■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
2015-北海道自治体学土曜講座
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
  2015-北海道自治体学土曜講座

第1回 6月6日(土)
貧困・格差のないまちを創るために、今、自治体でできることは
 川村 雅則(北海学園大学経済学部教授)
 中囿 桐代(北海学園大学経済学部教授)  
 鈴木 一(札幌地域労組副委員長)
 佐藤 宏和(北海道生活と健康を守る会連合会副会長)

第2回 6月20日(土)
メディアの現状―日本の民主主義
 永田 浩三(元NHK番組ディレクター/武蔵大学教授)
 菅原 淳(北海道新聞編集局解説委員)
 徃住 嘉文(日本ジャーナリスト会議)
 林 炳澤(イムピョンテク・自由学校「遊」共同代表)
 森 啓(北海学園大学開発研究所特別研究員)

第3回 7月25日(土)
NIMBY(迷惑施設)問題は解決できるか?
 押谷 一(酪農学園大学教授)
 片山 健也(ニセコ町長) 
 神沼公三郎(北大名誉教授)
 小坂 直人(北海学園大学開発研究所長・経済学部教授)

第4回 9月12日(土)
自治体議会を考える ~議会・議員の権能・責務とは~
 森 啓(北海学園大学開発研究所特別研究員)
 渡辺 三省(NPO法人公共政策研究所理事) 
 神原 勝(北海道大学名誉教授)
 久保あつこ(旭川市議会議員) 
 菅原 文子(南幌町議会議員) 他(交渉中)

第5回 10月24日(土)
男女平等社会をはばむ「壁」を越えるには 〜女性の視点から〜
 妙木 忍(社会学者/北海道大学留学生センター特任助教) 
 下郷 沙季(札幌学生ユニオン共同代表)
 藤根 美穂(岩見沢市立総合病院小児科医師) 
 中村由美子(北海道女性農業者ネットワーク事務局長)
 宮下裕美子(月形町議会議員)

会 場 北海学園大学34番教室(札幌市豊平区旭町4 丁目1-40)
メール jichi_doyokoza2015@yahoo.co.jp
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北海道自治体学土曜講座
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
  
     北海道自治体学土曜講座

本講座は3年前に幕を閉じた「北海道地方自治土曜講座」の意志を引き継ぎ、自治体学の理論と実践の創造を目指して開催する。

主催:北海道自治体学土曜講座実行委員会
後援:北海学園大学開発研究所・北海道自治体学会
日 程 2014年5月-10月(5回) 10時-16時
会 場 北海学園大学5号館60番教室

第1回 5月31日(土)
  テーマ 自治体学とはどのような学か
  自治体とは「行政機構」のことではない。市民が首長と議員を選んで期限を定めて代表権限を信託するのである。
  自治体の主人公は市民である。これが自治体学の信託理論である。ところが、自治体学会が設立され28年が経過しているにも拘わらず、「自治体学とは何か」の概念認識が自治体学会員にも十分でない。市民にも了解されていない。
  それは、「国家を統治権の主体と擬制する国家学}が、長い間大学で教えられてきたからである。そして今も大学では「国家統治の国家学」を教えているのである。
  本講では「国家に統治権ありの説明」が間違いであることを、具体場面で具体事例に即して検証し、自治体学とはどのような学であるか、を解明する。
    論点提起 森 啓(北海学園開発研究所特別研究員)
    討論者   廣瀬克哉(自治体学会代表運営委員)
           土山希美枝(龍谷大学政策学部准教授)
           神原勝( 北海道大学名誉教授 ) 
           宮下裕美子(月形町議会議員)
     
第2回 6月28日(土)
  テーマ 終焉から創造へ~自治体存立の根幹としての「自治を創る学び」~
   講師・討論者 内田和浩(北海学園大学経済学部教授)
            斎藤仁史(前・浦河町立図書館司書)
            菊池一春(訓子府町長)
            小泉雅弘(さっぽろ自由学校「遊」事務局長)


第3回 7月19日(土)
  テーマ 北海道の原発問題
    論点提起  小坂直人(北海学園大学開発研究所長)
    論点提起  川越英雄(函館市総務部長)
    討論者   小田 清 (北海学園大学経済学部教授)
            山口 たか (市民自治を創る会)
            市民     (折衝中)   

第4回 9月27日(土)
  テーマ 代表民主制の形骸化
    論点提起   神原 勝(北海道大学名誉教授)
    討論者   西科 純(芽室町議会事務局長)
            石井吉春(北海道大学教授)
            松山哲男(登別市議会議員)

第5回 10月25日(土)
  テーマ 市町村合併は何であったのか
 総務省主導で2005年に市町村合併が促進された。交付税削減の兵糧攻めで「合併やむなし」になり、3.200の市町村が1.800に激減した。このとき、北海道町村会は「上からの合併促進」を批判し、北海道の地域事情を根拠に「面積要素」をも考慮すべきであると主張した。それらのとき、北海道庁の役割は何であったか、地方制度調査会(西尾発言)の役割は何であったか、住民投票条例の署名運動と50%条項の援用、中標津町・南幌町・石狩市の住民投票の事例を検証して、「合併した地域」「合併しなかった自治体」の現在の問題を考察する。
    論点提起  森 啓(北海学園開発研究所特別研究員)
    討論者   北 良二 (奈井江町長)
            山下英二 (大空町長)
             (議員 交渉中)
            小林生吉 (中頓別町)
            道林 実 (市民)

参加費  一回 1.000円  学生は無料
参加申込  メールで申込む Jichi.doyokoza@gmail.com
     (当日申込・参加も可)

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自治体理論の実践ー北海道土曜講座の16年
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
 刊行「自治体理論の実践―北海道土曜講座の16年」

「北海道土曜講座の16年を顧みる」を公人の友社から刊行した。
 本書は「北海道土曜講座の16年」は何であったか、を顧みる書である。土曜講座の役割が終わった訳ではない。解明するべき自治体課題は次々と生起する。市民自治の実践理論の研鑽と行政の責任回避の構造究明が終わる訳はないのである。

 土曜講座が目指したのは「自治体理論の習得」であった。
 理論には「説明理論」と「実践理論」の二つがある。
 説明理論は事象を事後的に客観的実証的に分析して説明する認識理論である。
 実践理論は現在の課題を未来に向かって解決する理論である。「課題は何か・如何なる方策で解決するか」を考えるには「経験的直観」が不可欠である。経験的直観は一歩前に出る実践によって得られる。自己保身の状況追随思考では経験的直観は身に付かない。実践理論は歴史の一回性である実践を普遍認識に至らしめる理論である。

「知っている」と「分かっている」は同じでない。
 その相違は、困難を覚悟して一歩前に出た「実践体験の有無」にある。自治体理論にも同様の問題が存在する。

 本書は三部構成になっている。
 第一部は、自治体改革をめざす土曜講座第二幕を展望する論述である。
すなわち、都市型社会の構造特性を明示し2000年代の自治体改革の基本論点を提示し、次いで自治体改革の課題と解決方策を見究めるには実践理論が重要であることを論証し、土曜講座16年間の経過を詳細に検証した。それは講座の第二幕を展望するためである。
 
 第二部は、講師を務めて下さった先生方、講座を報道して下さった記者の方々、裏方として運営事務を担ったスタッフ、そして受講者の方々による土曜講座への「愛着と感慨」の文章である。

 第三部は資料である。
 新聞等に報道された記事、全91回の講座のタイトルと講師一覧、実行委員とスタッフの一覧である。詳細に記録したのは自治体理論の研鑽習得をめざす自治講座が北海道のみならず全国各地で再び開講することを希求するためである。

(主要な内容)
 2000年代の自治体改革にむけて 松下圭一
 自治体学の実践論理        森  啓
 地方自治土曜講座・16年を振り返る 川村喜芳
 市民の自治力は学習で培われる 宮本憲一





土曜講座を顧みて
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
 土曜講座を顧みて

土曜講座は何を目指したか
土曜講座が目指したのは受講者それぞれが「自分の見解」をもつことである。
「自身の思考力」を高めることである。
土曜講座は「知識習得」の場ではない。講師の話を丸ごと受容するのではない。講師の話は「思考の座標軸」を確かなものにするためである。
  
 土曜講座の成果
第一の成果は「受講者がお互いに知り合った」ことである。
 土曜講座の受講者は職場でも地域でも少数者であった。問題意識を有するが故に「何とかしなくては」と思い、発言し行動して評価されず、ときには「切ない思い」もしていたのである。
 その受講者が、満席の会場で熱気を体感し隣席と言葉を交し名乗り合い、問題意識を共有し知己となった。
土曜講座の当初のころは「講師を囲む」交流懇談会を盛んに開催した。全員の「一分スピーチ」を毎回行った。自分と同じ考えの人が「これほど沢山いるのだ」を実感した。
 北海道は地域が広すぎるので、他の地域の人と言葉を交わす機会は少なかった。土曜講座で知り合い語り合って「仲間の輪」が北海道の全域に広がった。何かあれば連絡し合える「親密な仲間の輪」である。活力は地域から生まれる。
「知り合った」ことが土曜講座の第一の成果であろう。

成果の第二は、「話す言葉」「考える用語」が変わったことである。
 「地方公共団体」が「自治体」に変わり、「地方公務員」が「自治体職員」に変わった。これまで使わなかった「自治体政策」「政策自立」「地方政府」「政府信託」などの「用語」で考えるようになった。
 「言葉・用語」は思考の道具である。「言葉が変わる」ことは「思考の座標軸」が変わり、「発想」と「論理」が変わることである。
 「地方公務員」から「自治体職員」への用語変化は「職業意識」「職業倫理観」をも変化させる。「国家統治」から「市民自治」への論理に共感するようになる。「中央が地方の上位」と思っていた(思わせられていた)長い間の思考習慣からの離脱が始まったのである。かくして北海道の各地に「目先の問題」を「未来への時間軸」で考える主体が成熟した。土曜講座第二の成果である。

第三は、116冊のブックレットを刊行したことである。
 講座での感銘は時間の経過と共に薄れる。ブックレットにしたことで感動が甦る。講義を刊行物にするのは手間のかかることであったが、受講しなかった人にも講座内容を伝えることができた。㈱公人の友社から刊行して全国の書店に出回り、自治体関係者の間で北海道土曜講座が話題になった。評価も高まった。
 例えば、講師依頼のときには「やっと私に話が来た」と言って快諾して下さるようになった。大学院のゼミでも教材に使われた。
 116冊のタイトルを総覧すれば「自治体課題の変遷」を知ることができる。

2010年・北海道自治土曜講座(二日目)の論点
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
 
   2010年・北海道自治土曜講座 (二日目) の論点
           2010-9-13 (補筆)   

 午前は、松下圭一教授が「市民自治の理論」を、筆者は「自治体学の実践論理」の講義をした。午後は「自治体改革を検証する」の討論であった。
 筆者は冒頭で「今朝、ここに来る前に『新自治体学入門』(時事通信社)の第四章 (市民自治基本条例) をあらためて読み直しました」と述べた。
 そして「どこも手直しするところはないと思いました」「皆さんも読んでみてください」と話を始めた。主題である「自治体学の実践論理」の論点を明示するためである。

1 流行現象の基本条例
 北海道自治土曜講座の二日目の論点は「自治基本条例」であった。
2010年8月現在、自治基本条例を制定した自治体は180を超えている。自治体学会のメーリングには「基本条例の勉強会」が毎日のように行き交っている。
 9月6日の朝、初当選した北海道余市町長が「自治体の憲法である自治基本条例を制定します」とラジオで抱負を語っていた。
 今、基本条例は流行現象である。
 だが、今のような基本条例をいくら制定しても「自治体改革」「市民自治」は進展しないであろう。
議会基本条例の制定も流行している。元栗山町議会事務局長の中尾氏の話 (9月7日札幌市内) によると「議会基本条例は近日中に自治基本条例の制定数を超える」とのことある。
 しかしながら、議会基本条例を制定しても「議会不信」は解消しないであろう。その「心底」に特権的な議員意識を改める「覚悟」が伴っていないからである。
 顧みれば、70年代以降、「情報公開条例」「環境アセスメント条例」「オンブズパーソン制度」「政策評価制度」などの「市民自治制度」が相継いで制定された。だが、それらの「自治制度」は如何ほどに役立ち機能したであろうか。形骸化して役立っていないのが実態である。
 学者は「新しい言葉」を言説し「新しい制度」を提案すれば状況が変化すると考える。それを「安直思考」と言うのである。 
 七十年代に比すれば、現在の日本社会は「状況追随思考」と「主体鈍磨」が蔓延し、学者の「批判的思考力」は劣弱になっている。 
 
2 基本条例制定の意味
 基本条例は何のために制定するのか。
 選挙で代表権限を信託した「首長と議員」が、「当選すればこっちのもの」と「白紙委任の如くに」代表権限を行使しないように「枠を定める」。
 それが基本条例である。 
 しかるになぜ、四年任期の「首長と議会」だけで基本条例を制定できると考えるのか。なぜ「市民」を制定手続の当事者とする方式を考案し実行しようとしないのか。どうして「住民投票による住民の合意・決裁」を避けるのか。
 現在のやり方は「自治主体である市民」は「そっちのけ」である。 
市民には事後に「広報やホームページで知らせばよい」である。それが「市民自治」であるのなら、まことに奇妙な理論ではないか。
 「最高規範意識」を地域社会に醸成しようとする「意思と工夫」の欠落したやり方である。そのようなやり方で制定した基本条例が機能する筈がないではないか。制定することが目的になっているだけである。 
 180を超える自治体が基本条例を制定した。制定中の自治体も数多い。それらの自治体では、首長や議員の行動様式が変わり、行政運営と議会運営が変化し、役所と議会への市民の信頼は上昇しているであろうか。何も変わっていないのではあるまいか。
 
3 制定当事者は市民である
 憂慮すべきは「基本条例の制定」を「一過性の流行」にして自治体改革の重大な節目 (チャンス)を消失している事態である。 
 かかる事態の遠因は「ニセコ町のまちづくり基本条例」の似非制定手続にある。そして、主要な原因は「学者」の安直思考にある。
 なぜに「最高規範条例」と言いながら「通常の条例制定手続」でよいとするのか。条例文言に「最高条例である」と書けば、それで「最高規範条例」になると考えるのはなぜか。
 信託した代表権限の行使に「枠を定める」のは市民である。制定の当事者は市民である。しかるになぜ、「定められた枠を遵守する立場」の首長と議会を、基本条例の制定権者と考えるのか。推察するに「総務省から批判されてはならぬから」「違法条例だと言われてはならぬから」であろう。その思考態度を「現状追随」というのである。 
 
4 学者の安直思考
 「現状追随」とは、現在の地方自治法では「条例制定は首長が提案し議会が議決する」と定めているから、この定めと異なれば「違法の条例だ」と総務省から批判される。「それは避けなくてはならぬ」と考える。しかし他方では、基本条例を最高規範条例であると言いたい。そこで「条例文言にそう書けばよいのだ」と考えた。それを「現状追随の安直思考」というのである。
 そこには、「最高規範」を創り出さんとする「規範意思」が欠落している。
 学者の存在意味は「理論構想力」にある。「理論構成」が学者の公共社会における役割である。そもそも、「市民自治」も「基本条例」も規範概念ではないか。「規範概念による規範論理」を透徹せずして「現状追随の論理」で基本条例の制定を誘導した。それが今日の事態の原因であるのだ。この事態は、全国各地の学者の責任である。その条は市町村合併で演じた学者の心底と同様である。
 おそらく、「規範論理」「実践論理」「規範概念」「批判的思考」の意味も理解できないであろう。それでいて「市民自治」「信託理論」「自治体改革」を口にするのは撞着である。「自治体の憲法」「最高規範条例」を言説するのは不誠実である。 

5 地方自治法は準則法
 70年代に神奈川県で情報公開条例を制定したとき、何ら「法律規定の有無」を顧慮することなく「県行政への県民参加」を実現するべく思考を働かせた。
 また、そのころの革新自治体は「宅地の乱開発」に対処する「宅地開発指導要綱」を定めて地域社会を守った。そのとき自治省・建設省・通産省の官僚は「権限なき行政」と非難攻撃した。それに対し、自治体は「国の出先機関」に非ず。「市民自治の政府」也。と規範論理を透徹した。 
 福島県矢祭町は自治法規定に顧慮することなく「議員報酬」を「日当制」に改めた。
「地方自治法」はGHQ占領軍の間接統治の隙間に内務官僚が作った明治憲法感覚の法律であるのだ。だから現在では、「地方自治法」は自治体の上位法ではない。自治体運営の「準則法」であるのだ、と考えるのが正当である。
 考えてもみよ。自治基本条例は「自治体立法権」「国法解釈権」を「市民自治規範」として定めるのである。「省庁官僚の非難」を怖れて「市民自治規範」を論ずるのは「矛盾撞着の戯画」である。

6 憂慮すべき重大事態
 さらに重大な問題は「自治基本条例の制定」という「市民自治社会への重大な節目」を「無意味な流行現象」にしていることである。日時が経過すれば「一過性の流行」で終わってしまうであろう。
 「最高規範条例」を創出するのである。現在のような「安直なやり方」で制定できる筈がないではないか。少しは真面目に真剣に考えることである。
 学者は「理論責任」を三思すべきである。

 筆者は午前の「自治体学の実践論理」の講義で、
  ①「知っている」と「分かっている」の違い、
  ②「知識として知っている人」と「ホントウに分かっている人」の違いを次のように説明した。
 波風がないときには (自分に非難が返ってこないときには) 立派なことを言うけれども、自分の存在が問われるときには「黙る」「曖昧論理になる」人であると述べた。そして、ノーム・チョムスキーは、アメリカの知識人は論議が「ある限界」に至ると言及を避けると述べて「知識人の責任」を批判したことを披露した。 


 [ 北海道栗山町の議会基本条例 ]
1 優れた自己規律の定
 栗山町議会基本条例は、高い倫理感に基づく一歩も二歩も進んだ内容である。だがこれは「基本条例」とは言い得ない。
 これは、代表権限を託された議会が定めた「自己規律の定」であって「最高規範条例」ではない。代表権限を信託した有権者町民が合意決裁したものではないからである。 
 栗山町議会は、制定の前後に説明会を開き賛同を得る努力は重ねた。だが「町民投票による合意決裁」を得てはいない。であるから、町民には「吾が町の最高条例」を「自分たちが関わって制定した」との規範意識が醸成されていない。議会が、(実態は議長と事務局長の主導で) 制定した「自己規律の定」である。しかしその内容は議員職責を自覚した優れた内容である。遵守されるであろう。絵に描いた餅ではない。
 議会の方々は、「ニセコ町の悪しき先例」によって「このやり方」で良いと考えたのであろう。
 
2 基本条例は自治体の憲法
 基本条例は「自治体の憲法」であると説明される。
憲法は、「権力の行使」に枠を定める最高規範( 98条)である。これが近代立憲制の民主政治の制度理論である。
自治体の基本条例は、市民が選挙で首長と議会に信託した代表権限の行使に枠を定めた「最高規範」である。制定当事者は有権者市民でなくてはならない。
 首長と議会は「基本条例」を遵守する立場である。
選挙とは「代表権限を信託する契約」である。条例制定の権限は「信託契約」によって「首長と議会」に託されているのだが、「代表権限の逸脱」を制御する「最高規範条例の制定権限」は託されていないのである。
 
3 自治体の成熟
 自治体が「最高規範条例」を制定するのは「自治体が成熟した」からである。
民主党の「地方主権」の言い方 (理論的には誤り) に、多くの人々が疑問を呈さないのは「市民自治」の理念に共感し納得しているからであろう。 
 つまりそれは、現憲法での65年の自治制度の実績が「中央集権の地方公共団体」を「自治分権の自治体」に成熟させているからである。自治体は基本条例を制定する段階にまで至ったのである。この自治の進展を後退させてはならない。しかるに、栗山町議会の「議会基本条例」の出現によって、安直な「議会基本条例の制定」が全国に広がっているのである。

4 なぜ「議会基本条例」なのか
 なぜ、「自治基本条例」でなくて「議会基本条例」なのか。何故に議会が突出して、恰も「独りよがり」のように「これ見よがし」のように「議会基本条例」を制定するのか。自治基本条例には「行政基本条例」と「議会基本条例」が、それぞれ別にあってよいと考えるのは (説明するのは)、まことに奇妙な理屈である。
 自治体は二元代表制度である。首長と議会の「良き緊張関係」で運営されるのが望ましい。だが、基本条例を別々に制定するのは正当でない。
何か余ほど特別な事情があって、先ずは「議会基本条例」を制定して「首長部局の基本条例」が成案になれば、その時点で「自治基本条例」として合体する。そのようなことも例外として考えられないこともないが、しかし、やはり不自然で不合理である。
 栗山町の議会基本条例のつくり方が「良いモデル」のように流行するのは異常である。それを推奨するが如き言説は誤りである。 
 省庁支配の「地方公共団体」から「市民自治の自治体」に進展して「最高規範条例」を制定する段階に至ったのである。市民自治の蓄積充実を誤ってはならない。今、流行現象となっている「議会基本条例の制定」を進める議員と薦める学者の心底は評価できるものではない。

 
  (詳細は現在準備中の「16年の土曜講座を顧みて」に記す) 
 
北海道自治土曜講座の閉講
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
 北海道自治土曜講座の閉講

 16年続けた土曜講座を閉講した。
 閉講を報じた新聞記事を転載する

(クリックで拡大します)

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 「土曜講座を顧みて」を年内に刊行する。





 
2010-北海道土曜講座(第一日目)の論点 
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
 2010年・北海道土曜講座 (第一日目) の論点 

 主題は「日本社会の可能性」である。
討論の司会を務めながら「考えたこと」を後日のために記しておく。

1 最大の問題は何か
 討論の冒頭、パネリストに「現在日本の最大の問題は何か」と所見を求めた。「日本社会の可能性」を討論する前提としての現状認識である。
 何を最大の問題と考えるかは人それぞれである。「唯一正解」の回答は無い。「唯一正解」は無いのだけれども、聴衆の面前で「最大の問題は何か」と訊ねられると「瞬時に日本社会の全体を見渡し自身の価値軸で」答えなくてはならない。答える人の「常日頃の問題意識」が露わになる。この問いはその人の「水準」「力量」を験すことになる。
 受講料を払い着座している聴衆は「自身も考えながら」「パネリストの発言する表情」をも眺めるのである。
 当日のパネリストの回答はここには記さない。「礼を失する」ことになってはならぬからである。そこで筆者が当日述べた発言を以下に記す。 

2 司会の意見
 現在日本の最大の問題は「国際社会で孤立を深めていること」だと思います。「被占領時代の意識が現在も続いて脱け出せないでいること」です。それは「アメリカとの関係を正常に立て直す」ことです。それをしなければ、近隣アジア諸国との信頼関係も困難だと思います。
 鳩山首相は政権交代直後のオバマ大統領との会談で「沖縄の普天間基地の移転はそちらで考えていただきたい」というべきであったのだ。それが「総選挙による政権交代」の意味である。菅首相も、鳩山内閣が沖縄の基地問題で退陣した直後であるのだから、カナダでオバマ大統領に会ったとき「沖縄の基地は今のままではダメですよ」と明確に述べるべきであったのです、と述べた。

 しかしながら、「アメリカの意向」を最優位に考えるのが「現在のメディア」の大勢である。そこで次の論点は「メディアの現状」であった。 

3 論点―六項目
午後の討論は次の六項目を巡って行われた。
① 日本社会の現状を如何に認識するか
② メディアの現状―報道するべきことを報道しない保守化傾向
③ 主体の問題―「状況追随思考」を脱却し「批判的思考力」を高めるには
④ 政治・政党の問題―当選すればこっちのもの、白紙委任の如き行動
⑤ 学者の問題―肝心なことには黙る-学者の社会的役割は何か
⑥ 沖縄問題をどう考えるか。
 午前の宮本憲一氏の講演はすこぶる好評であった。
 だが午後の討論は論議が噛み合わなかった。

4 メディアの問題
 日本社会の可能性を担う主体が育つには「公正な情報」が「判断材料」として不可欠である。
 岩波「世界」の連載「メディア批評」は「メディアの問題状況」を具体的に指摘し的確に批評している。筆者は定期購読で毎月送達されてくると最初に「メディア批評欄」を読む。そして「そのとおりだ」と同感すること屡である。「世界」は今では唯一のまともな情報誌である。
 例えば、2010年8月号の「メディア批評」の冒頭の書き出しは「6月3日の朝、フリー・ジャーナリストの江川紹子さんがツイッターで呟いた。『今朝の朝刊は全紙が産経と化している』」であった。
 午後の討論が噛み合わなかった理由は、「メディアの現状」に対する認識の相異である。現在のメディアに「問題あり!」とパネリストが言わない(思っていない)ことに驚いた。
 メディアに発言の場を持つ人は「メディア批判」をハッキリ言うのを憚るのであろうか。であればこそ、岩波「世界」を多くの人が読むことを期待したい。

5 沖縄問題
 本土のメディアは、一方で「基地の危険と犯罪」に苦しみ怒る沖縄の人々に同情し、他方では「政府の日米合意」は尊重されるべきだと言う。「一体どちらの考えですか」と投書がなされた。
 評論家学者は「抑止力」という曖昧な言葉を使って「米軍基地」は必要だと言う。メディアも政治家も学者も「アメリカの信頼を損なってはならない」と合唱する。この心底が現在日本の最大の問題であるのだ。
 冷戦後の米軍基地は「アメリカの戦争のため」のものである。そのことをNHK・BS特集「アメリカ海兵隊―変わる沖縄駐留の意味」が証言しているではないか。 
 評論家学者は「死者が出るから辺野古に基地はつくれませんよ」と述べる。この「他人事のような」「訳知り顔した」言い方が実に「ズルガシコイ」のである。自分の考え (代替基地は沖縄に) は言わない。言わないで分別ある態度を装う。即ち「似非学者」である。
 死者が出ないようにするのが「政治」であり、その道筋を構想するのが「識者の見識」ではないか。まるで死者が出るのを待っているかの如き言い方である。今の学者の大半は評論家学者である。まともな学者は少ない。曖昧に意味ありげに言う。だが「沖縄の米軍基地は撤去すべきだ」とは言わない。沖縄はもとより日本の全国が米軍基地を拒否しているではないか。
 そこで、「貴方の意見をハッキリ言いなさい」と「識者諸氏」に言わずばなるまい。

6 岩波「世界」の「定期購読」
 岩波「世界」毎号の特集論文を薦めたい。特に2010年8月号84頁「心に確たる対抗軸を-伊東光晴」を薦めたい。「世界」の毎号の特集論文を読み自身の「思考の座標軸」を確かなものにすることが重要である、と討論の司会をしながら思った。
 書店で入手し難いので刊行後直ちに送達される「定期購読」を薦めたい。そして真喜志好一さんのHP http://www.ryukyu.ne.jp/~maxi/ を開くことも薦めたいと思った。

第16回・北海道自治土曜講座 (2010年)
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
2010年度 地方自治土曜講座
 主催:地方自治土曜講座実行委員会・北海道自治体学会

第一日 2010年 7月 17日(土) 
  研究課題  日本社会の可能性 ~自治体の政策力

10:30-12:00
  講演「日本社会の可能性 ― 維持可能な社会へ」
    宮本 憲一(大阪市立大学名誉教授)
13:00-16:30
   討論「現在日本の課題と自治体の可能性」
      宮本 憲一/ 宮本 太郎(北海道大学教授)
          /山口 二郎(北海道大学教授)
       司会:森 啓(北海道地方自治土曜講座実行委員長)

第2日 2010年 8月 28日(土)
研究課題  市民の時代~国家統治理論から市民自治理論へ
10:00~11:00
   講演 「市民自治理論」 松下 圭一(法政大学名誉教授)
11:00~12:00
   講演「自治体学の理論と実践」森 啓(土曜講座実行委員長)

13:00~15:00   
   討論「検証 自治体改革」
    松下 圭一/ 神原 勝/川村 喜芳/山内 亮史
     司会 森 啓

15:10~17:00
   討論「自治体改革と土曜講座」
    松下 圭一/神原 勝/川村 喜芳/山内 亮史
     報告「自治体現場は変わったか」
       桑原 隆太郎(元名寄市職員)
     司会 森 啓

2 会 場
 北海学園大学2号館6階60番教室※(札幌市豊平区旭町4 丁目1-40)
 地下鉄東豊線「学園前駅」下車。3番出口直結。駐車場は利用できません。

3 受講料
 1回のみ 2,000円 ※会場で直接、お支払いください。
 2回通し 3,000円(第1回会場で、2回通しチケットを販売します。)

 問合せ:090-9081-3454(今川)・doyokouza@mail.goo.ne.jp(実行委員会)
 土曜講座 http://sky.geocities.jp/utopia2036/doyokoza/
地域医療ー北海道自治土曜講座
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
地域医療を考える―北海道自治土曜講座  2009-6-6 

 医師偏在による医師不足が深刻な事態となり、公立病院・診療所の閉鎖が相継ぎ、地域医療は危機的状況にある。救急患者の救急診療が受け入れられずに死亡する事態すら生じている。日本列島は医療崩壊であると報じられている。
 医師の地域偏在・診療科目の偏在は何処に原因があるのか。
 2004年からの新臨床研修制度によって生じたと言われている。医師偏在の主要原因は法制度の不備による自由開業・自由診療にあると指摘されている。
 如何にして地域医療の危機を打開するか。厚労省の法制度是正、道庁の地域医療整備をただ待っているだけでは目前の事態は解決しない。
 住民自身が、役場・市役所任せにしないで考えなくてはならない。
病院・診療所の勤務医は超過密日程で人間的な生活ができないでいる。医師の人権が守れなくて地域医療は成り立たない。開業医と勤務医の連携、地域間連携を考えなくてはならない。
 ・そもそも地域医療とは何であるのか、
 ・地域医療の重要問題は何か。
 ・開業医と勤務医との連携を如何にして可能とするか。
 ・診療所と専門病院との連携を如何にして実現するか。
 ・地域と地域の医療連携を創出する条件は何か。

午 前  実践報告 (問題の所在)
10:00-11:15 地域医療とは何か ― 
高年齢者も安心して暮らせるまち
            村 上 智 彦 (夕張希望の杜理事長)
11:15-12:00 奈井江町の地域連携・医師連携
―医療・保健・福祉のまちづくり― 
            小 澤 敏 博 (奈井江町立病院事務長)
12:00-13:00
午 後  
13:00-13:30 論点提起 田村裕昭(勤医協中央病院院長)
13:30-15:45 討  論
討論者  北 良治(奈井江町長)
             田村裕昭(勤医協中央病院院長)
             永森克志 (夕張医療センター・医師)
             菊澤 敦(北海道庁医師確保推進室長) 
       司会   森 啓(土曜講座実行委員長)
15:45-16:30
        総括討論 
             医師 村上智彦
             行政
             市民 

市民自治の過去・現在・未来
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
市民自治 の 過去・現在・未来

第14回 (2008年度) 北海道自治土曜講座「第4講」
テーマ「市民自治 の 過去・現在・未来」

2008年9月27日 北海学園大学 21番教室
10:00-12:00 講演「自治の過去・現在・未来」
            松下 圭一(法政大学名誉教授)
13:00-14:30 講演「自治体学の論点」
            森 啓(地方自治土曜講座実行委員長)
14:40-16:30 討論「市民自治の課題と展望」
         司 会: 山内 亮史(旭川大学学長)
         討論者:松下 圭一、神原 勝(北海学園大学)、
              田中富雄(三郷市・自治体学会員) 森 啓

北海道自治土曜講座

 1995年から実行委員会方式で始まった。月一回土曜日に、年5回ないし6回開催する有料の自治講座である。初年度は100名定員で募集した。申込が殺到したので会場を急遽変更したが350名で受付を打ち切らざるを得なかった。初年度受講者のアンケートには開催継続を求める声が80%を超えた。二年目は申込を断らず872人の受講申込みを受付けた。会場探しに苦心して結局、北大教養部の講堂と大教室の二会場で、受講者を二分して講師は一日二回の講義を行った。なぜ有料の自治講座にかくも多数の受講者が集まるのか。「国家統治の理論」を転換する「市民自治の理論」を求めているからである。 
 受講者は、自治体の職員、市民、議員、首長、報道関係の記者も受講した。様々な職業の人が集まったから会場に活気が漲る。受講者は休憩時に話し合い旧友のような親密な意識が交錯する。講師を囲む交流懇談会も満員で熱気が漲った。行政の研修にはこのような熱気は生じない。
 土曜講座では、講師が「問題は何か」「それをどう考えるか」を語る。受講者に問題意識があるから集中して聴く。私語はない。学んでいるのは自治体理論である。課題解決の方策を模索する政策型思考である。
現在( 2007年)、ブックレットは115冊を超え「公人の友社」から頒布されている。
 北海道土曜講座の一番の成果は、道内各地の人々が相互に知り合ったことである。いつの場合にも、問題が見えて行動する人は地域では少数派である。その少数派が知り合ったことの意味は大きい。
 土曜講座の波は全道に広がり、上川、釧路、十勝、檜山、北見、宗谷、空知、渡島でも開催され、最盛時には毎月2500人を超える職員と市民と議員が自治体理論を学習した。
時代の転換期には学習熱が高まる。自由民権期の明治には若者の学習熱が高まった。土曜講座から北海道自立の理論と政策構想力を身につけた市民と職員が育っている。既に10人を超える町長が誕生している。 

○ 地方自治土曜講座実行委員会事務局 TEL・FAX 011(261)1921
○ 北海道自治土曜講座のホームページ
   http://www2.pinky.ne.jp/~doyokouza/