■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
松下圭一先生を偲ぶ会 9月27、札幌市
(カテゴリー: 追悼
 松下圭一先生をしのぶ会
松下先生は、北海道自治体学会、地方自治土曜講座、北海道地方自治研究所の研究学習の場に何度も来道してくださいました。
 松下先生を偲ぶ会を下記のとおり開催します。

 1 日時2015年9月27日(日) 午後1時~3時
 2 会場KKRホテル札幌5階丹頂の間
  札幌市中央区北4条西5丁目℡011-231-6711
 3 会費 6,000円(松下圭一『私の仕事―著述目録』含)
 4 申込先 北海道地方自治研究所の辻道(つじみち)
 メール mtsujimi@jichiro-hokkaido.gr.jp
 ファクス 地方自治研究所fax011-747-4667
9月18日(金)までにご連絡をお願いします。

(発起人代表)川村喜芳、神原勝、山内亮史、森 啓、
(発起人) 今川かおる、片山健也、桑原隆太郎、小林生吉
       小山裕、嶋田浩彦、辻道雅宣、渡辺克生
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松下圭一先生追悼文
(カテゴリー: 追悼
松下圭一先生追悼  (2015-8-29・吉祥寺第一ホテル)

  ―なぜ学者は松下理論を読まないのか-

1 NHKは、大河ドラマ「花 燃ゆ」で「松下村塾」にスポットライトをあてた。そのことは問題であるが、それはさておき、現在日本には二つの「松下村塾」がある。
一つは、松下幸之助の松下政経塾である。おびただしい議員の数である。だが、それらは、野田佳彦、高市早苗、前原誠二のような人達である。「国家統治」を信奉する人達である。
他の一つは、松下さんの話を聴いて著作を読んで「市民自治」を自身の思考の座標軸にする人々である。全国各地に多数の方々がいる。北海道にも多数いる。

2 1975年に岩波新書「市民自治の憲法理論」が刊行されたとき、学者は誰一人、反論できなかった。「松下ショック」と言われた。その新書の編集担当であった大塚さんの「松下圭一 日本を変える」のご本の第五章210頁に、そのことが記されている。 
そして今では、新聞も官僚も松下さんが造語した「自治」「分権」「市民参加」「自治体」などの用語を使っている。松下理論は普遍用語になっているのである。
 ところが、大学の講義は「国民主権」を「国家主権」と言換えて、国民を国家の被治者とする「国家学」である。憲法・行政法の教科書は「国家統治」であり「国家主権」であり「国家法人理論」である。
 松下理論に反論できない学者は「学会」をつくり「みんなで渡れば怖くない」と「国家に統治権あり」の講義を今も続けているのである。その講義で学んだ学生が毎年春に社会人になっている。 

3 学者は「松下理論の本を読まない」のである。「読まないことにしている」のである。
なぜであろうか。
1996年1月、札幌で『政策型思考と政治』の読書研究会を始めた。最初は70人の読書研究会であった。2年と9カ月で全ページを読了した。最終回の座談会に松下先生も出席して下さった。そして「論集・政策型思考と政治を読む」を刊行した。その論集の冒頭に「なぜ学者は松下さんの本を読まないのか」を書きました。
1995年から16年間続けた北海道自治土曜講座が目指したのは松下理論の習得であった。松下先生は講師として六回札幌に来て下さった。
2014年にその土曜講座を再開した。再開第一日目の午後の討論を「なぜ学者は松下さんの本を読まないのか」にした。
その内容を時事通信社の「地方行政」(2014年7月14日号)に掲載した。 

4 松下先生の追悼は、松下先生が60年間、創り続け言説し続けられた政策型思考を、多くの人々に知らせて、それが「理論と実践の指針」になることである、と思います。
松下理論の基礎概念は規範概念です。規範概念でありますから、「松下用語を知っている」だけでは「松下理論が分かった」にならない。「松下理論の用語」を「松下先生の叙述」でなぞるだけの解説は解説ではない。

5 本年五月から、札幌自由学校の市民講座で「民主主義の理論―松下圭一を読む」の講座を始めています。
十月から「成熟と洗練ー日本再構築ノート」の読書研究会を始めます。
追悼 松下圭一先生  -会報・さっぽろ自由学校「遊」7月号-
(カテゴリー: 追悼
追悼 松下圭一先生  
-会報・さっぽろ自由学校「遊」7月号-  

1 国会では、安倍普三がアメリカの戦争に加担するため、デタラメ答弁を繰り返し「憲法違反の戦争法案」を、国会会期を延長して、自民・公明の多数議席で強行採決しようとしている。これは、祖父岸信介の「安保条約の強行採決」と同じ「民主主義を蹂躙する」やり方である。
 沖縄では、辺野古に軍港と空港を兼ね備えた本格基地を、暴力的に(カメラに写らないときは殴り蹴りして) 建設工事を強行している。
 本土の人々は、沖縄の基地の苦しみに無関心である。日本政府は「基地の地位協定」の改定交渉を一度も行っていない。
 沖縄の人々は、自分達の「祖国復帰運動」は何であったのか、と今「沖縄の自己決定・沖縄独立」の声が起きている。  

2 政府も官僚も、防衛・外交の権限は「国家の権限」であると言う。国会議員も言う。学者の多くもそう思っている。人々も「国家の権限」だと思っている(思わせられている)。「国家」の観念は擬制である。明治憲法のとき伊藤博文がドイツから持ち帰ったコトバである。「ドイツ皇帝の専制支配を存続するための擬似理論」のコトバである。そして「国家三要素説」は二重概念の騙し説明である。

3 40年前(1975年)、松下さんは岩波新書「市民自治の憲法理論」で、民主主義の主人公は「市民」(=People=Citizen)である。民主主義は「国家が国民を統治する」ではない。「市民が政府を組織し制御し交代させる」である。政府の権限は市民が信託した権限である、と明快に述べた。この本が刊行されたとき、憲法学・行政法学・政治学の学者は誰一人も反論できなかった。当時「松下ショック」と言われた。 
 そして2003年刊行の「都市型社会の防衛論争」(公人の友社)で、「防衛権」も「外交権」も、本来は「市民の権利」である。政府の外交・防衛の権限は市民が信託した権限である。信託は信頼委託である。白紙委任ではないと明晰に論述した。

4 70年前(1946年)、「天皇主権の憲法」から「国民主権の憲法」に転換した。だが「国家統治の論理」は存続した。なぜであろうか。長い間、「国家統治」が正統学とされ「国家」に疑念を抱くことも厳しく禁圧された。だから、学者は「国家」「国家統治」「国家主権」の観念から脱することが出来なかった。
 
5 松下さんの「市民自治の理論」に反論できない学者は、「学会」をつくり「みんなで渡れば怖くない」と、「国民主権」を「国家主権」と言い換えて、「国家に統治権あり」と今も講義しているのである。その講義で学んだ学生が毎年春に社会人になっている。

6  「日本人の生命を危うく」し「国際社会での日本の信頼を低下させて」いる安倍政権の支持率が、急落しないのはなぜであろうか。メディアが萎縮し報道するべきことを報道していないからであろう。だが騙されるのは人々の思考力が劣化しているからである。今必要なのは、松下さんが55年に亘って創り続けた「市民自治の理論」である。
 自由学校「遊」の役割は、「思考の座標軸」を見定めて「考える力」を高めることにある。

  松下圭一先生は、2015年5月6日、85歳で逝去された。
  心からなる追悼は「松下理論」が多くの方々に伝わることで
  あると思う。
  本年5月から、さっぽろ自由学校「遊」で、講座「民主主義の
   理論・松下圭一を読む」を開講した。
  そして、北海道自治体学土曜講座も再開した。    (森 啓)
追悼・松下圭一先生
(カテゴリー: 追悼
   追悼・松下圭一先生

1 70年前(1945)、日本中が焼野原になり食べる物も無くなり、「二度と戦争はしない」と覚悟して憲法を定めた。その憲法を、安倍普三(自民・公明) が破り棄て「戦争をする国」にしようとしている。
 戦前は、「国家統治」に疑念を抱く者はキビシク禁圧された。そして文部省が「国家統治」を教えこんだ。だから今も、人々は心の奥底に「国家」「統治」「服従」が残っている。  
 憲法は「国民主権の民主主義」になったが「国家が国民を統治する」は変わらなかった。
いつの時代も、権力者は「コトバ」で人々を騙す。そして人々は騙され自分の命さえも奪われる。憲法は民主主義になったが、人々の心に「民主主義」は根付いていない。
 安倍普三の支持率が下落しないのはなぜか。考える力が劣弱になっているからだ。
 大学では今も、「国民主権」を「国家主権」と言い換えて「国家が統治権の主体である」と教えている。毎年、その教育を受けた学生が社会人になっている。

2 40年前(1975)、岩波新書「市民自治の憲法理論」(松下圭一) が刊行された。
 この本には、民主主義は「国家が市民を統治する」ではない。人々(市民=People=Citizen)が社会の主人公である。民主政治の主体は「国家」ではない「市民」である。民主主義は「国家統治」でなく「市民自治」である、と明快に叙述されていた。
 市民自治とは「市民が政府を選出し制御し交代させる」である。選挙は白紙委任ではない。選挙は「信頼委託契約」である。政府が逸脱するときは「信託契約」を解除する。これが国民主権である、と書かれていた。 
 この本が刊行されたとき、憲法学者も政治学者も誰も反論できなかった。「松下シヨック」と言われた。

3 松下圭一は、イギリス市民革命を理論化した「ジョン・ロック」を研究して、東大の学部在学中に、岩波書店から「市民政治理論の形成」を刊行した。
 「市民自治の憲法理論」、「日本の自治・分権」、「政治・行政の考え方」の編集担当であり、後に岩波書店の代表取締役社長を勤めた大塚信一氏は、2014年1月、松下の主要著作を全検証して「松下圭一日本を変える」(354頁)を刊行した。
  筆者は、北海道大学で5年、北海学園大学で10年、松下理論の基本書「政策型思考と政治」(東大出版会) を大学院でテキストにした。 

4 松下先生は、北海道自治土曜講座(1995年から16年間、継続開催)に、講師として6回札幌に来てくださった。北海道には松下理論に馴染んだ多数の市民と自治体職員がいる。
 NHKは、大河ドラマ「花燃ゆ」で吉田松陰の「松下村塾」に脚光を当てた。その意図を問題なしとはしないが、それはさておき、現在日本には「二つの松下村塾」がある。
 一つは松下幸之助の「松下政経塾」である。おびただしい議員の数である。だが、その議員は「国家統治」を信奉し推進する人達である。もう一つは、松下理論の「市民自治」に賛同し自身の「思考の座標軸」を見定める人々である。全国各地に多数の方々がいる。

5 松下圭一先生は、2015年5月6日、85歳で逝去された。
 心からなる追悼は、「松下理論」が多くの方々に伝わることであると思う。
 本年5月から、さっぽろ自由学校「遊」で、講座「民主主義の理論・松下圭一を読む」を開講した。そして、北海道自治体学土曜講座を再開した。 
                            森  啓