■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
自治体学の概念 (開発論集93号)
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
  自治体学の概念 (開発論集93号)

自治体学とは、国家学の「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置して国家学を克服する学である。

1) 国家学と自治体学
国家学は「国家」を統治主体と擬制する。しかし、その「国家」の観念は曖昧である。国家を「国民・領土・統治権」と説明するが、その「国家三要素説」なるものは、性質の異なる(団体概念)と(機構概念)をないまぜにした曖昧な説明である。

「国家」は、政府、官僚、議員など、権力の場に在る人達の「権力行使の隠れ蓑」の言葉である。そして、少し注意してそれら権力者の言動を観察すれば「国民主権」を「国家主権」と巧みに(狡猾に)言い換える場面を目撃するであろう。
権力の場に在る人たちには「国家が統治主体であり国民は被治者である」の観念が抜き難く存在するのである。(統治支配がやり易いからである)

 明治の時、「State」を「国家」と翻訳した。しかしながら、「ステート」は「全国規模の政治・行政機構」の意味であって、今風に言えば「中央政府=セントラルガバメント」である。「幽玄の国家」ではないのである。

 「言葉」は「思考の道具」である。思考を明瞭にするには「概念」を明晰にしなくてはならない。福田歓一氏(元日本政治学会理事長)は、一九八五年パリにおいて開催された政治学世界会議での報告で「われわれ政治学者は国家という言葉を使うことを慎むべきである」「規模と射程に応じて、地方政府、地域政府、全国政府と使いわけるのがよい」「人類の政治秩序の諸概念を再構築することが切実に必要であると信じる者として、過度に一九世紀の用語に囚われていることを告白しないではいられない」と述べた。

 だが、現在日本の憲法学、政治学、行政法学、行政学の大勢は、国家統治の国家学である。
例えば、憲法学で国家試験の最適教科書と評される芦部信喜「憲法」(岩波書店)の第一頁第一行は「国家統治」であり「国家三要素説」であり「国家法人理論」である。
そして、国会議員と官僚は「国家観念」を言説し、「政治主体である市民」を「国家統治の客体」に置き換え、「国家」を隠れ蓑にして「統治論理」を振り回すのである。

 「国家の観念」に「国民」を包含させるから(国家三要素説)、「国家責任」は「国民自身の責任」のような曖昧論理になって、国民の「政府責任」「官僚責任」追及の矛先をはぐらかすのである。権力の座に「曖昧論理の手助け」をしているのが国家学の学者である。国家法人理論は「国民主権」と「国家主権」を曖昧に混同し「政府」と「国家」の区別を混同させる理論である。

国家学は「国家統治」の「国家法人理論」である。
自治体学は「市民自治」の「政府信託理論」である。

2) 信託理論
自民党がインターネットに掲載している「チョット待て! 自治基本条例」を一読すれば権力の座に在る者には「国家統治の観念」が現在も強固に存続していることが判る。しかしながら、国民は国家に統治される被治者ではない。民主主義は「国家の統治」で
なくて「市民の自治」である。

政府と議会の権限は選挙によって国民が信託した権限である。選挙は「白紙委任」ではないのである。「代表権限の信頼委託契約」である。身勝手な代表権限の行使と運営は「信託契約の違反」であるのだ。選挙の翌日も主権者は国民であって国家ではないのである。信託契約の著しい逸脱には「信託解除権の発動」となる。

自治体学は「国家」を「市民と政府」に分解して、「市民と政府の理論」を構成する。すなわち、「市民」が「政府」を選出し制御し交代させるのである。民主主義の政治理論は「市民と政府の理論」「政府制御の理論」「政府交代の理論」でなくてはならない。
自治体学が民主主義の理論である。

3) 実践理論
 理論には「説明理論」と「実践理論」の二つがある。
「説明理論」とは、事象を事後的に客観的・実証的・分析的に考察して説明する理論である。「実践理論」は未来に向かって課題を設定し解決方策を考え出す理論である。
実践理論は「何が課題であり、何が解決策であるか」を言葉で述べるのである。言葉で述べるとは「経験的直観を言語化する」ことである。

「経験的直観の言語化」は、困難を覚悟して一歩前に出た実践によって可能となる。大勢順応の自己保身者には経験的直観を言語化することはできない。人は体験しないことは分らないのである。

「一歩踏み出した実践」による「自身の変革」なくして「課題と方策の言語叙述」はできない。すなわち、歴史の一回性である実践の言語叙述によって普遍認識に至るのである。「実践」と「認識」は相関するのである。

4) 市民自治
市民自治とは、「市民が公共社会の主体であり、公共社会を管理するために政府をつくる」という意味である。

「市民自治」は規範概念であるから「市民自治」の意味を理解するには「国家統治」に対する自身の所見が明瞭でなければならない。例えば、「自治とは自己統治のことである」と説明されているが、この説明は「自治」が規範概念であることを理解していないのである。
「統治」とは「統治者と被治者」を前提にした観念である。「自治」を説明するときに「統治」の言葉を用いるのは、「統治」に対置した「自治」の意味が理解できていないからである。

市民自治を要綱的に説明すれば
① 市民は公共社会を管理するために政府(首長と議会)を選出して代表権限を信託する。選挙は信頼委託契約であって白紙委任ではない。政府の権限は信託された範囲内での権限である。
② 市民は政府の権限を市民活動によって日常的に制御する。
全有権者投票は政府の代表権限を正常な軌道に戻らせる市民の制御活動である。 (「住民投票」の言葉には「国家学の貶め」が付き纏っているので「全有権者投票」の用語が良い)
③ 市民は代表権限の行使運営が信頼委託の範囲を著しく逸脱したときには「信託解除
権」を発動する。信託解除とは解職または選挙である。 

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自治体学の概念
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
  『自治体学とはどのような学か』
    自治体学の概念

 自治体学会は1986年5月23日、横浜で設立された。
 発起人会議には135人、設立総会には620人が出席した。出席者の顔触れは、自治体職員、市民、学者、シンクタンク職員、コンサルタント、ジャーナリスト、団体役員、自治体首長など、およそ学会の設立総会とは思えないほどに多彩な顔触れであった。
 発起人会議の提案で「自治体学の創造と研鑽」を会則第2条に定めた。

 北海学園大学法学部は2006年4月「自治体学」(専門科目・四単位〕の講義を開講した。日本の大学で最初であった。ところが、2016年度の講義担当者の「講義計画(シュラバス)には「自治体学の概念・定義」が存在しない。その講義計画は(自治体学会設立以前の)「地方自治論」である。
 「自治体学」を履修した学生は、(自治体学は聞きなれない言葉であるから) 講義の冒頭で「自治体学とは何か」「どのような学であるか」の説明が聴けると思うであろう。
 「自治体学の概念」を説明しない「自治体学の講義」とは、一体何であるのか。諺に羊頭狗肉の言葉もある。面妖なことである。もしかすると担当教員は「自治体学の概念」が分からないのではあるまいか。

 筆者の所見は『新自治体学入門』時事通信社(2008年)第一章に叙述した。
 『自治体学とはどのような学か』公人の友社(2014年5月)第一章に再叙述した。
なお、このブログ http://jichitaigaku.blog75.fc2.com/ の2012-6-18「自治体学の基礎概念」にも記述した。
「市民」と「住民」の違い
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
  「市民」と「住民」の違い

[市民]
 市民とは、自由で平等な公共性の価値観を持つ「普通の人」である。普通の人とは「特権や身分を持つ特別な人」ではないという意味である。
 
「市民」は、近代西欧の「Citizen」の翻訳語である。福沢諭吉が「社会を担う主体的な個人」の成熟を念願し期待して翻訳した言葉である。シティズンは、近代イギリス市民革命の担い手で「所有権の観念」を闘いとり「契約自由の原則」を確立した「市民社会の主体」である。

 福沢は「一身の独立なくしては」と唱え、自由と平等の精神を持つ自立した人間が開国日本に育つことを希求したのであろう。「シティズン」が有している自由と平等の考え方を導入しなければと考えたに違いない。
 自己の才覚で利益も損失も判断していきいきと市(いち)で働く庶民こそが「シティズン」の訳語にふさわしいと考えたのであろう。「市民」(いちみん)と翻訳した。

 だが、福沢が期待をこめて翻訳した「市民」は使われなかった。
 明治政府は、皇帝が君臨していた後進国ドイツの国家理論を手本にして「帝国憲法」をつくり「教育勅語」によって忠君愛国の「臣民」を国民道徳として教えこんだ。臣民とは天皇の家来である。絶対服従の家来である。自立して社会を担う主体の観念はタブーであった。

 1945年8月の戦後も使われなかった。弾圧されていた社会主義の思想が甦り、「市民」は「所有者階級」と考えられた。使われた用語は「人民」であった。リンカーンのPeopleも「人民の、人民による、人民のための政府」と訳された。
 都市的生活様式が日本列島に全般化し地方分権たらざるを得ない一九八〇年代に至って、ようやく、福沢が期待をこめて訳語した「市民」が使われるようになった。
「普通の人々」によるまちづくりの実践が全国に広がったからである。

 しかしながら、人間は誰しも自分が体験しないことは分からない。国家統治の官庁理論の人々には「住民」と「市民」の違いが分からない。
 行政機構の内側に身を置いて官庁理論でやってきた公務員には、市民運動の人達は目先利害で行動する身勝手な人たちに見えるのであろう。そしてまた、公共課題の解決のために地域の人達と連帯して行動し、感動を共有した体験のない学者や評論家は「合理主義・個人思想・人権革命の歴史を持たない日本では市民などはいないのだ」などと言うのである。
 
 近代市民革命の時の市民は「有産の名望家」であった。しかしながら、現代の「市民」は公共性の感覚を持ち行動する普通の人々である。都市型社会が成熟して、普通の人々が市民である条件が整ったのである。
 「市民」とは「公共社会を管理する自治主体」である。

[住民]
「住民」とは、村民、町民、市民、県民など、行政区割りに「住んでいる人」のことである。そして「住民」という言葉は、住民登録・住民台帳・住民税というように、行政の側から捉えた言葉である。
 行政が統治し支配する客体が「住民」である。住民は被治者で行政サービスの受益者である。「住民」という言葉には上下意識が染み付いている。その上下意識は住民の側にも根強く存続しているのである。

 長い間、行政法学は「行政」を優越的主体と理論構成した。そして「住民」は行政執行の客体で被治者であった。「住民」という言葉には「自治主体」の観念は希薄である。そこで、「住民」を「市民」との対比で定義するならば、「住民」は自己利益・目先利害で行動し行政に依存する(陰で不満を言う)人で、行政サ―ビスの受益者とされる人である。

 「市民」は、公共性の感覚を体得し全体利益をも考えて行動することのできる人。政策の策定と実行で自治体職員と協働することもできる人である。しかしながら、「市民」も「住民」も理念の言葉である。理性がつくった概念である。実際には、常に目先利害だけで行動する「住民」はいない。完璧に理想的な「市民」も現実には存在しない。

 実在するのは「住民的度合いの強い人」と「市民的要素の多い人」の流動的混在である。だが人は学習し交流し実践することによって「住民」から「市民」へと自己を変容する。人は成長しあるいは頽廃するのである。

 都市型社会が成熟して、生活が平準化し政治参加が日常化して、福沢の「市民」は甦ったのである。
「自治体」と「地方公共団体」
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
  「自治体」と「地方公共団体」

・読売新聞や産経新聞ですらも、中央集権から地方分権への時代思潮の転換によって、今では「地方公共団体」の言葉は使わない。「自治体」で記事を書いている。
・「地方公共団体」を今でも意図的に使っているのは総務省官僚である。地方を支配したいからである。「地方公共団体」は国家が(実は官僚が)地方を支配するための内務官僚の用語である。

1.「自治体」の概念をめぐって次のような見解が錯綜している。
(1) 「自治体」とは「政府」のことであるから「市民」は含まない。
(2) 「自治体」とは「市民」と「政府」の双方を包含する言葉である。
(3) 役場の文書や会議で使う「自治体」は「都道府県庁、市役所、町村役場」のことだ。
(4) 役所だけを「自治体」と僣称することに違和感を覚える。
(5) 自治体とは「まち」のことで、自治体は空間的イメージである。

 さて、概念・用語は思考の道具である。理論的思考力を高めるには基礎概念を曖昧に使用してはならない。吟味が必要である。
 概念を曖昧に使用しないために具体的に考えたい。
 例えば
・神奈川
・神奈川県
・神奈川県庁(知事と行政機構・神奈川県議会)
・神奈川県民
・神奈川県庁舎
と並べたとき、「自治体」はどれを指す言葉であろうか。

 「自治体とは地方政府のことだ」と考えると、自治体は神奈川県庁・県議会になる。だがそれなら「神奈川県」は自治体ではないのか。自治体でないのならば「神奈川県」は何なのか。あるいは、「神奈川県」も「自治体」だと考えるのならば、神奈川県と神奈川県庁の違いをどう説明するのか。
 市民生活の観念としては「神奈川県」と「神奈川県庁」は同じではない。異別の存在である。そしてまた、行政の幹部職員が「神奈川県の方針は」「神奈川県といたしましては」などと言う時がある。

 この言い方に対して、「神奈川県とは県庁のことなのか」「県庁が神奈川県の公共課題のすべてを独占するとでも言うのか」との反感的批判がある。
 「県行政といたしましては」「県庁の方針は」と言うべきだ、との批判的反論がある。
 
 さて、旧内務省の言葉遣いでは「地方公共団体」と「県庁」は同義語であった。住民は行政の被治者であって「自治主体」ではない。お上の官庁を県民が批判し制御する「政治主体」を認めない。だから「お上である県庁」がすなわち「地方公共団体」であった。
 しかしながら、旧内務省用語で基礎概念を混同してはならない。とりわけ、行政職員に「神奈川県」と「神奈川県庁」を曖昧に混同させてはならないのである。同様に「自治体」と「自治体政府」の概念も曖昧に混同してはならないであろう。

 神奈川県が「自治体」であって、神奈川県庁(代表機構と代行機構)は「神奈川県の政府」すなわち「自治体の政府」である。そして、その「政府である神奈川県庁」を「神奈川県の市民」が制御するのである。
 すなわち、「自治体」は「自治主体の市民」と「制度主体の政府」との緊張関係で運営されるのである。こう考えるのが「自治体学理論」である。
この考え方に次のような反論がある。

 [反論─自治体とは政府のことだ]
 「自治体という政府」に市民・住民は含まれない。「政府形成権力である市民」を「市民に奉仕するべき政府」と同列に扱うのはデモクラシーの原理に反する。
 自治体は市民がつくる政府制度であり政治機関である。
 憲法の「地方公共団体」を「自治体」に置き換えて読めば、自治体は明らかに「政府」(政治・行政機構およびその活動一般)である。
 自治体に「市民」を含める考え方は「国民・領土・政府」の三つを国家の構成要素とする「国家三要素説」を連想させる。国民が政府・領土と同列に置かれて「国家の要素」になるのと同じ考え方である。
 概ねこのような反論である。

 だがしかし、国家を「国民、領土、統治権」であるとする「国家三要素説」は、国家を絶対・無謬の統治主体にするための「虚構の論理」であったのだ。
 そして、「国家」と「自治体」は、方向が正反対である。
 「国家」は「統治主体」として「国民を統治」する。「国民」は「国家の要素」であり「被治者」であるとされる。
 これに対して、「自治体」は「市民」が「政府」を選出し、制御し、交代させるのである。「自治体」には「自治主体として市民」が成熟しているのである。
 さらにまた、いわゆる「国家三要素説」は「国民・領土・統治権」であって「国民・領土・政府」ではない。国家三要素説の「国家の観念」には「市民が選出し制御する政府の観念」は、いまだ熟成していないのである(現在は「国家」と「政府」を曖昧に混同させることが問題なのである)。

 自治体を「市民(自治主体)と政府(制度主体)」の「信頼委託・緊張制御」によって運営すると考えるのが「市民自治の理論」であり「代表民主制度の理論」である。
 この考え方を「市民と政府を同列に論じるものでありデモクラシーの原理に反する」と批判するのは、当を得ていないのではあるまいか。
 そしてまた、「自治体」が論点になっている時に、「自治体という政府」を「主語」にしての立論は論理的ではないであろう。

2 政府と自治体
 そもそも、「政府」と「自治体」は同じ意味の言葉であろうか。同じ意味であるならば、なぜ二つの言葉を時によって使い分けるのか。
 自治体を政府だと主張する意図は、おそらく、これまで「県庁や市役所」は「地方行政機関」であり、「県や市」は「地方公共団体」であった。そこで、中央に従属しない「地方の自立」を強調するには、「自治体」と「政府」を理論化しなくてはならない。すなわち、「地方公共団体」を「自治体」へ、「地方行政機関」を「政府」へと転換する理論である。
 
 「政府の理論」はこうである。現代社会では前例の無い公共課題が増大する。公共課題を分類すると、国際社会で基準を約定して解決する公共課題と全国基準で解決する公共課題と地域で解決する公共課題の三分類になる。これら公共課題を解決する政府も「国際政府と中央政府と地方政府」の三つに分化するのだ」と説明する。
 
 「自治体の理論」は少し厄介である。
 「国家」を「絶対無謬の統治主体」だとする「虚構の国家理論」を打破しなければならない。そこで「国家」を「人々(市民)」と「政府」に分解して「国家」なる言葉を使わず「市民」と「政府」の理論にしたい。「国家法人理論」から「政府信託理論」への転換である。「国家の観念」には「絶対・無謬の統治主体の観念」が染み込んでいるからである(注3)。
 ところが「政府」とは別の「自治体」を認めると、「中央政府」とは別の「国家」が甦る。それは困る。そこで「自治体とは政府のことだ」になった、のではあるまいか。
 
 しかしながら「神奈川県」と「神奈川県庁」は明白に異別である。
 同様に「国家」を忌避しても「日本国」と「日本国の政府」と「日本の人々(市民)」を指し示す言葉は必要である(国民は「国家の国民」になるからなるべく使わないようにする)。
 ここで確認しておくべきは、「神奈川県庁」はいまだ「政府」になっていない。「神奈川県」もいまだ「地方公共団体」であって「自治体」になりきっていない(その途上)ということである。
「自治体」「自治体政府」「市民」は「国家統治」から「市民自治」への転換を目指す「実践概念」である。

「実践概念」を理解するには「理論とは何か」の考察が必要である。
理論には「説明理論」と「実践理論」の二つがある。
「説明理論」は、事象を事後的に客観的・実証的・分析的に考察して説明する。
「実践理論」は、未来を予測構想し現在に課題を設定して解決方策を考え出す。

「何が課題で何が解決策であるか」を見究めるのは「経験的直観の言語化」である。経験的直観の言語化は困難を覚悟して一歩前に出た実践によって可能となる。大勢順応の自己保身では経験的直観の言語化はできない。人は経験しないことは分らないのである。

 実践理論は歴史の一回性である実践を言語叙述によって普遍認識に至らしめるのである。
 (実践概念の意味は「新自治体学入門(時事通信社)」の第三章に述べた)

「知っている」と「分かっている」は同じでない。
「分かっていない人」とは、波風がないときには (自分に非難が返ってこないときには)立派なことを言うけれども、素早く不利になると判断したときには、「黙り、曖昧なこと」言う人である。両者の違いは「覚悟して前に出た実践体験」の違いである。
 未来を構想し現在条件を操作するのは「規範概念による思考」である。
「市民行政」も「市民自治」も規範概念である。「規範概念」を了解し会得するには「実践による自己革新」が不可欠である。利いた風な言葉を操るだけの現状追随思考の人には「規範概念の認識」は曖昧で「漠然たる認識」である。
「覚悟して一歩前に出た実践」による「主体の変革」なくしては「課題と方策の言語叙述」はできない。即ち、「実践」と「認識」は相関するのである。

 「地方公共団体」とは「地方の行政団体」であって、そこにいる人々は「被治者としての住民」である。
「自治体」には「自治の主体である市民」が「代表権限を信託した政府」を組織して制御しているのである。
 「地方公共団体」と「自治体」の違いは、「政府」と「市民」が成熟しているか否かの違いである。

 以上は自治体学の基礎概念の考察である。
 「市民」と「住民」の違い、についても同様の考察が必要である。
自治体学の基礎概念
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
 
 自治体学の基礎概念

 2012年6月16日、北海道大学・法学6番講義室で「自治体学講座―土曜講座の新展開」を開催した。
 現在の大学教育が「国家が統治主体である」との「国家学」であるために、「自治体学」と「市民自治」の概念認識が参加者に些か困難であった。
 例えば、「自治体」を「行政機構(役所)」のことであると考え、「市民自治」を(政府とは別)の「市民の自主的な営み」の如く想定し、「市民」が「公共の主体である」の認識が困難であった。そこで「自治体学」と「市民自治」の意味を説明する。

 自治体学の概念
 自治体学は明治以来の国家学を批判し克服する学である。
 国家学は「国家」を統治主体と擬制する。
 自治体学は「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置し「市民」を自治主体と考える。
 国家学の「国家の観念」は曖昧であり両義である。「国家三要素説」は性質の異なる(団体概念)と(機構概念)をないまぜにした説明である。
 自治体学は「国家」を「市民と政府」に分解し「市民と政府の理論」を構成する。すなわち、「市民」が「政府」を選出し制御し交代させるのである。
「市民と政府の理論」「政府制御の理論」「政府交代の理論」が民主主義の政治理論でなくてはならない。国家学は「統治の理論」である。
 国民は国家に統治される客体ではない。市民が自治主体である。「国民」の言葉には「国家観念」が染み付いているのでなるべく使わないのが良い。
 憲法学者は「統治機構」なる用語を何ら顧慮することなく慣用する。しかし「統治」は「統治者と被治者」を前提にした観念である。大学で教え・国家試験に出題される憲法学の理論では、国民は国家に統治される客体である。自治体学は「統治機構」でなく「自治機構」の言葉で説明する。
 自治体学は市民自治の自治体理論である。即ち「市民と政府の理論」「政策形成理論」「自治制度理論」を包含する学の体系である。

 市民自治の意味
 「市民自治」とは、「市民」が公共社会の主体であり、公共社会を管理するために政府をつくるという意味である。
 「市民自治」は規範概念であるから「市民自治」を理解し納得するには、「国家統治」に対する「自身の所見」が明瞭でなければならない。例えば「自治とは自己統治のことである」と説明されているが、この説明は「自治」が規範概念であることの意味を理解していないのである。「自治」の規範意味が分かっていないのである。「統治」とは「統治支配する主体」と「統治支配される被治者」を前提にした観念であるのだ。
 大学教育の「国家統治の観念」の残存と「市民自治の実践論理」の不十分のため、代表民主制度の形骸化が生じている。制度は「民主制度」であるのだが、運営が「国家統治」であるからだ。そこで、着想されたのが「自治基本条例の制定」である。
 
 理論には「説明理論」と「実践理論」の二つがある。
 「説明理論」は、事象を事後的に客観的・実証的・分析的に考察して説明する。
 「実践理論」は、未来を予測構想し現在に課題を設定して解決方策を考え出す。
 実践理論は歴史の一回性である実践を言語叙述によって普遍認識に至らしめる理論である。
 「何が課題で何が解決策か」を見究めるのが「経験的直観の言語化」である。
 「経験的直観の言語化」は困難を覚悟して一歩前に出た実践によって可能となる。
 人は経験しないことは分らないのである。大勢順応の説明理論では経験的直観の言語化はできない。
「政策研究」という用語
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
 「政策研究」という用語 

「政策研究」の言葉は80年代までは自治体に存在しなかった。だが現在ではさしたる疑問もなく使用されている。「政策研究」の言葉が自治体で一般化したのはなぜか。 
行政学の「政策研究」は「Policy-Studies」である。即ち「特定政策を対象にした実証的研究」のことである。
 80年代の自治体で盛んに展開された「自主研究活動」や「政策課題研究」は行政学の「政策研究」とは異なるものであった。「政策開発」あるいは「政策提案」の言葉が実態に近いものであった。
それがなぜ「政策研究」の言葉となって定着したか。

 第一回自治体政策研究交流会議が横浜湾を眼下に眺望する神奈川県民ホール六階会議室で1984年10月18日に開催された。そのときのことである。
 この交流会議を主催した神奈川県自治総合研究センター内で、所長が『自治体政策研究交流会議』ではなく『自治体研究交流会議』の名称にしてはどうか」と言い出した。表向きの理由は「政策研究は一般化した言葉ではないから」であった。だが真相は県議会に対する所長の心配りであった。当時の県議会多数会派は「長洲知事に得点をさせるな」と管理職を牽制していたのである。
 そのころは、行政内の通常会話では「政策」の言葉は使われていなかった。「施策」「事業」であった。「神奈川県公務研修所」を「神奈川県自治総合センター」に改組したときにも「政策研究」ではなく「調査研究」の言葉であった。当時の自主研究活動の人達も自分達の活動を「政策研究」と意識していなかった。言葉も使っていなかった。

 だが、この交流会議を企画した研究部は、自治体の内外に「政策自立の機運」を高めるには「政策研究交流会議」の名称で「全国交流会議」開催することが重要であると考えた。そこで、言いだした所長の体面を保つ工夫をしたうえで「自治体政策研究交流会議」と印刷した開催案内の文書を全国自治体に配布し、新聞記者に取材を求め「情報提供」行った。
 かくして「政策研究」の言葉が新聞記事になり月刊誌の特集になって全国に広がった。「言葉の広がり」が「自治体の政策自立」の機運を高めるのである。

「行政学の政策研究」と「自治体の政策研究」とは同じではない。概念を混同してはならない。だが現在においても、両者の意味の違いを理解しない学者の論稿が見られる。行政学の「Policy-Studies」は「政策の事後的な実証的・分析的な研究」である。自治体の研修に招かれる行政学者は「政策研究とは政策の調査研究のことです」と曖昧な説明を行っていた。
 1987年に徳島で開催した「第四回政策研究交流会議」までは、誤解と曖昧さが続いた。しかしながら自治体の「政策研究」にはその暖昧さが必要であったのである。

 その意味は次のようなことである。
都市的生活様式が全般化し地域に前例のない公共課題が噴出した。自治体はこれらを「政策課題として設定」し「その解決方策を開発」しなければならない。タテワリの省庁政策に追随従属していたのでは「住んで誇りに思える魅力あるまち」はつくれない。政策自立が必要である。
 ところが、政策立案の権限を握っている自治体の課長は「前例なき課題」に対応する政策を立案することが出来ない。
自治体が政策自立するには「新たな政策形成システム」を自治体内に構築しなければならない。「新たな政策形成システム」とは「様々な主体」による「課題の発見」と「解決方策の発明」を、ラインの政策立案の前段に位置づけることである。だが立案権をもつ課長は所管業務への口出しを嫌がり納得しない。
 そこで、課長が納得せざるを得ない状況をつくる必要があった。「政策開発」「政策提案」の言葉では課長の反発を招く。「政策研究」ならば「職員研修として必要である」と時間が稼げる。重要なことは研究成果を積み上げることである。さらに重要なことは、ライン以外の自治体職員や市民が自治体の政策形成に関与する道筋を切り拓くことである。
 つまり、政策形成を所管課長の独占から解き放つことである。
しかしそれは、所管セクショナリズムの枠を緩めることであるから、当然容易なことではない。だが、それをやらなければ自治体は政策主体になれない。前例なき課題を解決する「政策形成システム」を装備できなければ自治体は「地方政府」ではない。
 そこで、暖味な「政策研究」なることばを使いながら「課題の発見」と「方策の開発」の実績を蓄積する作業を自治体内に広げ一般化し慣行化することをめざしたのである。
「自治体政策研究交流会議」の狙いはこれら状況を切り拓くためであった。この経緯は「新自治体学入門-時事通信社」の10章に詳述した。

「自治体の政策研究」は「行政学の政策研究」とは異なる。行政学の政策研究は事後的な「政策の実証研究」である。自治体の政策研究は「政策の研究開発」である。それは未来構想的で規範的創造的な政策開発の営みである。自治体の「政策研究」は規範概念であり「実効性と未来予測性」に意味がある。
 今にして言えば「政策研究」なる用語の選択は正解であった。  
研修とは何か
(カテゴリー: 自治体学の基礎概念
研修とは何か

 研修とは価値軸の変容である。心の奥深いところにある「自分が揺らぐ」ことである。これまで信じていた価値観が揺らぎ、今まで思ってもいなかった自分を眺めることである。現場に出かけてキーパーソンに出逢って感動する。その感動の体験が自治体職員へと自身を変革するきっかけになる。人を行動に至らしめるのは「感動」である。人と出逢い「衝撃」を受ける。それが重要である。
 現状維持の空気が充満する行政の職場で「自治体職員として行動するようになる」のは感動や衝撃によって自身の価値軸が変ったからである。上司への思惑を克服しリスクを覚悟して行動するに至るのは研修所で自身の視座が自治体理論で定まったからである。保身第一の価値軸を転倒しなければ公務員は自治体職員に成長できない。そのような価値軸の転換を惹起する研修に改革するのである。例えば、「キーパーソンから体験を聴き衝撃を受け感動する」「聞くだけでなく意見を述べ討論するうちに自分が発している言葉の変化に驚く」「衝撃を受けている自分自身を見つめる」「柔軟な思考になっている自分を見つめ自分の職業に自信と誇りを感じる」。
 そのような新鮮な感覚と体験は日常の職場では困難である。職務から離れてこそ得られる感覚である。

「研修の空しさ」の問題

 研修所で政策能力の話を聴いて納得しても、職場に帰ると元の地方公務員に戻ってしまう。これが「研修の空しさ」の問題である。
 これをどう考えればよいのか。
 長年にわたって蓄積された役所文化である。お役所流儀はそう簡単には変らない。住民を客体と考える行政文化は職場の壁と床に染み付いているのである。
 役所内主流の考え方はこうである。首長が市民参加を言うのは選挙があるからであって、行政職員が市民参加を言うのは如何なものか、住民は素人であり身勝手である。行政のプロである吾々が決定し執行しなくてどうするか。この考え方を全身に染みつかせ、しかし自身は「注意深い責任回避」と「現状維持的安定」を旨とする。これが行政の管理職である。であるから行政職員は「職場に帰ると元の地方公務員に戻る」のである。この「研修の空しさ」を乗り越えなくてはならない。
 だが公務員は「人事異動と昇任」が総てに優る価値と内心深く銘記して上司に仕え、前例にないことは極力避けて、何事も無難に大過なくの保身を旨とする。
ありきたりの研修ではビクとも変化しない。それが公務員である。
 そこで、「研修の空しさ」を嘆く前に、「統治支配の官庁理論」を「市民自治の自治体理論」の研修に組み換えているか。その組替えができる「研修所改革」を実践しているか、を自らに向けて問い返すことである。
 「研修所も、上司と職員の関係は、本庁職場と同一空気ではないのか。研修所が「紺屋の白袴」であるならば「政策能力を高める研修」ができるわけはないのである。「研修の空しさ」も打破できない。 
 つまりは、「研修改革とは研修所の改革」である。「答えは問い」に戻るのである。すなわち、改革はいつの場合にも「主体の変革」が基本である。