■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
自治体学理論
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自治体学理論

 市民自治
「市民自治」とは、市民が公共社会の主体であり公共社会を管理するために市民が政府をつくるという意味です。
「市民自治」は「自治体学の規範概念」です。
自治体学は「国家を統治主体と擬制する国家学理論」に対して「市民が政府を選出し制御し交代させる自治の主体である」と言明します。
「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置するのです。
自治体学は「国家」ではなく「市民」から発想して理論を構成するのです。
「市民自治」は規範概念でありますから、その理解と納得には「国家統治の観念」に対するご自身の所見が不可欠です。
 例えば、「自治とは自己統治のことである」と説明されています。この説明は「自治」が規範概念であることの意味を理解していないのです。
 なぜなら「統治」は「統治支配する主体」と「統治支配される被治者」を前提にする観念です。「自治の概念」を説明するとき「統治」の言葉を用いるというのは、「統治」に「自治」を対置した意味が「理解できていない」ということです。即ちそれは「いまだ現存していない自治」を「未来に向かって現出せん」とする規範意味が理解できていないということです。

 市民自治の理論
「岩波新書・市民自治の憲法理論(松下圭一)」が出版されたのは1975年でした。それまでは「憲法は国家統治の基本法である」が通説であったのです。
この本は「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置して「憲法は市民自治の基本法であるのだ」と明快に論述しています。
 憲法理論も行政法理論も「180度の転換」が必要になったのですが、憲法学者も行政法学者も「国家統治の観念」で理論構成をしてきているので「市民自治の信託理論」を容易に認めないのです。だが、市民と自治体職員は自身の実践体験によって「市民自治の理論」を納得し理解します。
 例えば、管直人衆院議員は、著作「大臣(岩波新書)」に「私は市民自治の憲法理論で育った世代です」と書き、橋本内閣のとき「憲法65条で規定する内閣の行政権の範囲はどこまでなのか」と国会で質問をして「憲法95条の地方公共団体の行政権を除いたものである」との公式政府答弁を引き出しました。そしてその経緯を著作「大臣」に国会速記録を付して記述しています。
 自治体学には「経験的直観」と「総合的判断」による「未来予測力」が必要です。
 自治体学理論は「事態を事後的に実証分析する」解説理論ではないのです。「未来に目的を設定し現在条件を手段として操作する」実践理論であるのです。
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自治体学理論
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自治体学理論
一章 自治体学の概念  
1 自治体学会
自治体学会は1986年に「自治体学の創造と研鑽」をめざして設立された。学会の設立時には「自治体学」を「自治体関連諸学の総称の学」と仮定義した。爾来、二十年を超える歳月が経過した。
2006年4月、北海学園大学法学部は「自治体学」の講義を開講した。専門科目(四単位)の「自治体学」の教科は日本の大学で最初である。
これまでの憲法学、政治学、行政学、行政法学は「国家」を理論前提とする「国家学」である。国家学では現代の都市型社会が噴出する、環境、資源、医療、福祉、文化などの「前例なき公共課題」に対して、部分的な問題点の指摘は出来ても、全容の解明は出来ない。とりわけ、既成の学問はこれら課題を生活の場で自治の問題として解決する「市民自治の視点」が根本的に欠落している。このため市民運動が提起する論点に回答が出来ない状況がつづいてきた。
国家学は「国家」を統治主体と擬制する。
自治体学は「市民」を自治主体と考える。
「市民」とは「規範人間型」であるから「市民」という規範人間型への自覚をもつ普通の人が「市民」である。「普通の人」とは「特権・身分をもつ特別な人ではない」という意味である。
「自治体学」は「国家統治を市民自治に」「中央集権を地方分権に」「行政支配を市民参加に」組み替える実践の学である。すなわち、歴史の一回生である実践を理論化し、理論が実践体験を普遍認識に至らせるのである。実践を理論化するから「規範概念」が重要になる。
「規範概念」とは、未来を目的に設定し現在を手段とする「政策型思考の動態的実践概念」である。事後的静止的な解説概念ではない。したがって、現状変革の意識が微弱であれば、「規範概念」の理解は困難である。例えば、80年代に流布した「行政の文化化」は規範概念である。行政の現状況に対する変革意識が薄弱であれば「行政の文化化」は意味不明の言葉になる。
同じように「市民」も「自治」も「規範概念」である。市民自治の実践体験が微弱であればその概念認識は漠然である。 

2 用語の始まり
 「自治体学」という言葉は、1978年開催の「地方の時代シンポ」で長洲一二(当時の神奈川県知事)が「ここにお集まりの皆さんで自治体学の学会のというようなものを創っていただければ‥」と挨拶したのがことばの最初である。
しかしながら、長洲の述べた自治体学会は「学者による学会」であり「自治体学」のイメージも具体性のあるものではなかった。
「自治体学」の内実は「自治体学会員」の研究と実践によって次第に形成されたのである。後述するように「自治体理論」「政策形成力」「市民自治制度」の深化と整備は自治体学会の設立がバネになって進展した。
自治体学会は「自治体政策研究交流会議」の場で提案され誕生した。
その「政策研究交流会議」は次のような経緯で開催された。
七十年代に公害問題と社会資本不足で都市地域に住民運動が激発し革新自治体が群生し革新市長会を結成した。革新市長会は政策情報を交流し1970年「都市づくり綱領」を作成した。革新自治体は「省庁政策の下請団体」から「地域独自の政策を実行する地方政府」への脱皮を目ざしていたのである。
このような情勢を背景に自治体職員の「自主研究グループ」が全国各地に叢
生した。そして、1984年5月、東京中野サンプラザで「自主研究グループ全国交流集会」を開催するに至った。
自治体職員の自主研究活動の広がりが「政策研究交流会議」を開催するに至る要因の一つであった。 
もう一つの要因は、「政策研究を時代の潮流にする」ためであった。
神奈川県は1978年に「公務研修所」を「自治総合研究センター」に改組して「研究部」を設けた。その研究部の「神奈川の韓国・朝鮮人の研究」が朝日新聞の論壇時評で「本年度の最高の成果」と評され「自治体の政策研究」が注目を集めた(注( )。
この動向を敏感に洞察した自治体首長が「政策研究の組織と体制」を自治体内に設けた。例えば、政策研究室(愛媛)、政策研究班(福井)の設置、シンクタンクの設立(静岡、埼玉)、地域の研究所や大学との連携(兵庫、三鷹市)、政策研究誌の発刊(神奈川、兵庫、徳島、埼玉)などである (注( ))。
このようにして、神奈川県の「研修所改革」が引き金になって「政策研究」が自治体の潮流になりつつあった。
ところが、本庁の課長は自分の所管業務に関する「職員の政策研究」を嫌った。知事のいないところで「若い職員が勝手な夢物語を描いている」と冷淡に言い放って水をさしていた。これが当時(一九八三年前後) の先進自治体の状況であった。
管理職が政策研究を忌避するこの状況を突き破るには、「全国交流会議」を開催して「政策研究が時代の潮流になっている」ことを内外に鮮明に印象づける必要があった。
一九八四年十月十八日、横浜港を眼下に眺望する神奈川県民ホール六階会議室で「自治体政策研究交流会議」を開催した。北海道から九州までの各地から一四〇団体・三五二人の自治体職員と市民と研究者が参加した。
この交流会議の場で「二つの動議」が提出された。
一つは「交流会議の継続開催」。他の一つは「自治体学会の設立」。
前者は「全国持ち回り開催」を確認して次回は埼玉で開くことが決まった。後者の「学会設立の提案」は、参会者全員が地域と職場で「学会設立の意義と可能性」の論議を起こし、その結論を次回埼玉会議に持ち寄ることを約定した。
このような経緯で「政策研究交流会議」から「自治体学会」が誕生したのである(注3)。
「自治体職員の政策研究」のエネルギーが自治体学会を設立させたのである。
 しかしながら、前述したように設立時には「自治体学」という専門の学問は存在しなかった。存在するのは国家を理論前提とする国家学であった。

3 学会設立時の定義
自治体学会設立の準備事務局を担当した神奈川県自治総合研究センターの研究部は、学会設立の発起人を全国に呼び掛けるために「自治体学の研究」に着手した。(以下の要約は、研究部長であった筆者が執筆した「自治体学の定義」の部分である。「自治体学に関する研究」の全文は神奈川県自治総合研究センターの「ホームページ」で「ダウンロード」できる)
自治体学とは、急激に変化しつつある地域社会から噴き出してくる「前例なき公共課題」を解明する実践の学である。したがって、自治体学に「完結した理論体系」を求めることはできない。また、自治体学は運動論的な側面を分かち難く包含する。
自治体学の内容は公共課題を解明することによって創造される学であるから自治体学は常に「仮定義」として理論構成することになるであろう。
かくして、自治体学を「自治体が国家中心の思想・科学から市民自治の思想・科学へと自立する学である」と定義した。
 
4 国家学と自治体学
国家学は「国家」を統治主体と擬制する。
自治体学は「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置する(1)。
歴史年表に学問弾圧の事件として記録される「天皇機関説事件」は美濃部達吉博士の「国家法人理論」である。「国家法人理論」はその頃の「正統理論」であった。しかしながら、「国家主権」と「国家法人論」は君主主権を偽装する理論である。
現在の憲法に国民主権を明記したので、現在の憲法学と政治学は「国家法人論」「国家主権論」を正面切って唱えなくなっている。けれども、今もなお理論の根底に「国家」「国家統治」の観念が強固に存在する注( )。
そして、昨今の(2005年以降の)改憲の動向は、「国家観念」の復古を促し、「国民・領土・統治権」を国家の構成要素であるとする「国家三要素説」が随所に顕在化する。「国民主権」を「国家主権」に巧みに置き換える論法は健在である。「国家観念」は「政府責任」を「国家責任」に巧妙に置換えて「政府責任の追及」を曖昧にはぐらかすのである。
例えば、イラクで三人の日本人が拘束されたときである。
アルジャジーラ放送が伝えた「現地の声明」は、「日本の人々には友情すらも感じている。だが貴方がたの政府のリーダーはアメリカのブッシュと手を組んで軍隊をイラクに出動させた。三日以内に撤退を始めなければ、拘束した三人を焼き殺す」であった。日本のテレビ各局は「アルジャジーラ放送」をそのまま報道した。肉親家族はもとより日本の人々は大いに驚愕した。ところが、翌朝のテレビは、「貴方がたの政府のリーダーは」の部分を「貴方がたの国は」と「見事に足並みそろえて」改竄した。「誰がそのようにさせたのか」そして「これは何を意味するのか」。
問題の所在は「国家責任」ではなく「政府責任」である。

5 国家法人理論と政府信託理論
 明治のとき、「Stete」を「国家」と翻訳した。しかしながら、「ステート」は「全国規模の政治・行政機構」の意味であって、今風に言えば「中央政府=セントラルガバメント」である。
本来の「ステート」の意味は「幽玄の国家」ではない。
「ことば」は「思考の道具」であるのだから、思考を明瞭にするには「概念」を明晰にしなくてはならない。
福田歓一(元・日本政治学会理事長)は、1985年パリにおいて開催された政治学世界会議での報告で「われわれ政治学者は国家という言葉を使うことを慎むべきである」「規模と射程に応じて、地方政府、地域政府、全国政府と使いわけるのがよい」「人類の政治秩序の諸概念を再構築することが切実に必要であると信じる者として、過度に十九世紀の用語にとらえられていることを告白しないではいられない」と述べた注(  )。
ところが、現在も政治家と官僚は「国家観念」を言説して、「政治主体である国民」を「国家統治の客体」に置き換える。これが「国家」を隠れ蓑にする「官僚統治の論理」である。「国家の観念」に「国民」を包含させる(国家三要素説)から、「国家責任」は「国民自身の責任」のようにもなって、国民の「政府責任」「官僚責任」追及の矛先がはぐらかすのである。 
国家法人理論は、「国民主権」と「国家主権」を曖昧に混同して「政府」と「国家」を混同させる。
国家学は「国家統治」の「国家法人理論」である。
自治体学は「市民自治」の「政府信託理論」である。 
政府信託理論は「市民」が「政府」をつくって(選出し構成して)、代表権限を信託すると考える。
代表民主制度の理論構成で重要なのは「政府責任の理論」「政府制御の理論」である。

6 「市民自治」の政府信託理論
(1) 市民は公共社会を管理するために政府(首長と議会)を選出して代表権限を信託する。信託は白紙委任ではない。政府の代表権限は信託された範囲内での権限である。
(2) 市民は政府の代表権限の運営を市民活動によって日常的に制御する。
住民投票は政府制御の一方式であって代表民主制度を否認するものではない。住民投票は政府の代表権限を正常な軌道に戻らせる市民の制御活動である。
(3) 市民は政府の代表権限の運営が信頼委託の範囲を著しく逸脱したときには信託解除権を発動する。信託解除権とは解職(リコール)または選挙である。


自治体の文化戦略
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自治体の文化戦略
 
文化行政のはじまり
文化行政は大阪から始まった。1972年8月、大阪府の黒田了一知事は企画部に文化振興室を新設して10人の著名人による大阪文化振興研究会を設置した。その研究成果が『大阪の文化を考える』『都市の文化問題』となって創元社から出版された。この二冊の本は文化行政の手引き書として自治体関係者に広く読まれた。 
総合研究開発機構(NIRA)は、1975年12月、委託研究『地域社会における文化行政システムに関する研究』を刊行し「文化と行政」をテーマに「シンポジュウム」を開催した。
時代感覚の鋭敏な自治体首長は、『大阪の二冊の本』と『NIRAシンポ』で「文化」が新たな時代の課題になっていることを直観した。さらにまた、文化行政を「着想から現実の行政へ」と飛翔させたのは「文化ディスチャージ論」であった。「教育はチャージ(充電)であり文化はディスチャージ(放電)である」「両者は本質的に方向が相反する」「文化行政の所管は教育委員会でなく首長部局がよい」。この絶妙の「しかけの論理」を提出した梅棹忠夫氏は、このころ、関西自治体の文化行政コンサルタントとでもいうべき役割を積極的に果たした。 

文化行政連絡会議
 文化行政は、首長のリーダーシップによって府県に根を降ろし始めた。だが、担当者は文化行政とは何か、文化行政の領域はどこまでなのか、何から始めればよいのか、それらは手探りであった。この状況を切り拓くため、1977年9月、神奈川県文化室の呼びかけで「府県文化行政連絡会議」が箱根湯元で開催された。集まったのは、宮城、埼玉、愛知、京都、大阪、兵庫、神奈川、横浜の七県一市の担当者19名で、当日の協議事項は五項目であった。
1 文化行政と総合計画との関係をどう考えるか。 
2 庁内の各部各課との横の連携はどうするか。
3 文化施設や文化団体の実態を把握する方策は何か。
4 文化行政への外部からの提言を得るにはどうするか。
5 現在および将来において文化行政の重要課題は何か。
 この連絡会議が「全国文化行政会議」へと発展し「文化行政シンポジュウム」を開催することになる。

全国文化行政シンポジュウム
1979年11月8日と9日の両日、横浜国際会議場で「白治と文化―地方の時代をめざして」をテーマに掲げた「シンポジウム」が、全国文化行政連絡会議と神奈川県とNIRAの主催で開催された。
国が呼びかけたものでもなく、法令に根拠をもつものでもない“文化行政”を話し合うために、四三の都道府県と三三の市町村が参集した。参加者386人は国際会議場を溢れ出し、ロビーに架設会場を設けモニターテレビを配置する盛会さであった。予想を超えた参加者の多さは「文化行政」が時代の課題になっていると予感したからであろう。
明治以来、自治体が独自に会合し公共政策を討論したことはない。前例のない出来事であった。“自治体の時代”の到来を象徴的に示す事態であった。このシンポを契機に「文化セクションの設置」と「文化戦略へのとりくみ」が潮流となって自治体に広がった。
文化行政は、それまでの教育委員会所管の「文化財保護と杜会教育」の「文化庁文化行政」ではない。環境、福祉、産業、都市計画など、白治体行政のあらゆる分野に“文化的視点”をとりいれる総合行政である。
それまで自治体は、省庁→府県→市町村とタテ系列につながり、補助金と機関委任事務で省庁政策に支配されていた。だが、地域社会が成熟して質的公共課題が増大したのである。自治体は文化戦略を独自に模索し始めた。だが、文化行政に正面から疑問が提起された。

文化行政への疑念
 財政不足で「福祉のバラマキ」が出来なくなったから「文化のまつり」を言い出すのは「安直」である。「文化と行政」は「水と油」である。文化は自由な市民活動の問題である。行政が「文化」を言い出すのは「危険」ですらあるとの疑念であった。
 だが当時は、画一的都市開発が進行していたのである。都市基盤整備は生産至上の「機能・効率」の工業開発であった。住宅も道路も公園も橋も学校も「用が足りれば良い」であった。そしてまた、明治この方、公共財政は庶民大衆の文化施設にビタ一文使われていない。文化施設は皆無である。日比谷公会堂も中ノ島公会堂も財界人の寄付である。
行政は「美しく潤いのある生活環境」と「市民の自由な文化活動の条件」を整備すべきである。「行政が為すべきこと」「関わってはならぬこと」「行政には出来ないこと」を見極めなくてはならないが「文化行政」は必要であった。
だがしかし、「前例と規則の責任回避」「何事も無難に大過なく」の役所行政では「文化行政」にならない。その後の展開が示すように「意味ある文化行政」は少数であった。文化行政への「疑問と批判」は正鵠であった。
こうして「行政の文化化」の言葉が創られた。

「行政の文化化」
「行政の文化化」とは「行政文化の自己革新」の意味である。
今の行政では意味ある文化行政にならないとの自覚から生じた言葉である。
行政文化とは、長い歳月によって行政内に堆積した慣例・手続き・手順・流儀・作法である。公務員の職業倫理観・住民観も行政文化である。何れも統治支配の「官の文化」である。
80年代に時代の潮流となって広がった文化行政は「今の行政のままでは文化行政にならない」と自己認識し、「自己革新した市民と行政職員との協働の営為」が不可欠であると考えた。そして「行政文化の自己革新」を「行政の文化化」という言葉で表現し、「自己革新した主体の協力」を「協働」という言葉で表現した。いずれも課題解明を模索した造語である。「協働」は「コラブレーション」の翻訳語などではないのである。
文化行政は市民の文化創造に介入するものではない。行政の文化化は現在の事業執行と制度運営と行政機構の文化的自己革新に意味がある。
文化行政とは「住み続けていたいと思い住んでいることが誇りに思える地域社会を創る市民と行政職員との協働の営為」である。この80年代の「文化行政の定義」は21世紀の今も正当であろう。

(注)
1 首都圈文化行政研究会編「新編・文化行政の手引き(公人社)」3頁の「文化行政の定義」が一般化したと言ってよいであろう。
2 地方自治職員研修:臨時増刊「行政の文化化読本」に全国文化行政会議の歩みが収録。第一回全国シンポの概要は地方自治通信80年 2月号。
3 「文化行政」松下圭一・森 啓編著(学陽書房) 333頁に(自治体文化行政の動向)が記録されている。
4 文化のまちづくりの実践例は「文化行政とまちづくり」田村明・森 啓編著(時事通信社)。
5「市民文化は可能か」松下圭一(岩波書店) 139頁「考察の座標軸」に政治イメージの転換が必要と指摘。
6 「文化ホールがまちをつくる」森 啓編著(学陽書房) 文化会館が各地に建設され「ハコモノ批判」が噴出した問題状況を解明。
7「行政の文化化」上田篤編著(学陽書房) 226頁に行政の文化化の系譜、その意味と実践が収録。
1 自治体学の二十年
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Ⅰ 自治体学の二十年        2006-8-20

1 問題の所在

自治体学会を設立して二十年が経過した。

設立時には「自治体学」を「自治体関連の諸学の総称の学」と仮定義した。

「国家統治」を「市民自治」に、「中央集権」を「地方分権」に、「行政支配」を「市民参加」に転換する「理論と実践」を目ざして自治体学会を設立した。

二十年を顧みるならば、「市民自治の自治体理論」「自治体自前の政策形成力」「市民自治の制度整備」は画期的とも言えるほどの展開である。

自治体学会の研究大会も年毎に参加者が増えている。二十年前に小学生であった人も自治体職員として参加している。まことに盛会である。

たしかに「理論」「政策」「制度」は進展した。だが、表面的な上滑りになってはいないか。「新しい言葉」を使えば状況が変わり、「新しい制度」を作れば事態が変化すると考えてはいないか。

自身の不利益をも覚悟し状況を切り拓く情熱は持続されているであろうか。

状況追随思考が広がっているのではあるまいか。 

例えば、「政策評価制度」が喧伝されると「導入検討会」が流行する。

「マニフェスト」が話題になると「研究会」が盛んに開催される。

さらには、首長の次の選挙までに「案文を作成」し「議会で議決」すれば「自治基本条例」が制定できると考える。

あるいはまた、例えば、昨年来の交付税削減による地方切捨ての「市町村合併」に自治体学会と自治体学会員は的確な対処をしたであろうか。

合併をめぐって全国各地で「住民投票の署名運動」が広がった。これは「代表民主制度」への不信の表明である。「開票せずに燃やす」というのは「民主制度根幹の揺らぎ」である。この事態を「それもあり」とする「黙視」は存在しなかったであろうか。
3 代表民主制と住民投票
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3 代表民主制と住民投票

「自治体学の二十年」を顧みる重要問題の他の一つが「代表民主制の揺らぎ」である。次にこれを考察する。

(1) 代表民主制を担保する制度

高知県窪川町が1982年に制定した住民投票条例がわが国で最初の住民投票条例である。実際に住民投票を実施したのは1993年の新潟県巻町であった。

さらに、近年の市町村合併をめぐって、各地で「住民投票条例の制定を求める署名運動」が展開された。代表民主制を担保するには、「自らの意思を表明する制度」が必要だと住民が考え始めたからある。

60年代の後半、大気汚染、水質汚濁、地盤沈下などの公害問題が発生し、住宅、交通、保育所、学校などの社会資本不足によって住民運動が激化した。

当時の住民運動は「首長と議会に解決を求める要求運動」であった。だが、要求を受けとる首長や議会の側に民主代表制の政治感覚がなければ要求運動は実効性をもたない。

窪川町で住民投票条例が制定されるに至った経緯は、当時の首長と議員が代表民主制に反した振る舞いによって住民の不信感を高めたからであった。

「原発建設についての決着を直接住民に訊くのは卑怯な手段である」との町長の発言が、住民の反感を買ったのである。

すなわち、わが国で最初の「住民投票条例」は「代表民主制度が機能不全」に陥ったとき、代表民主制を担保する「制度要求」として始まったのである。すなわち、「住民投票制度」は「代表民主制の機能不全」を是正する制度として登場したのである。

今次の市町村合併を巡って「住民投票条例の制定」を求める署名運動が全国各地に起きた。これは何を意味していたのか。

                                       

(2) 合併とは何か

合併とは「地域の自治権」「地域の自治制度」を永久に失うことである。

父祖伝来の町の名前がなくなり、役場から発注されていた財政支出がなくなって公共経済の地域還流が失われる。若い職員は中心地に住所を移し商圏も中心に移って商工業も衰退する。周辺地域は間違いもなく寂れていく。

既に合併した地域を眺めるならば歴然である。

「合併やむなし」を言明する「首長の言動」を仔細に観察するならば、総務省の兵糧攻めに直面して「故郷を守り抜く気概」はない。

理不尽な「合併強要」を「乗り越える覚悟」はなかった。「自身のこと」を第一義に考えて対処したと思わざるを得ない。

だが他方には、「困難を覚悟」し「合併せず」を決断した町村長もいたのである。その才覚と覚悟を聞かずして「合併やむなし」を口にするのは「困難な役割」から逃げ出したいからである。「故郷を投げ出す所業」である。  

住民投票条例の制定を求めた署名運動は、「信託した代表者の権限運用」に是正を求める住民の「問い質し」である。「代表民主制の否認」ではない。解職要求(リコール)でもないのである。

だが、「問い質し」に誠実に対応しないときには「信託解除権」の発動となる。北海道南幌町ではそれがあった。

今次合併をめぐって「自治体学の二十年」を顧みる論点が多く提示されている。

(3) 直接民主制と間接民主制

次のような論理が横行した。

「住民投票」は直接民主主義の手続きである。

憲法が定める原則は代表民主制である。

だから住民投票は代表民主制に反すると主張して「住民投票条例の制定」を拒む事態が全国各地で起きた。

しかしながら、代表民主制度は「選挙という直接民主制」によって成立する。

すなわち、「代表民主制」は「直接民主制」によって正統性の根拠を担保されているのである。憲法はそのことを定めているのである。

「直接民主制」と「間接民主制」をあたかも「相反する制度である」かの如くに対置するのは正当な論理でない。住民投票を嫌悪する人々の誤った論理である。

首長と議会の代表権限は白紙委任でない。

代表権限は信託され範囲内での権限である。

「住民投票条例制定の署名運動」が全国各地で展開されたのは、「自治の主体」として見過ごすことができないから「署名運動」を起こしたのである。

それは「代表権限の運営」が「問い質された」のである。代表民主制度の否認行動ではない。政府制御の行動である。

住民投票を求める署名運動の広がりは「代表制民主制度」を担保する「住民自治制度」の整備を求めたのである。そのように認識するべき事態である。

その事態を「市民自治基本条例の制定」に連結して発想するのが自治体学である。

市民自治の規範論理は「市民が政府を選出し・政府を制御し・政府を交代させる」である。

(4) 開票しないで焼却する

全国各地で「住民投票条例」の署名運動が起きた。だが多くは議会で否決された。住民投票を行うことになった場合にも、「投票率が低いときには開票をしない」と定めた。いわゆる「50%条項」である。

これは徳島県の吉野川河口堰の建設をめぐる住民投票条例の制定過程で、徳島市議会で妥協の産物として生まれた「異常事例」である。

すなわち、住民投票の実施自体に不賛成の人々から、「投票の不成立」を目的とした「組織的投票ボイコット戦術」として提案され、「やむを得ない妥協」として生まれた「異常事例」である。

それが、今次の合併騒動で「住民の意思表明」を「葬る策」として援用されたのである。

しかしながら、投票箱の内にあるのは合併に対する「住民意思」である。「住民の意思」を「開票せずに焼き捨てる」のは「民主制度根幹の否認」である。

しかるに、学者も労組も「それもあり」と黙過した。

自治体学会にも「民主制度根幹の否認である」との論議は少なかったのではあるまいか。あまつさえ、合併促進の省庁官僚を講師として壇上に招いたのではなかったか。

(5) 「投票結果を尊重する」の規定 

「合併反対」が多数であっても、「僅差である」として「合併を進める町長」も現れた。住民投票条例の規定文言は「投票結果を尊重する」で「投票結果に従う」ではない。だから「解釈の幅(自由)があるのだ」との理屈である。

しかしながら「尊重する」はあくまでも「尊重する」である。

投票数の少ない方を選択するのは「明白に尊重しない」である。

投票条例の文言を「従う」としないのは、「代表民主制度を機能し続けるため」である。

自治体学会は目前に生じている事象を理論化し研鑽しているであろうか。 

自治体学会員の自治体理論が各地で「首長と議会の自治体運営」に反映するためにも、市民自治基本条例の制定に市民自治的に関与をするべきであろう。
4 自治体の概念
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4 自治体の概念

(1) 基礎概念の吟味

 先ごろ、北海道自治体学会のメーリング(ML)で「『自治体』という言葉は何を指しているか」「自治体に市民は含まれるのか」をめぐって、次のような「メール」が往来した。

1 「自治体」とは「政府」のことであって「市民」は含まない。 

2 「自治体」とは「市民」と「政府」の双方を包含する言葉である。

3. 役場の文書や会議で使う「自治体」は「都道府県庁、市役所、町村役場」のことです。
4. 役所だけを『自治体』と僭称することに違和感を覚えます。
5. 自治体とは『まち』のことです。私の自治体は空間的イメージです

さて、自治体学会員の方々はどのように考えるであろうか。

概念・用語は思考の道具である。

論理的思考力は高めるには基礎概念を曖昧にしてはならない。

(2) 具体的考察 

「概念」を曖昧にしないために具体的に考えたい。

例えば

・ 神奈川 

* 神奈川県
* 神奈川県庁・県議会
* 神奈川県民  
* 神奈川県庁舎

と並べたとき、「自治体」はどれであろうか。

「自治体とは政府のことだ」の考え方だと、自治体=神奈川県庁と県議会になる。だがそれなら「神奈川県」は自治体ではないのか。自治体でないのなら「神奈川県」は何なのか。あるいはまた、神奈川県が「自治体」ならば、神奈川県と神奈川県庁の違いをどう説明するのか。「神奈川県」と「神奈川県庁」は、市民生活の観念として明らかに異別の存在である。

ところが、行政の幹部職員が「神奈川県の方針は」「神奈川県といたしましては」などと言うときがある。

この言い方に「神奈川県とは県庁のことなのか」「県庁が神奈川県の公共課題の総てを独占するとでも言うのか」との反感的批判がある。

「県行政といたしましては」「県庁の方針は」と言うべきだ、との批判的反論がある。

旧内務省の言葉遣いでは「地方公共団体」と「県庁」は同義語である。お上の官庁を県民が批判し制御することを認めないからである。

住民は被治者であって「自治主体」ではない。だから「お上である県庁」が即ち「地方公共団体」である。

しかしながら、旧内務省用語で概念を混同してはならない。とりわけ、行政職員に「神奈川県」と「神奈川県庁」を曖昧に混同させてはならない。

同様に「自治体」と「自治体政府」の概念も曖昧に混同してはならないであろう。 

神奈川県が「自治体」であって、神奈川県庁(代表機構と代行機構)は「神奈川県の政府」すなわち「自治体の政府」である。そして、その「政府である神奈川県庁」を「神奈川県の市民」が制御するのである。

すなわち、「自治体」は「自治主体の市民」と「制度主体の政府」との緊張関係で運営するのである。

こう考えるのが「自治体理論」である。さて、この考え方に次のような反論がある。

(3) 自治体とは政府のことか 

「自治体という政府」に市民・住民は含まれない。「政府形成権力である市民」を「市民に奉仕するべき政府」と同列に扱うのはデモクラシーの原理に反する。

自治体は市民がつくる政府制度であり政治機関である。

憲法の「地方公共団体」を「自治体」に置き換えて読めば、自治体は明らかに「政府」(政治・行政機構及びその活動一般)である。

自治体に「市民」を含める考え方は「国民・政府・領土」の三つを国家の構成要素とする「国家三要素説」を連想させる。国民が政府・領土と同列に置かれて「国家の要素」になるのと同じ考え方である。

概ねこのような反論である。

だがしかし、国家を「国民、領土、統治権」であるとする「国家三要素説」は、国家を絶対・無謬の統治主体にするための「虚構の論理」である。

 だが「自治体」と「国家」は正反対の方向である。国家は「統治主体」で「国民を統治」する。自治体は「市民自治」で「市民」が「政府」を選出し制御し交代させるのである。

すなわち、自治体は市民(自治主体)と政府(制度主体)の「信頼委託・緊張制御」によって運営されるのである。

この考え方は「デモクラシーの原理に反する」ものではないであろう。

(4) 政府と自治体

そもそも「政府」と「自治体」は同じ意味の言葉であろうか。同じ意味であるのならば、なぜ二つの言葉をときによって使い分けるのか。

自治体を政府だと主張する意図は、おそらく、これまで「県庁や市役所」は「地方行政機関」であり、「県や市」は「地方公共団体」であった。そこで、中央に従属しない「地方の自立」を強調するには、「自治体」と「政府」を理論化しなくてはならない。すなわち、「地方公共団体」を「自治体」へ、「地方行政機関」を「政府」へと転換する理論である。

「政府の理論」はこうである。現代社会では前例の無い公共課題が増大するから「政府は中央政府と地方政府に分化するのだ」と説明する。

「自治体の理論」は少し厄介である。

「国家」を「絶対無謬の統治主体」だとする「虚構の国家理論」を打破しなければならない。そこで「国家」を「人々(市民)」と「政府」に分解して「国家」なる言葉を使わず「市民」と「政府」の理論にしたい。「国家法人理論」から「政府信託理論」への転換である。

「国家の観念」には「絶対・無謬の統治主体」が染み込んでいるからである。ところが「政府」とは別の「自治体」を認めると、「中央政府」とは別の「国家」が甦る。それは困る。そこで「自治体とは政府のことだ」になった、のではあるまいか。 

しかしながら「神奈川県」と「神奈川県庁」は明白に異別である。

同様に「国家」を忌避しても「日本国」と「日本国の政府」と「日本の人々(市民)」を指し示す言葉は必要である。(国民は「国家の国民」になるからなるべく使わないようにする)

ここで認識しておくべきは、「神奈川県庁」はいまだ「政府」になっていない。「神奈川県」もいまだ「地方公共団体」であって「自治体」になりきっていない(その途上)ということである。

すなわち、「自治体」「自治体政府」「市民」は「国家統治」から「市民自治」への転換をめざす「規範概念」である。「統治概念」を「自治概念」に置き換えるには理解咀嚼の困難さが伴うのである。

「地方公共団体」は「地方の行政団体」であって、そこにいる人々は「被治者としての住民」である。「自治体」は「自治の主体である市民」が「代表権限を信託した政府」を組織して制御しているのである。

「地方公共団体」と「自治体」の違いは、自治体には「政府」と「市民」が成熟しているが、地方公共団体は「行政団体」であり「被治者としての住民」である。 

同様に「地方公共団体・自治体・神奈川県」の概念も、「住民・市民・県民」の概念も、比較考察による概念認識が必要であろう。 
5 自治体職員
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5 自治体職員 

1. 地方公務員と自治体職員

行政スタイルの変革には「理論の転換」と共に「主体の成熟」が必要である。 主体の成熟とは「地方公務員」から「自治体職員」への自己革新である。

地方公務員とは「行政とは法律の執行である」と考えて「現行制度上止を得ない-の論理」に呪縛されている人である。

前例に従って何事も無難に大過なくの保身的で従属的な行政職員が地方公務員である。地方公務員は統治理論に馴らされ自治体理論の視座を持たないから自治体が政府であることが理解できない。

都市型社会が成熟して前例のない公共課題が噴出していることが見えない。前例なき質的課題の解決には市民と行政職員との協働が不可欠であることも理解できない。

「協働」という言葉を流行語として使うけれども「協働」には主体双方の自己革新が不可欠であることは理解できない。現在の行政スタイルのままで協働が可能であると考える。現在の自分のままで立派なことが出来ると思っている。

自治体職員は自治体理論を学習し実行する全日制公共事務局職員である。

市民と協働して住んで誇りに思える魅力ある美しく楽しく豊かな地域社会を創る行政職員である。

地方公務員と自治体職員の相違は「市民自治の自治体理論」を学習し実践しているか否かの違いである。

 そこで、自治体職員の能力を考察するために「国の公務員」と「地方公務員」をこみにして考えてみる。

(2) A型公務員とB型公務員

公務員を大きく二つに分けて考える。

 一つは、法律や制度や規則というものは本来つくった瞬間から遅れていくものだということが分かっている公務員。だから、状況変化に応じ改めなければならぬと思い、思うだけでなくてそのように行動することが出来る公務員。

このタイプをA型の公務員とする。

 他の一つは、上司の命令指示には極めて忠実で服務規律を尊重し勤勉で実務処理の能力も高い。上司から優秀職員として表彰される能吏型の職員。

このタイプをB型公務員とする。

 A型の公務員は「政策思考型」である。

世の中のことはすべてが試行錯誤であると考えて多少のリスクは覚悟して仕事をする。まちづくりには不確定部分が常に伴うものであるから、何事も実践してみなければ事態は展開しないと考え、課題を設定し解決方策を考え出す。つまり、未来を予測し意味を創り出そうとする「政策型職員」である。

 B型公務員は「制度型職員」である。

 勤勉誠実ではあるのだが、公務員は法律・制度に従って仕事をするものだと思っているから発想も行動原理も組織や制度が前提である。事情が変わっても制度を改めようと発想しない「制度型職員」である。                     

 実際には、C型の公務員も存在する。数は多い。

C型は、国家公務員にも地方公務員にも大勢いる。

ぬるま湯型の無気力な公務員である。だが、自治体職員の能力を考えるにはC型公務員は問題外である。

さて、A型の典型タイプは省庁キャリア組である。

所属する組織の権限を拡大するために法律をつくる。それが最大の仕事であると育てられている。状況が変われば法律解釈を変えるのは当然であるとして「通達」の朝令暮改は平気である。キャリア組の総てではないけれどもA型は比較的多い。

 B型の典型は能吏型の地方公務員である。国家公務員にも杓子定規の制度前提のB型は多い。

さて、ここで重要なことは、「A型の自治体職員」が登場してきたことである。

A型の自治体職員は、タテワリの法律や通達を地域で総合化し、地域を甦らせる政策を考え出し市民と協働して統治型行政スタイルを市民自治型の行政スタイルに転換する行動様式を体得している。

省庁公務員は自身が所管する法律・通達が他の省庁の法律・通達と現地でどのように錯綜し矛盾しているのかが分からない。自治体職員は分かっている。分かって解決している。だから、省庁に指示を仰ぐ愚かなことはしない。かくて現在では、解説教示を求めるのは省庁公務員の側である。

都市型社会の公共課題は殆どすべてが総合行政的解決手法と地域住民との協働を必要とする。今や実践においても理論においても自治体職員の水準が高くなりつつある。

それでは、「省庁キャリア」と「自治体職員」とはどこがちがうのか。

(3) 官庁理論と自治体理論

 省庁公務員の考え方は国家統治の官庁理論である。国家法人理論が彼等の権限行使の理論根拠である。行政が政策を決定し執行すると考え、住民は政策の対象・客体であって行政サービスの受益者であるとする統治理論である。

 自治体職員は市民自治の自治体理論である。自治体もまた政府であると考える分節重層の政府信託理論である。現代社会の公共課題は市民と行政が協働しなければ解決できないと考えている。これが違いである。

 それでは、自治体職員と能吏型の地方公務員とはどこが違うか。能吏型地方公務員は国家統治の官庁理論を受容している。

自治体理論とは「自治体も政府であるとする理論」であり「自治体が政府になるための理論」である。

「自治」も「市民参加」も「自治体理論」も規範概念である。問題意識の劣弱な人には「規範概念」の意味が理解できない。  

(4) 自治体職員の自己革新

 自治体職員の自己革新とは如何なることか。

「慣例に従って無難に」の「公務員の行動様式」を自分の才覚で超えることである。

 言葉では「分権改革」「制度改革」「市民との協働」「政策形成力の向上」などの現状変革の言葉を使う。けれども、自身の行動場面になると「無難に大過なく」「上司意向を忖度して」になる。

上司の指示が、自分は「こうするべきだと思ったこと」と、異なるものになることが予測されても「上司の了解」を第一義にする。そこには「自分の才覚で職務を処理しよう」とする「職業倫理」が欠落している。

その行動様式を「自身の問題」として「問い質す」ことが自己革新である。

もとより、大問題になるようなことを自分の一存で処理してはならない。しかしそんなことは、公務員は誰もやらないのであって、問題は「自分の才覚で出来ることはゼロではない」の認識である。

「これは自分の才覚で処理すべきことだ」との行動様式を身につけたとき、そのとき「地方公務員から自治体職員への自己革新」が為される。

つまりは「そうなることが分かっていながらなんで聞くのよ」という「弁明的責任回避」の問題である。

「自分の才覚でやれることはやる」との考え方がゼロ%であるのならば「協働」などと利いた風なことは言わないことである。

さりながら、「統治型の職場秩序」から一歩踏み出すのは容易ではない。たいていの行政職員は統治秩序に順応して自分自身を「地方公務員」に育てる。「自治体職員」へと自己革新するには「自治体理論」が必要である。

人間は理性の存在でもあるから「理論的正当性の確信」が重要である。

一歩前に出るには「不利益になるかもしれない覚悟」が伴う。「出る杭は打たれる」のである。けれども「全身丸焼け」「玉砕」は賢くない。

だが、「課長になってから」「それまでは」との言い方は誤りである。それまでに息も絶え絶えのコームインになってしまうのだから。

人間には「ものが見えてくる」という場面がある。「壁・ジレンマ」に直面して才覚と勇気で一歩前に出たとき「ものごと」が見えて視界が開かれて自己革新がなされる。自己革新した主体の協力を「協働」と表現したのだ。
6 市民
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6 市民

 市民とは公共性の感覚を体得し行動する「普通の人びと」である。普通の人とは「特権や身分をもつ特別な人」ではないという意味である。

「市民」という言葉は近代西欧の「Citizen」の翻訳語である。福沢諭吉が「社会を担う主体的な個人」の成熟を念願し期待して翻訳した言葉である。 

シティズンは、近代イギリス市民革命の担い手である。所有権観念を闘いとり契約自由の原則を確立した市民社会の主体である。

 「一身の独立なくしては」と唱えた福沢は自由と平等の精神をもつ自立した人間が開国日本に育つことを希求したのであろう。「シティズン」が有している自由と平等の考え方を導入しなければと考えたにちがいない。

自己の才覚で利益も損失も判断していきいきと市(いち)で働く庶民こそが「シティズン」の訳語に相応しいと考えたのであろう。市民(いちみん)と翻訳した。だが、福沢が期待をこめて翻訳した「市民」という言葉は使われなかった。

明治政府は市民革命に失敗して皇帝が君臨していた後進国ドイツの国家理論をモデルに「帝国憲法」をつくり「教育勅語」によって忠君愛国の「臣民」を国民道徳として教えこんだ。臣民とは天皇の家来である。絶対服従の家来である。自立して社会を担う主体の観念はタブーであった。

戦後も使われなかった。社会主義の階級理論では「市民」は「所有者階級」と考えられたからである。使われたのは「人民」であった。労働組合も「市民」の言葉を嫌った。

都市的生活様式が日本列島に全般化して地方分権たらざるを得ない80年代に至って、ようやく、福沢が期待をこめて訳語した「市民」が使われるようになった。普通の人びとによるまちづくりの実践が全国に広がったからである。

しかしながら、人間は誰しも自分で体験しないことは分からない。国家統治の官庁理論の人々には「住民」と「市民」の違いが分からない。

行政機構の内側に身を置いて官庁理論でやってきた公務員には、市民運動の人達は目先利害で行動する身勝手な人たちに見えるのであろう。そしてまた、公共課題の解決のために地域の人達と連帯して行動し、感動を共有した体験のない学者や評論家は「合理主義・個人思想・人権革命の歴史を持たない日本では市民などはいないのだ」などと言うのである。

 近代市民革命のときの市民は「有産の名望家」であつた。しかしながら、現代の「市民」は公共性の感覚を持ち行動する普通の人びとである。

 都市型社会が成熟して、普通の人びとが市民である条件が整ったのである。

7「住民」と「市民」

 「住民」と「市民」はどう違うか。

 一般に「住民」とは、村民、町民、市民、県民など、行政区割りに「住んでいる人」のことである。

だが、「住民」という言葉は、住民登録・住民台帳・住民税というように、行政の側から捉えた言葉である。行政からすれば「住民」は統治し支配する客体である。住民は被治者であり行政サービスの受益者である。であるから、「住民」という言葉には上下の意識が染み付いている。その上下意識は行政にだけでなく住民の側にも根強く存続している。

「住民」という言葉には「行政と対等である」の観念は希薄である。

そこで、「住民」を「市民」との対比で定義するならば、「住民」は自己利益・目先利害で行動し行政に依存し陰で不満を言う人、そして、行政から行政サ―

ビスの受益者とされる人である。

「市民」は公共性の感覚を体得し全体利益をも考えて行動することのできる人。政策の策定と実行で自治体職員と協働することのできる人である。

しかしながら、「市民」も「住民」も理念の言葉である。理性がつくった概念である。実際には、常に目先利害だけで行動する「住民」はいない。完璧に理想的な「市民」も現実には存在しない。

実在するのは「住民的度合いの強い人」と「市民的要素の多い人」の流動的混在である。だが人は学習し交流し実践することによって「住民」から「市民」へと自己を変容する。人は成長しあるいは頽廃するのである。

 都市型社会が成熟して、生活が平準化し政治参加が日常化して、福沢の「市民」は甦ったのである。

自治体職員と市民との協働が魅力あるまちをつくるのである。
7「住民」と「市民」
(カテゴリー: 自治体学(ホーム)
7「住民」と「市民」

 「住民」と「市民」はどう違うか。

 一般に「住民」とは、村民、町民、市民、県民など、行政区割りに「住んでいる人」のことである。

だが、「住民」という言葉は、住民登録・住民台帳・住民税というように、行政の側から捉えた言葉である。行政からすれば「住民」は統治し支配する客体である。住民は被治者であり行政サービスの受益者である。であるから、「住民」という言葉には上下の意識が染み付いている。その上下意識は行政にだけでなく住民の側にも根強く存続している。

「住民」という言葉には「行政と対等である」の観念は希薄である。

そこで、「住民」を「市民」との対比で定義するならば、「住民」は自己利益・目先利害で行動し行政に依存し陰で不満を言う人、そして、行政から行政サ―

ビスの受益者とされる人である。

「市民」は公共性の感覚を体得し全体利益をも考えて行動することのできる人。政策の策定と実行で自治体職員と協働することのできる人である。

しかしながら、「市民」も「住民」も理念の言葉である。理性がつくった概念である。実際には、常に目先利害だけで行動する「住民」はいない。完璧に理想的な「市民」も現実には存在しない。

実在するのは「住民的度合いの強い人」と「市民的要素の多い人」の流動的混在である。だが人は学習し交流し実践することによって「住民」から「市民」へと自己を変容する。人は成長しあるいは頽廃するのである。

 都市型社会が成熟して、生活が平準化し政治参加が日常化して、福沢の「市民」は甦ったのである。

自治体職員と市民との協働が魅力あるまちをつくるのである。
8 自治体学の開講 
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8 自治体学の開講 

本年(2006)四月から、自治体学の講義(四単位)を北海学園大学で開講した。

(1) 思考力

講義の冒頭で、重要なのは「知識の習得」ではない。

「思考力」を身につけることだ。社会に出て評価されるのは「考える力」である。人間は言葉で考える。思考の道具は「言葉・用語・概念」である。

思考力を高めるには「明瞭で多様」な「概念と用語」を「思考の道具箱」に

収納し、必要に応じて「さっと出てくる」ように整理する。

批判的思考力を高めることが重要である、と学生に言い続けている。

現代社会は「状況追随思考」が蔓延しているからである。概念・用語を自在に使いこなすには訓練が必要だ。

試験で「答案を書く」のは「専門用語と抽象概念」を使っての思考である。大学の試験は思考力を高める訓練である。思考力の訓練には「論述答案」がよい。「試験場」は最高の「思考の訓練場」である。であるから、終了時間前の答案提出を認めない。時間一杯考えることを求める。

学生の「論理的思考力」を高めるためである。

(2) 自治体学

地方分権は工業文明国に共通する世界の潮流である。

科学技術の発達で生産性の高い便利な世の中になった。けれども、解決困難な公共課題が次々と噴出する。

地球の「温暖化と砂漠化」、世界各地での「大雨と旱魃」「熱波と寒波」、異常気象の原因は「海洋温度の上昇」であると言われている。

少子化と高齢化、ダイオキシンと食品添加物、高層建築と眺望権問題、市町村合併と住民投票、代表民主制度と市民自治、過疎地域の活性化問題。

公共課題は「国際社会の場で基準を約定して解決する公共課題」「全国基準で解決する公共課題」「地域で協働して解決する公共課題」に分類できる。

政府も「国際政府」「中央政府」「地方政府」の三層に分化し、国の法律・政策には三つの根本的欠陥があることが明白になった。

第一の欠陥は、国の法律は知床半島から沖縄与那国島までを対象にするから全国画一基準である。地域事情を考慮できないから低水準である。 

第二は省庁が権限を競い合うタテワリ行政であるから総合行政にならない。

第三は全国的に問題が顕在化しないと法律・政策にならないから敏速に公共課題に対応できない。

これまでの学問は「国家を理論枠組」とする国家学であった。政府が三層分化して「市民自治の自治体学」が必要になった。

「国家統治を市民自治に」「中央集権を地方分権に」「行政主導を市民参加に」組替える自治体学の理論である。すなわち、自治体学会の設立理由である。

情報公開条例、市民参加条例、政策評価制度、住民投票条例などの「自治制度」が整備され、最近は「市民自治基本条例」が注目されている。 

(3) 市民自治基本条例

基本条例を制定するのは「代表制民主制度」を強固にするためである。

そこに規定するのは「市民自治の理念」と「自治体運営の原則」である。

●「市民自治」とは

ア 市民が選挙で首長と議会を選出して代表権限を信託する。

信託は白紙委任ではない。

イ 市民は信託した代表権限の運営が逸脱しないよう市民活動で制御する。住民投票はその一つである。

ウ 代表権限の運営が信頼委託を大きく逸脱したときには信託解除権を発動する。解職(リコール)して代表者を再選出する。

●「自治体運営の原則」とは

ア 政策情報の公開と共有、

イ 権限ある職位にある者の説明責任

ウ 財政・財務の公開

エ 住民投票の手続

オ 国の法令の自主解釈権 などである。

学生は「基本条例が必要な理由」を考える。

以上のような「自治体学」の講義である。

担当科目は、地方自治入門(一年)、自治体学(二年)、自治体政策論(三・四年)、政治学演習(二・三年)。 
「今年の一字」
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-2006年・新春随想-                (札幌都市研究会報)

「今年の一字」    

京都清水寺の墨書の「今年の一字」は「愛」であった。

あるメディアから「一字」を求められた。この手のことには気乗りがしないのだが、考えて「考」と答えた。

学生には常々「社会が求めているのは学歴や知識ではない。知識を使いこなす思考力なのだ」、「状況が変われば自分の考えも変わる」というのは「自身の思考の座標軸が定まっていないからだ」と言っている。「思考力を高めるために、抽象概念や専門用語を学んでいるのだよ」と日頃ゼミでも言っている。言葉は「思考の道具」である。

「今年の一字」の問いは「現代の課題は何か、その課題解決の鍵語は何か」を訊ねているのだ、と考えて「考」と答えた。 

現代日本の問題は「状況追随思考」と「主体鈍磨」の蔓延にある。「批判的思考力」の衰退が現代日本の問題であると思う。

 例えば、小泉首相が年頭の会見で「靖国参拝は外交問題にはなりません」と語る。だが、外交は相手のあること、中国・韓国は「首相参拝」を友好の障害だと明言しているのだ。

首相は「外国政府が心の問題に介入して外交問題にするのが理解できない」と言明する。その言い方が問題を拡大しているのだ。そのような論理が通用すると本気で思っているのであろうか。日本国民をも愚弄する物言いである。自身の靖国参拝で首脳会談が実現せず、国連の常任理事国問題でアジア諸国の支援も得られないでいるではないか。  

かつて、タカ派と言われた中曽根首相は近隣中国の国民感情を考えて「首相在任中は参拝しない」と止めた。遺族会会長でもあった橋本竜太郎首相も首相在任中は参拝を止めた。 

小泉首相が靖国参拝にこれほど固執するのは、自民党総裁選のとき「私が首相になれば誰が何と言おうとも八月十五日に靖国神社に公式参拝をします」と遺族会に約束したからだと言われている。

首相として重視するべきことは何であるのか。私益なのか国益なのか。

ところが、首相自身がこれほどの外交問題を生じさせても、新聞社の世論調査では「小泉支持」はさほど変らない。かえって「中国嫌い」が増えているらしい。

なぜであろうか。

人々の「考える力」が衰弱しているからだと思う。「状況追随思考」と「主体鈍磨」が蔓延して「論理的思考力」を衰退させているからだと思う。

 ある政治研究会で「首相の靖国参拝」が論点になったときの話である。

「外国から批判されるから参拝をいけない」と言うのはおかしい、と国際政治学者が発言した。その言説は間違ってはいないのだが、いかにも「もっともらしく」聞こえた。その学者が「首相の靖国参拝」を「他の場所」で「自身の論拠」で批判をしているのならば、研究会での発言には説得力がある。だが平素は「首相参拝」に言及をせず批判もしていない。

そしてまた、国際政治学者ならば「中国の国民感情」を「外交で重視するべきこと」と考えるのが本来ではあるまいか。この類の「もっともらしい言説」と「自己保身の発言」が、学者にも多いのが昨今である。

市町村の合併問題のときにもこの種の発言が多かった。

ある自治体が合併是非の住民投票で「投票率が60%を超えないときには開票をしない」と定めたとき、「意見発言」を求められた識者の「もっともらしい・自己の立場を巧みに守る」発言が目立った。また「開票しない」を黙認する識者も多かった。

批判的思考力の衰退が現在の課題だと考える。

「今年の一字」の問いに「考」と返答した次第である。 ( 森 啓 )
協働という言葉の意味
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協働という言葉の意味

「協働」という言葉が流行している。

札幌市のホームページの冒頭には「札幌市は協働都市をめざす」と書かれている。北海道庁のホームページにも「協働」という言葉が次々と出てくる。

なぜなのか。「財政が苦しくなって行政が何もかもやれなくなった。住民にも地域の団体にも応分の役割を担ってもらわなくてはならない。だから「協働」という言葉が使われるのではないか」あるいは、「参加」では言葉の響きが弱くなった。何かいい言葉がないかと思っていたとき「協働」を耳にした。「ああこれはいい」となったのではなかろうか。だが、その「協働」は「気分的形容詞」であり「内容は空疎」である。

「協働はコラボレーションの訳語である」と説明する学者もいる。しかしそれならば、なぜ国語辞典にはない「協働」と訳したのか。翻訳をしたのは誰なのか。最近は意味漠然のカタカナ語が氾濫しているのだから、どうして「カタカナ」のままで得意然と使わないのか。

1998年に「げょうせい」から刊行された「住民と行政の協働」という本の編者は「協働は翻訳語である」と解説している。 

しかしながら、「協働」は外国語の訳語ではない。

1970年代の文化行政の黎明期に、文化行政への手厳しい批判に答えるために、「自己革新した行政と市民による協力」を意味する言葉として「協働」という国語辞典にはない言葉を造語したのである。

文化行政が自治体に始まったとき、行政が文化を政策課題にすることに対して強い疑念が提起された。「行政が文化を安易に言い出すのは問題である。危険ですらある」との批判であった。「行政」は安定性と公平性を旨とする。「文化」は常に創造であり現状変革であり異端でもある。「行政」と「文化」は本質的に相反する。文化は計量化できない価値の問題であって人々の自由な精神活動の営為であり所産である。「何事も無難に大過なくの公務員が文化の問題で意味あることはできない」「行政が文化に関わって碌なことはない」との批判が提起された。

これに対して、「文化行政は市民の文化創造に介入するものではないのだ」「タテワリ事業の執行行政でもない」「文化行政とは行政の事業執行と制度運営と行政機構の文化的自己革新であるのだ」と主張した。

そして、文化行政を「住み続けていたいと思い住んでいることを誇りに思える地域社会を創る市民と団体と行政との協働の営為である」と定義した。

国語辞典にない「協働」という言葉を使ったのは「文化行政に対する疑念と批判」に答えるためであった。「協働とは自己革新した市民と行政による協力」 

を意味する言葉である。協働はナレアイではないのである。(森   啓)     
再び「協働」という言葉について
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再び「協働」という言葉について 札幌都市研究会 2000-12-26

 「協働」という言葉の氾濫に対して、次のような批判がなされている。

「雇い主である住民」が「公僕である公務員」と、なぜ「協働」せねばならないのか。行政職員は主権者である我々が雇った人間である。行政組織は公僕の集団であるのだから雇い主である住民との「対等な関係」などはあり得ない。住民が主人であり「上」なのだ。「主人である住民」が「雇われ人の行政職員」と「協働」する必要などまったくないのである。概ねこのような批判である。

 しかしながら、このような理念論で「協働」を否定することができるであろうか。事柄はそれほど単純ではないのである。

長らく国家統治の理論と制度が続いてきた。政策策定と政策執行の主体は行政であり住民は政策執行の客体であるとの統治行政の制度と制度運営は現在も続いているのである。「憲法変われども行政は変わらず」であって「統治行政の考え方」は厳然と今も続いているのである。改革するべきはこの現実である。理念論でこの現実を否定することはできない。この認識がまず必要である。

最近の公務員は言葉では並の学者以上に民主主義的な用語を使うのである。けれども、六十才まで身分保障された公務員として日々を過ごすから、人事昇進が最優先の価値になり無難に大過無くの「公務員」になってしまうのである。

行政機構の建物の壁と床には統治行政の考え方が染込んでいるのである。公務員はそこで日々を暮らしているから統治行政の論理に染まり住民を下に見て、自身は現状維持的安定の行動様式になるのである。だから、住民との「協働」と言っても統治行政の実態は少しも変わらない。そして、統治行政のままでは「住んでいることが誇りに思えるまち」にはならない。

他方の「住民」はどうであろうか。

行政組織と何らかの接触体験を持った人々は少なからざる不満と不信の念を抱くであろう。しかしながら、正面切ってそれに挑み正す人は極めて少数である。そして、統治行政に不信を抱いた住民も自分自身はと言えば「現状維持的」であり「自己保身」である。町内会や同業者組織の中にも権威的な運営とお任せの慣行は存在する。公務員を雇われ人であり公僕であると指摘し認識できるほど自身が民主的で自治的な住民はさほどいない。政治・行政の学会さえも運営はそれほど民主的でも自治的でもない。実態は行政とさほど違いはないのである。「住民」は主人であるから、雇われ人の「行政職員」と「協働」などする必要はないのだと理念論で「協働」を批判しても、事態は些かも進展しないのである。

問題は「協働」を理念論で否定することではなくて、行政職員も住民も「誇りに思える魅力あるまち」を形成する「協働の主体」としてはまことに未熟であると指摘し、現在の「協働」は言葉だけであると批判することである。

行政活動の質を高めるには市民と自治体職員との「協働」が必要であるのだ。自治体理論を学習し実践する自治体職員を低く見てはならない。優れた地域形成に果たした自治体職員の実践を自治体理論に位置付けなくてはなるまい。

行政を内側から見る目の欠如した学者の理念論議はひ弱である。「協働」がいけなくて「参加」ならば、「雇い主」と「雇われ人」の問題はないとでも言うのであろうか。問題の要点は「協働の主体」としての自己革新が双方に必要なことにあるのだ。すなわち、「住民」から「市民(いちみん)」へと自己革新して市民自治を実践する地域の方々と、「地方公務員」から「自治体職員」へと自己革新して自治体理論を実践する行政職員との「協働の営為」が地域形成には必要なのである。

ここまで書いて紙幅が尽きた。ついては、本会報の2003年5月号を参照されたい。そしてこの論点は「月刊・地方自治職員研修・臨時増刊75号」(2004年2月発行)に詳述する。
「状況追随思考と論理的思考力」
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「状況追随思考と論理的思考力」         

論理的思考力

毎年、講義の冒頭で、重要なのは「知識の習得」ではない。「思考力」を身につけることだ。社会人になったとき「流石は北海学園の卒業生だ」と評価されるのは「考える力」が身についているか否かである。

人間は言葉で考える。「言葉・用語・概念」が思考の道具である。「明瞭で多様」な「概念と用語」を「思考の道具箱」に収納し必要に応じて「さっと出てくる」ように整理する。それが重要だと学生に言い続けている。現代社会は「状況追随思考」が蔓延しているからである。 

概念・用語を自在に使いこなすには訓練が必要。期末試験で「答案を書く」のは「専門用語と抽象概念」を使う訓練である。大学のテストは「思考力の訓練」である。思考力の訓練には「論述方式」がよい。そして「試験場」は最高の「思考の訓練場」であるから、私の場合は、終了時間前の答案提出を認めない。時間一杯考えることを求め「論理的思考力」を学生が保有することを目指している。

地方自治入門

入学してきた一年生に新鮮な「思考と論理」の学生生活を体験させたい。講義は一方通行の知識の授与ではない。受動的な知識の習得では実社会での応用力が身につかない。能動的に心の中で対話を行うことが重要である。大学は「知識記憶」の場ではない。 

「憲法変れども中央集権の行政は変わらず」という言葉がある。

だが、地方分権は工業文明国に共通する世界の潮流である。科学技術の発達で生産性の高い便利な世の中になった。けれども、解決困難な公共課題が次々と噴出している。地球の「温暖化と砂漠化」、世界各地での「大雨と旱魃」「熱波と寒波」、異常気象は「海洋温度の上昇」が原因であると言われている。

少子化と高齢化、ダイオキシンと食品添加物、高層建築と眺望権問題、市町村合併と住民投票、代表民主制度と市民自治、過疎地域の活性化問題。

これらの公共課題を自身の問題として考える。考えて見解を述べることのできる学生に成長させる。それが「地方自治入門」の講義。 

自治体学

工業文明が発達して前例のない公共課題が噴出する。「国際社会の場で基準を約定して解決する公共課題」「全国基準で解決する公共課題」「地域で協働して解決する公共課題」の三つに分化した。現代社会は中央省庁の法律と政策だけでは解決できない公共課題が噴出しているのである。

政府も「国際政府」「中央政府」「地方政府」の三層構造に分化した。国の法律には三つの根本的欠陥があることが明白になった。

第一の欠陥は、国の法律は知床半島から沖縄与那国島までを対象にするから全国画一基準である。地域事情を考慮できないから低水準である。 

第二は省庁が権限を競い合うタテワリ行政であるから総合行政にならない。

第三は全国的に問題が顕在化しないと法律・政策にならないから敏速に公共課題に対応できない。国の法律と政策の三大欠陥である。

これまでの学問は「国家を理論枠組」とする国家学であった。だが、政府が三層に分化して「市民自治の自治体学」が必要になってきた。

「国家統治を市民自治に」「中央集権を地方分権に」「行政主導を市民参加に」組替える自治体学である。自治体学の学会を設立して二十年が経過した。 

情報公開条例、市民参加条例、政策評価制度、住民投票条例などの「自治制度」が整備され、最近は「市民自治基本条例」が注目されている。

市民自治基本条例

基本条例を制定するのは「代表制民主制度」を揺るぎないものにするためである。

そこに規定するのは「市民自治の理念」と「自治体運営の原則」である。

● 市民自治の理念

1 市民が選挙で首長と議会を選出して代表権限を信託する。

(信託は白紙委任ではない)

2 市民は信託した代表権限の運営が逸脱しないよう市民活動で制御する。

(住民投票は制御の一つである)

3 市民は代表権限の運営が信頼委託を大きく逸脱したとき信託解除権を発動する。 (解職{リコール}して代表者を再選出する)

● 自治体運営の原則

A 行政運営の原則

1 政策情報の公開と共有、

2 権限ある職位にある者の説明責任

3 財政・財務の公開

4 総合計画策定への参画

5 政策評価制度 

B 議会運営の原則

1 公開性・透明性

2 議会運営への市民参加 - 公聴会、参考人

3 提案者の反問権

4 常任委員会の議案提出権

5 議長の議会召集権

  

C 法令の自主解釈権 

D 住民投票手続

* 最高規範性



学生は「基本条例が必要な理由」を考える。それが「自治体学」の講義である。
8 自治体学の二十年 あ と が き
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8 自治体学の二十年 あ と が き     2006-8-20

 自治体学会は二十年の歳月を経過した。

歴代代表委員、運営委員の方々、事務局を担当して下さった自治体の皆様方のお力である。

 学会設立のころは小学生であった人も自治体学会に参加して活動している。

「市民自治」「政府信託」「基本条例」などの自治体理論の概念・用語は普く広がった。市民自治の制度整備も進んでいる。進歩進展である。

だが、状況を切り拓く情熱と批判的思考力は継続し保持されているであろうか。

例えば、今次合併の住民投票で「開票せずに焼き棄てる」の事態が生じた。そのとき「何ということを」の怒りも似た心情が「自身の内に」生じるのか、それとも「それもあり」と他人事のように思うだけなのか。それが問題なのだ。平素、口にする「自治」「参加」には何の意味もない。

また例えば、隣国の主席と大統領が「歴史の事実」を基にして「最大の外交問題」だと言っているときに、靖国参拝は「心の問題」であると加害国の首相が言う。そのときも、「自身の内に」如何なる心情が生じるのか。

 「間違っていること」を「間違っている」と発言する。その思念が「自身の内に」生じないのは「批判的思考力の衰弱」である。「思考の座標軸」が定まっていないからである。一歩前に出て「壁」を越えた体験がないからである。つまりは勇気がないということである。

自治体学会の盛会ぶりは真に喜ばしいことであるのか。喜ばしいことであってほしいと切実に思う。

 七十年代には自己の不利益をも覚悟して一歩前に出るエネルギーが存在した。エネルギーが存在したのは、トータルに社会を眺めて批判する社会主義の思想が存在したからであろう。

 現在は状況追随思考が広がっている。それは、社会を全体的に考察し批判する座標軸が見えないからである。現在は争点が無くなったと言われる。無くなったのではない、見えていないのである。

 かつての対立軸は「経済体制のイデオロギー」であった。

現在の対抗軸は「統治」に対する「自治」である。

「国家統治の中央支配」に対して「市民自治の実践」である。 

憲法は「権力に枠を定める最高法規」である。この自明とも言うべき近代立憲制の原則に対して、憲法は「国民に義務を定める」ものでもあると「苦労知らずの二世・三世議員」が言い始めているとの由である。

「国家統治」対「市民自治」が現代社会の対抗軸である。

「国家学の統治理論」に対する「自治体学の信託理論」である。

自治体学会の役割は正に正念場にある。

北海道では、1995年に北海道自治体学会を設立し現在も意欲的に活動を展開している。同じく1995年に開講した北海道自治土曜講座も毎年開講し、ブックレットは100冊を超え「公人の友社」から刊行頒布している。

 日本全国に「自治体理論」と「自治の実践」が浸透することを念じたい。

              2006年 8月 6日    森  啓