■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
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高橋はるみ北海道知事に「辞任を求める連名署名」の提出
(カテゴリー: 原発災害と自治体政策
 高橋はるみ北海道知事に「辞任を求める連名署名」の提出

「高橋はるみ知事に原子力ムラから住民票を移してもらい隊」の人達が、
「知事辞任を求める連名署名」と「署名書提出に伴う要望書」を、
 2013年3月29日14時、知事に提出する。

 筆者は下記の趣旨に賛同して当日の「要望書提出」に同席する。

 「高橋はるみ知事に原子力ムラから住民票を移してもらい隊」

 わたしたちは、高橋はるみ北海道知事の、北海道の未来のために全くならない現在の政策を改めていただくため、辞任もしくは政策転換をもとめる署名収集活動をしている市民団体です。これは法的効力のある正式なリコールではありませんが、原子力発電推進、災害ガレキ受け入れ推進、放射能を含む有価物の道内での焼却に対する無策など、北海道の環境と基幹産業、子どもたちの命と未来を主体的に守る意思を全く示さず、一貫して国任せ・業者任せの姿勢を取る知事に対する、一般市民の"No"の声を知事に届けるためのアクションです。
 現在最も強く願っていることの一つは泊原子力発電所の再稼働を防ぐことです。併せて、全国の原子力発電所の再稼働の中止・阻止にも、出来る限りご協力して行きたく思っています。ただいま、賛同人・賛同団体を募集しております。

 詳細は下記をご覧いただきたい。
 http://mamore.snowrabbit.org/
要望書URLは
 http://mamore.snowrabbit.org/PDF/130329youbousho.pdf

 論理整然の「要望書全文」をぜひお読み頂きたい。
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「原発のない社会をつくる」・公開討論会
(カテゴリー: 原発災害と自治体政策
  「原発のない社会をつくる」・公開討論会

日 時 2013年3月10日 午前10時~
場 所 苫小牧市民映画館(シネマトーラス) TEL37-8182
        苫小牧市本町2-1-11

論点提起
・島田恵 
  すべての命を未来に繋ぐ
   -映画-福島・六ヶ所『未来への伝言』
   プロモーションDVD「福島六ヶ所未来への伝言」(18分)

・森 啓 
  苫小牧市の「市民参加条例「住民投票条例」の問題点

会場討論


島田恵
1959年東京生まれ。写真雑誌社、スタジオ写真などを経てフリーの写真家に。1986年のチェルノブイリ原発事故後初めて六ヶ所村を訪れ、核燃問題で揺れる村に衝撃を受け取材を始める。1990年から2002年までは六ヶ所村に在住。あらたに映像分野で核燃問題を伝えようと、2011年から映画制作に乗り出す。第7回平和・共同ジャーナリスト基金賞受賞


主 催 苫小牧の自然を守る会(0144-34-2385)
     舘崎やよい
世界の人々から賞賛されているけれど
(カテゴリー: 原発災害と自治体政策
    日本人は賞賛されているけれど

 日本人は世界の人々から、災害に遭遇して「礼節であり」「秩序ある態度」であると賞賛されているが、日本人は賞賛に値するであろうか。

 NHKスペッシャルで山折哲雄(宗教学者)と荒俣宏(博物学者)が災害現地で惨状を眺めながら対談した。日本人が「怒らない」のは、総ては移ろい輪廻する「仏教的無常観」が根底にあるからだと語り合った。
 この対談に違和感を覚えた。そして問題であると思った。 

 「自然災害」と「利権災害」を混同してはならない。
「津波」は自然災害であるが、「原発災害」は利権災害である。
「利権災害への諦め」を無常観で説明してはならない。「この諦め」は幾世代もの歳月で堆積した「負け犬根性」の「処世術」であるのだから。

 すなわち、「長いものには巻かれろ」「お上には逆らえない」「何事も大勢順応で」の「世渡り術の諦め」である。その諦念は、「公共社会への参画意識」の劣弱さであるのだ。四年に一度の選挙も「どうせ何も変わらないのだから」とする諦めである。そしてまた、東大電子工学出身の人々が「原子力村に身を寄せ原発推進派になる精神構造」に共通する心性である。
 その心性を「無常観」で言説するのは「公共社会の認識無智」である。「利権災害」は宗教論ではない。政治理論の問題である。

「利権災害」を「自然災害」と意図的に混同するのは、電力会社に買収された「メディア」と「学者」と「政治家」である。その混同は「正当な怒りの心情」を「はぐらかせて抑える」ためである。
 石原都知事の記者会見も意図的混同である。荒俣・山折対談もこれと同根ではあるまいか。お二人を登場させたNHKスベッシャルの番組意図は何処にあったのであろうか。

 メディアは、石巻や気仙沼などの「無残なガレキの惨状」を盛んに報道するが、原発災害の惨状は報道しない。報道するのは災害を起こした東京電力の発表情報ばかりである。それは「都合の悪い情報」を隠し「事故を小さく見せる」情報である。

 石巻や気仙沼の「ガレキの惨状」は絵になるが、原発周辺地域の「長閑な田畑の風景」は映像になり難いであろう。だがしかし、報道するべきは、長閑に見える「無人風景」の不気味さである。「ガレキの惨状」よりも「無人の田園風景」を「不気味」「不条理」「あってはならぬ事態」と洞察するのが、報道関係者の職業感覚でなければなるまい。

 石巻や気仙沼では遅かれ早かれ復興が始まるが、放射能災害は「吾が家・吾が土地にも帰れぬ」無残で深刻な災害であるのだ。神奈川の足柄茶も静岡の名産茶もセシウム汚染で出荷できない。人体への被害は広範囲に進行しているのである。

 政府も東京電力も事故は「想定外の津波」で発生したと言う。だが真実は、津波到来の前に地震で配管が破損し気圧漏れが始まったのだ (広瀬隆「福島原発メルトダウン」朝日新書56頁)。
 NHK報道局は3月21日付文書で被災地の放送局長に「取材は政府の指示に従うように」と取材コントロールを発している (岩波「世界」7月号153頁)。メディアは肝心なことは報道しない。

 避難者は互いを思いやり、ボランティアは駆けつけ手を差し伸べる。その人倫的で礼節な行動は賞賛に値する。だが日本人の多くは「御用メディア」と「御用学者」にたやすく騙され、災害を社会公共の問題として解決する行動には連帯しない。七十年代には社会に純粋な熱気があった。革新団体の役員には自己犠牲をも厭わぬ献身があった。それらが今はない。

  政府とメディアに騙されて怒らない従順な日本人は賞賛に値しないのではあるまいか。
  

原発災害と自治体政策
(カテゴリー: 原発災害と自治体政策
  原発災害と自治体政策

 2011年4月28日に札幌で「福島原発」と「今回の選挙」を考える公開討論会を開催した。
 発生すれば手に負えない「原発災害」を未然に防ぐ自治体政策を討論するためである。
 主催は自治体政策研究所、市民自治を創る会、自由学校 「遊」、無防備平和のまちをつくる札幌市民の会

 討論項目
 1「官房長官と保安院」の説明、「東京電力」の記者会見、「切り込み質問」をしない記者、「テレビスタジオの学者」の解説態度、それらを眺めている有権者。

 2 アメリカ・韓国は「80キロメートル内に立ち入るな」、日本は「30キロメートル」の外に避難。
 事故は未だ収束せず「空中と海中」に放射性物質を放出し続けている。世界は大事件と見ているが日本人の現状認識はどの程度か。

 3 原子力発電所の「絶対安全」は何であったか。政府と学者とメディアは「安全」と言っていた。
 学校の教科書にも書かれている「安全神話」は如何にして作られたか。「原発マフィア」「原子村」とは何のことか。御用学者は存在するのか。原子力発電所の背後には莫大利権。現内閣の原発輸出政策―ヴェトナムで調印した。

 4 下請け企業の作業員を英雄的行動と称賛するが「危ういからイヤです」と断わることができるのか。
  無責任な設置をした東電幹部は東京の安全場所にいる。東電に事態収束の能力はあるのか。計測調査はなぜ「東電発表」だけなのか。

 5「外国から称賛される日本人」と「今回の選挙結果を出した有権者」は如何に相関するのか

 6 選挙運動中の「自粛」は何なのか。誰もオカシイと言わなかった。「ハッキリ考えず」「ハッキリ言わない」曖昧な吾々ではあるまいか。

 討論者
   山口 たか (市民自治を創る会)
   松井 豊 (民主党・北海道)
   原田優子 (札幌地域労組)
   谷百合子 (北海道電力と共に脱原発を目指す会)
   川村史子 (石狩風力発電を考える会)
 司 会 森 啓(自治体政策研究所)
   
討論内容は後日に記述する。

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