■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
市民議会への改革構想
(カテゴリー: 自治体議会
   市民議会への改革構想

自治体議会の現状
 選挙の翌日には、市民は陳情・請願の立場に逆転し、議員は「当選すればこっちのもの」と身勝手に言動する。議会は「不信の代名詞」になり議会不要論の声すらある。議会を市民の手に取り戻さなくてはならない。
曖昧な議会改革論
2010年1月28日、東京財団・主催の「ニセ議会基本条例を斬る」の討論で、パネリストの一人が基本条例の制定は「住民としっかり向き合って」と、見解を述べた。だがその「住民と向き合って」の意味は曖昧である。「住民と向き合って」ではなくて、「有権者投票の合意決裁」によって「市民の規範意識を高める」ことが重要である、となぜ明晰に言明しないのか。基本条例の制定権限は有権者市民にあるのだ。
 東京財団の「ニセ議会基本条例を斬る」のパネリストの方々は、「真正の論点」を認識していない。時流に乗った表皮的論議をしているように思える。
なぜそう思うか。「最高規範条例の担保力は有権者市民である」「市民自治とは市民の自治力が高まることである」。この規範論理が稀薄だからである。議会改革の論点はそのようなことではない。 
議会改革の論点
 自治体議会はあまりにも問題が多過ぎる。ところが、議員は「議会にさほど問題あり」とは思っていない。小手先の改革で議会批判を交わせると思っている。改革するべきは「因循姑息の議会慣例」である。議会改革の根本的な処方箋は旧態依然の議員を「総取替する」ことである

 議会改革の論点
 ・議員特権
 ・会派拘束
 ・議会構成
 ・議員員数
 ・政務調査費
 ・与党と野党

 
 
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自治体議会の改革
(カテゴリー: 自治体議会
  自治体議会の改革

 選挙の翌日から市民は「陳情・請願の立場」に逆転する。
 首長と議員は「白紙委任」の如く身勝手にふるまう。
 身勝手な代表権限の行使運営は「信託契約違反」である。
 選挙は代表権限の「信頼委託契約」であって「白紙委任」ではない。

  北海道議会では「質問と答弁」を事前にスリ合わせる「答弁調整」を本会議でも委員会でも続けており「まるで学芸会だ」と批判されている。
 北海道議会も札幌市議会も議員の年間収入は2000万円に近く「金額にふさわしい議員活動をしているのか」との市民の批判がある。

 行政への不信も根強く存在する。
 例えば、北海道庁も札幌市役所も課長以上の幹部職員は2年で異動する。「職務よりも昇進」の人事制度である。 腰を据えて職務に専念する人事制度になっていない。だが知事も市長もその状態を改めようとしていない。
 職員は「上役の意向」を忖度して仕事をするから「どちらを向いて仕事しているのか」との批判が根強くある。

 行政と議会に対する市民の不信は高まり、代表民主制度が形骸化して「議会不要論」の声さえも生じている。

 現在日本の問題は「考える力」が著しく衰弱していることである。思考力が劣弱であるから「社会の不公正」に怒りの感情が生じないのである。
 「自己保身の状況追随思考」が蔓延しているから「不公正」が罷り通るのである。

 例えば、2005 年の合併騒動のとき、「住民の考えを聴いてからにせよ」と全国各地で住民投票条例の署名運動が起きた。それは代表民主制度への不信の表明であった。しかるに議会はこれを否決し、住民投票が行われても 「開票せず焼却」した。
 合併是非の住民投票を「開票せずに焼却する」のは「代表民主制の根幹」の否認である。
 ところが、「自治分権」「財政自立」を唱えていた学者は「それもあり」と黙過した。
 
「間違っていること」を「間違っている」と発言をしなければ「批判的思考力」は衰弱する。
 「何たることか」の感情が生じないのは「思考の座標軸」定まっていないからである。
「議会不信」と「議員の言動」
(カテゴリー: 自治体議会
  「議会不信」と「議員の言動」

 本日は東北大災害一周年の3月11日である。

 1 地方議会は「不信の代名詞」
 世の中で一番「信用できない」のは「地方議会」であると言われ ている。
 そのため、議会不要論の声すらもある。
 議員は当選すると、所謂『議員』に化身する。
 即ち、白紙委任されたかの如く「身勝手な言動」になる。
 「市民の面前」と「議会内の言動」は異なる。
 すなわち、『議員』は「二足の草鞋思考」になる。
 それが「議会不信の原因」である。

 2 北海道自治体学会のML
 2012年3月7日、北海道自治体学会のMLに「代表民主制と議会不信」を考える情報として、下記の「MLメール」を転送した。

 > 泊1・2号機廃炉の紹介議員を道議会議員の小林郁子議員に お願いしていました。
 >「私は忙しいから、原発の事にかかわっていられません」と断っ て来たそうです。
 > 全道の市民45団体の申し入れです。
 > 石狩の友人たちが驚いて知らせてきました。
 > 原発の事に係わっていられない道議会議員の仕事とは他に何があるのでしょうか?

 3 なぜ、実名のままで転送したか。
  北海道議会議員は特権を有する公的立場である。
  その言動には公共責任が伴う。
  もとより、議員の「私的言動」は保護され尊重されなければならない。
 しかしながら、今回の小林道議の「請願紹介に係る言動」は「私的言動」ではない。市民の「請願紹介」の依頼 を「忙しいから」と断わり、断わられた市民団体の人々は「呆気にとられ、ビックリし、怒っている」のである。であるから、公共的批判が為されるは致し方なき仕儀である。
 匿名にすべきではないと考えた。

 4 当事者から「情景と経緯」聴いた
  筆者は、3月11日に、札幌市内の映画館・シアターキノの「原発映画祭」で偶然、小林道議に「請願紹介を断られた」当事者の石狩の方と出会った。
 映画の後、断わられたときの「情景と経緯」を詳しく聴いた。
 断わられた市民が「呆気にとられ、ビックリし、怒っている」のは真実である。
 小林道議は「事実にないことを書かれて、私も驚いており、議員としての活動に支障も出ますので困っています」と、MLに書いている。
 しかしながら、メールの内容は真実である。

  5 筆者も同じような体験をした
   沖縄の市民団体から、本州(ヤマト)の議会で「普天間基地返還・沖縄米軍基地撤去」を論議して貰いたいとの要請があって、市民の方と一緒に小林道議に請願紹介を依頼した。
 (道議会は「陳情」と「請願」で取り扱いに大きな違いがある) 
  そのとき、理由も言わずに断わられた。小林道議に失望した。

   2011年7月、道立市民活動支援センター(道庁別館西棟)が、突然「縮小移転」と通告された。利用団体、市民グループは困惑した。


 同センターの所在が中央区であったので、中央区選出の小林道議に「担当部長との面談」の斡旋を依頼した。
 そのとき、曖昧な言い方に終始して「協力します」とは言わない。
 そして何もしなかった。その不誠実さに大いに失望した。

  福島原発の水素爆発で、泊原発プルサーマル3号機への不 安が高まった。泊周辺市町村の女性がバスに分乗して知事との面談を求めて道庁に集結した。そのときも小林道議は姿を見せなかった。

  泊原発の危険・不安が高まり札幌市内の各所で「討論集会や街頭デモ」が何度も開催された。だが、そこに小林道議の姿はない。
 筆者が所属するNPO団体が主催した「原発問題と自治体議員」の討論集会に、小林道議の自宅に「ハガキ」で出席を要請したが姿を見せなかった。

 6 「事実でないことを書かれた」
 小林道議は「自治体学会のML」に「私は、原発は道政上重要な課題だと思っていますので、道議になってから議会で何回か取り上げています」と書いて「転送メール」は「事実でないことを書いている」と批判した。
 しかしながら、「転送メールの事実」は、
①「忙しいからと断わった」
②「その断わり方に市民がビックリして怒った」である。
「道議会で質疑をやっていない」ではない。

 7 答弁調整の北海道議会
  ところで、その議会での質疑であるが、北海道議会は、全国にも有名な「答弁調整の議会」である。すなわち、「質問と答弁」を事前に「文章ですり合わせる」のである。
 高橋はるみ知事は「泊3号機のプルサーマル」の「運転を承認したい」知事である。殆どの人々そのように見ているのだ。その知事との「質問・答弁」を擦り合わせての「質疑」である。
 すなわち、エネルギー政策の「抽象的な質問」と「原則的な言い回し答弁」である。その質疑に如何ほどの意味があるというのか。
 知事も小林道議も「心底から原発の危険」を考えていないのである。 
 小林道議がこれまでに「答弁調整の議会慣行」や「会派拘束で議員の自由な評決権を妨げている」ことを、少しでも改めようとしたことがあったのか。
 何もしていないと断じたい。

 8 小林道議のあり様
  市民派を標榜しながら市民と連携せず信頼されない。
 いちばん良くないのは「市民派を名乗りながら、市民の信頼を裏切る議員」である。小林道議はその典型的な議員であると思う。
  であるから、実名のまま「メールを転送した」のである。

議会改革の論点
(カテゴリー: 自治体議会
 議会改革の論点

 自治体議会はあまりにも旧態以前で問題が多過ぎる。だが殆どの議員は「議会にさほどの問題あり」とは思っていない。小手先改革で議会批判をかわせると思っている。そのような認識水準の議員が議会基本条例の制定を競い合っているのである。そしてそれを、学者は一歩前進であると評価し協力しているのである。これが現状である。
議会改革とは端的に言えば「旧態依然の議員」を総取替することである。
しかしそれは、住民自身が「目先利益の住民」から「公共性の意識で行動する市民」へと自己を成熟させねばならぬ。

(1)議員特権
 議員は当選したその日から普通の市民とは「異なる世界」の人になる。新人議員も「特権の渦中」に自ら没入して次第に『議員』に化身する。議員になる前には「改めるべきだ」と言っていた「議会改革の問題点」も「二枚舌の思考回路」で正当化し弁護するようになる。初心を堅持する議員も存在するが例外的少数である。大抵の議員は有形無形の不利益・圧力に妥協して『議員』になる。議員になってみれば分かることであるが、積年の慣例・慣行の特権が『議員』に化身させるのである。

(2)会派拘束
 会派害悪の第一は「会派決定で議員の評決行動を拘束する」ことである。会派とは、議長・副議長・常任委員長などの役職配分を得るための「集まり」である。「政策会派」とは名ばかりで、その実態は「便宜と利害」である。
評決権は議員固有の権利であり責務であるのだ。「会派決定による評決権拘束」は議会改革の第一番目の論点である。しかるに議員も学者も、基本条例に否認規定を定める論議をしない。議会改革の急所が見えていないからである。

(3)議会構成
 現在日本の殆どの議会は高齢男性議員である。家計を担う子育中の年代の人は、議会開催が平日であるから当選しても議員は勤まらない。
自治体議会は性別も職業も年齢も地域を代表していない。住民代表議会と言えない実態である。議会開催日を平日夕刻と休日にすれば普通の人が立候補して議員になれる。家計収入の働きをした後の時間で議員活動が出来る制度に改めれば良い。議会で決議すれば出来るのだが議員が改めない。特権を守るためである。
女性議員も極めて少ない。この問題は、女性の有権者が (暫くの間は) 女性候補者に全員が投票すれば、ダントツで当選して次の選挙に女性候補者が増えて再び全員が上位当選して (フィンランド議会やルワンダ議会のように) 半数は女性議員にすることができる問題である。

(4) 議員員数
 全国的に「痛みを共にして」の言い方で、議会が議員定数を減らしているが、「議員の数を減らす」のではなく「議会不信と議員特権を改める」ことである。議員の数が減るのを喜ぶのは首長と幹部職員である。定数減は議会の監視力を弱めるのだ。監視力低下のツケは住民に還ってくる。
 住民が定数減に賛同するのは議会不信が根底にあるからだが、それは浅慮である。経費のことを言うのならば議員報酬を日当制に改めることだ。
 北海道議会は定数106名で札幌市内選出の道会議員は28名である。「政令市は府県並の権限だから、札幌市域は各区1人でよい」「人口割定数に合理性はないのだ」
 現代は「NPO活動の市民感覚」が「議員特権の議員感覚」を超えている社会である。市民感覚のあるアマチュア議員でよいではないか。

(5) 政務調査費
 政務調査費は実費なのだから、全員に同じ額を前渡しするのは「公金詐欺取得」になる。現に裁判になっている。調査活動の実費が必要であるのならば、現在の全額前渡しのやり方をやめて、事後に証票を添付して請求する制度に改めることである。なぜ、その改正に議員は反対をするのか。事後請求を「面倒だ」などの理由で賛成を拒むのは公金への感覚麻痺である。

(6) 与党と野党
 中央政治の政党系列を自治体議会に持ち込むのは間違いである。自治体議会は議院内閣制の国会とは制度原理が異なるのだ。自治体は二元代表制の機関対立制度であるから、自治体議会に与党・野党が存在してはならない。議会の全体が執行部と向かい合うのが自治体議会である。「与党だから批判質問はしない」というのは、制度無智であり有権者への背信である。オール与党のなれ合いも感情的対立も議会制度の自殺行為である。機関対立を意図的に誤認して「独りよがり」の議会基本条例の制定が広がっている。異常な事態の流行である。

(7)議会改革と基本条例
 基本条例にはこのようなことを明記するのだ。だが特権に胡坐する「首長と議員」が制定するのだから明記する筈がない。学者はなぜ「首長と議会で制定してよい」と言うのか。最近は学者も「制定に市民参加を」と言う。だが具体手法は述べない。言葉だけの「市民参加」である。不誠実で狡猾である。
自治体議会の改革
(カテゴリー: 自治体議会
 曖昧な議会改革論

「議会改革」が論点になったのは栗山町議会基本条例の功績であるのだが、何ら実質を改めない議会基本条例が大流行しているのは、栗山町議会基本条例の根本的欠陥に原因がある。(栗山町議会基本条例の根本的欠陥は2010-9-21のフログで述べた)
 東京財団・主催の「ニセ議会基本条例を斬る」の討論 (2010-1-28) で、前・栗山町議会事務局長の中尾氏は「住民としっかり向き合って」と述べた。だが中尾氏の「住民と向き合って」の意味は曖昧である。「住民と向き合って」ではなくて、「有権者投票の合意決裁」によって「市民の規範意識を高める」ことが重要である、となぜ明晰に言明しないのか。基本条例の制定権限は有権者市民にあるのだから。
 同日の討論では「制定過程に市民の参加を図る」との政策提言を掲げたが、どのような市民参加であるかは述べない。言葉だけの「市民参加」である。
 当日の「ニセ議会基本条例を斬る」の論客は、議会改革の「急所」を認識せず、時流に乗った表皮的論議をしているように思える。なぜそう思うか。
「最高規範条例の担保力は有権者市民である」「市民自治とは市民の自治力が高まることである」の論理認識が希薄だからだ。
 (財)明るい選挙推進協会の「会報316号(2011-1-24)」も「地方議会改革」を特集している。だがそこには、「議会報告会」や「反問権」の有無を、議会改革の先進事例として紹介している。しかし「議会報告会」や「反問権」は、目新しさが薄れて現在どういうことになっているか、を検証すべきである。
 議会改革の論点はこのようなことではない。(議会改革の論点はこのブログに後日述べる)
自治体議会の改革
(カテゴリー: 自治体議会
  自治体議会の改革           

 全国各地で議会改革が問題になっている。
 北海道自治体学会は本年10月16日、七飯町で「地域フォーラム」を開催する。その分科会テーマは「議会改革」である。筆者も根室市議会の議会改革特別委員会に招かれた。千葉県東金市議会の議会改革の勉強会の講師も依頼された。議会に対する住民不信は極度に高まっており議会不要論の声すらある。
 鹿児島の阿久根市、北海道の森町では、このような住民の議会不信に迎合して、首長が議会と対立して騒動を起こしている。 
 現在、自治体議会の改革問題は正念場にある。なぜ正念場なのか。あまりにも旧態依然であり問題が多過ぎるからである。ところが、殆ど全ての議員は議会にさほどの問題ありとは思っていない。小手先改革で議会批判をかわせると思っている。そのことが問題の深刻さを物語るのである。 

1 議員の特権
 議員は当選したその日から普通の市民と異なる世界の人になる。新人議員も「特権の渦中」に自ら没入して次第に『議員』に化身する。議員になる前には「改めるべきだ」と言っていた「議会改革の問題点」も「二枚舌の思考回路」で正当化し弁護するようになる。
すなわち『議員』に変身するのである。初心を堅持する議員も存在する。だが例外的少数である。そして大抵の議員は有形無形の不利益・圧力にいつしか妥協して『議員』になる。なぜ化身し変身するのか。議員になってみれば分かることであるが、積年の慣例・慣行が形成してきた「議員特権」が為せる業である。
であるから、自治体に「職業議員 (議員を稼業とする人) は必要なのか」の問題が提出されている。(殆ど何も活動していない議員が二千万円近い年所得を得ているのは妥当なのかの疑問である)

2 議会の構成
 殆どの議会は高齢の男性議員である。女性議員は極めて少ない。
 {この問題は、女性の有権者が (暫くの間は) 女性候補者に全員が投票すれば、ダントツで当選して次の選挙に女性候補者が増えて再び全員が上位当選して (フィンランド議会やルワンダ議会のように) 半数は女性議員にすることができる問題である}
 家計を担う子育中の年代の人は、議会開催が平日であるから、当選しても議員は勤まらない。現在の自治体議会は性別も職業も年齢も地域を代表していない。住民代表議会とは言えないのが実態である。
普通の人が立候補して議員になれるには議会開催を夕刻と休日にすれば良い。家計収入の働きをした後の時間で議員活動が出来る制度に改めれば良いのだ。議会で決議すれば出来るのだ。ところが現在の議員が自分たちの特権を守るために改めないのである。

3 議員の員数  
 議員の定数減を喜ぶのは誰か。首長と幹部職員である。定数減は議会の監視力を弱める。そのツケは住民に還ってくる。住民が定数減に賛同するのは浅慮である。むしろ議員の数を増やして報酬を日当制にする。
政務調査費は「公金詐欺取得」になる「全員同額前渡し」をやめて「証票添付の事後請求の制度」に改める。
まちを愛する普通の市民が議員になるのが良い。旧態依然の議員を総取替するのが議会改革である。
それには、住民自身が「目先利益の住民」から「公共性の意識で行動する市民」へと自己を成熟させねばならぬ。
 
4 与党と野党
 自治体は二元代表制の「機関対立制度」であるから、自治体議会に与党・野党が在ってはならない。議会の全体が執行部と向かい合うのが自治体議会の制度原理である。「与党だから批判質問はしない」というのは、その議員に投票した有権者への背信行為であり自治体議会の制度無智である。「オール与党の馴合い」は議会の自殺行為である。
 
5 議会の会派
 議会の会派とは何か。議長、副議長、常任委員長などの役職配分を得るための「集まり」である。「政策会派」とは名ばかりで実態は「便宜と利害」の集まりである。会派の害悪は会派決定で議員の評決行動を拘束することである。議員の評決権は議員固有の権利であり責務であるのだ。
議員はそれぞれが選挙で所見を披歴し有権者と信託契約を結んだのである。
会派決定に縛られる議員は有権者に対する背信である。会派を超えて議案ごとに連携し評決するのが議員本来の責務である。
中央政治の政党系列を自治体議会に持ち込むのは間違いである。自治体議会は議院内閣制の国会とは制度原理が異なるのである。
会派決定を自己の評決権の上位に置く議員は失格議員である。

6 議会の慣例
 諸悪の根源は因循姑息の議会慣例にある。先例・慣例が議会不信の根源である。今や自治体議会は「不信」の代名詞になっている。議会ほど信用されていないものはないと言われている。議会運営が因循姑息の慣例で不透明だからである。
北方領土と沖縄米軍基地
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 北方領土と沖縄米軍基地

 根室市議会の勉強会に招かれた。
根室市議会は、市民から「議員数を減らすべきだ」の提言があって議会改革特別委員会を設けた。その勉強会の講師である。

1 自治体議会の改革論議が流行のように行われている。良いことである。だが「法律制度を前提」にした改革論が殆どである。「改革するべきは何か」を見据えていない改革論議である。そのように思える。そこで、議会改革の論点整理をする良い機会だと考え講演を応諾した。

2 丘珠空港から中標津までの機内で「あまりキビシイ論点」には触れないのがよいのではと思った。レジュメ は既に送付してあるのだが、「会派は議長などの役職を確保するためのものだ」「会派決定に拘束される議員の評決行動は有権者への背信である」「そのような議会のあり方への不信が市民の定数減の要求なのだ」「日本列島で一番信頼されていないのが地方議会である」などのことは、「反感を招来する」だけではあるまいか、とふと思った。
 だがしかし、それでは何のために遠く根室にまで出かけるのか、反発を避けて「当たり障りのないハナシ」をするのは背信である。「議会改革」を語る資格はないと直ちに思い返した。

3 札幌丘珠から50分。根室市内までさらに車で1時間40分、湿原を眺めながら議会事務局の方から「市民と議会」の情報を聴取した。勉強会は午後である。北方四島交流センターを見学した。歯舞島・色丹島は目の前にある。根室の人々には父祖が住んだ島の返還は切実であると思った。
 最近「島に公共施設の建設が始まっている」との説明を聞いて「ロシアは返還しない心算だな」と感じた。
 午後の勉強会の会場には議員だけでなく市民も市職員も集まっていた。根室新聞、釧路新聞、北海道新聞の記者もいた。
議会改革の論点を率直に述べた。(翌日の新聞に写真付きで報じられた)

4 夕刻、議員の方々との懇談の場が設けられた。「北海道限定のビール」と「地元産の海の幸」はとても美味であった。
 所見を交わす懇談の場である。「午前の見学で思ったこと」を述べた。
「北方領土の返還をロシアに求めること」と「沖縄の米軍基地撤去をアメリカに求めること」とは同列の問題である。共に「無謀で愚かな大東亜戦争の結末」である。65年の間、解決されずに続いている戦後処理の問題である。「根室の方々」と「沖縄の方々」の苦しみは同根である。手を携え連帯するべきである。沖縄に米軍基地があり根室に三沢基地のレーダー施設があって「四島返還は悲願である」の言い方がロシアに通用するであろうか。先ずは沖縄の方々と連帯をすべきであろう。

5 そこで、根室市議会の名で「根室市民は万感の思いをこめて沖縄の皆さんの基地撤去運動に連帯の意思を表明します」と「連帯メッセージ」を送られては如何ですか。「日本の北東端」から「日本の南西端」への「連帯メッセージ」は、「返還の悲願」と「基地の危険」を他人事のように思っている日本の人々に届くでしょう。世界の人々の共感を得ることにもなるでしょう。そして、根室市民と根室市議会の評価を高めることにもなるでありましょう、と述べた。

6 「賛同の気配」が「一期一会の場」に広がり始めた。「メッセージの文案を書いてくれませんか」と発言する議員もいた。
 だが、短い時間でその「賛同の気配」は消失した。議員の方々は平素の現状維持的安定の常識的感覚に立ち戻った。 現状を越えるには、一歩踏み出し自身の壁を突き破らなくてはならないのだけれども……
「心に響いたもの」が誕生する「歴史的場面」は去った。
自治体議員の政務調査費
(カテゴリー: 自治体議会
自治体議員の政務調査費

1 これまで屡々、法廷で政務調査費の不正使用が明らかとなり還付がなされた。
即ちそれは、公金の不正取得である。有権者の政務調査費に対する不信感は大きい。
 ところが、議員は、議員活動に政務調査費を必要不可欠であると主張する。
 普通の人であった市民が、議員に当選し議会に入ったその日から、次第に「議員」に化身する。つまり「議員特有の感覚・価値観・論理」の持ち主になる。「市民感覚」と「議員の神経・心理」のズレ(ギャップ)が、即ち今日の「政務調査費問題」である。

2 例えば、都府県議会と市議会と町村議会で「政務調査費の金額」に大きな格差がある。議員報酬とは別の政務調査費である。政務調査費は実費補填である。政務調査活動の「費用の違い」を合理的に説明できるであろうか。自治体規模で費用にこれほどの差があるとは到底言えないであろう。

3 現在の制度は全議員に同額の政務調査費を前渡しして、事後に使途・費用を報告する制度運用である。全議員が毎月・毎期、同額費用の政務調査活動を行っているであろうか。残余額の返済事例は稀有である。
殆ど調査活動などは行わない「古参・長老」の議員も存在するではないか。現在の「政務調査費制度」は架空と擬制の制度である。議員の方々はこの疑念を払拭できないのではあるまいか。しかるに議員の多くは、政務調査費は必要だと主張する。

4 ならば、使途明細と領収書などの証票を添付し「事後に請求する制度」に改めることである。全議員に「同額・前渡し」をするから「全額使いました」の不正報告(の誘惑)になるのである。
疑念を払拭するために、議会への市民の信頼を回復するためにも、請求した金額の「使途と証票」を公募市民が精査する市民参画の制度を採用するべきであろう。
その改正に賛同しない議員は「言っていること」と「考えていること」を違える「信用できない議員」である。