない。住民投票は政府の代表権限を正常な軌道に戻らせる市民の制御活動である。
(3) 市民は政府の代表権限の運営が信頼委託の範囲を著しく逸脱したときには信託解除権を発動する。信託解除権とは解職(リコール)または選挙である。